第2話 魔法少女

    ♪ ◐ ★ ● 



 スターライト☆キャンディチャイム――。


 七色にきらめく。月の光さえ届かない、真っ黒に塗りつぶされた路地裏が。

〝魔法杖(マジカルステッキ)〟の先端からほとばしったのは、星屑のシャワー。


 首輪をつけられた老若男女が合わせて六人。腰から伸びた鎖で彼らを従わせ、片膝を曲げて空気の壁でも押し出すような動作をしながら、複式呼吸で「あっちょんぺりけー」なるギャグを連呼するゲラゲラさん。笑わないたび、首輪をした人たちを鞭打つ『セルライト』が、くぅおおと悲鳴を上げる。


 首輪が外れ一目散に逃げ出す人たち。そんな彼らの視線から外れたところで、怪人の姿が消えて無くなるのを見届けて、完了――の合図にわたしはその身を翻す。そして大きな星型の、だけど丸っこいフォルムの杖を振り下ろした。

 怪人の残った魂とでもいうべき、緑色をした不純の集合体が、ちゅどぉん、と音を立てて閃光するのを背中で感じながら、深く息を吐いた。

 

 邪悪の消滅に、世界は元通りのかたちを形成し直していく。時間が動き始める。

 差し込んできた月光が、フリルスカートのチェリーピンクを鮮やかに染め上げていった。



    ♪ ◐ ★ ● 



「おねえちゃん、遅刻しちゃうって」


 いつものあーちゃんの声に、わたしは寝ぼけ眼をこする。時刻は当たり前のように遅刻ギリギリ。カーテンの端から差し込む陽光は、すでにまばゆいばかりのものだった。

 先に出たあーちゃんから遅れること五分。呆れ顔のお母さんと、タバコをねだるおばあちゃんに見送られて、わたしは駆け出す。

 玄関を抜けると、すでにしっかりと顔を出した太陽が出迎えてくれた。爽やかな朝に、だけど走るそばからふき出る汗。まるでマラソン大会みたいな有様にも、給水所なんてあるわけもなく。咥えたトーストに、見る間に水分は吸い取られていった。

 

 びしょびしょの汗にブラウスが貼りつくころ、わたしは学校へと到着した。時刻的には昨日より気持ち早め。幸か不幸か、外履きのローファーを隠されて、運動靴で来たのが功を奏したらしい。皮肉たっぷりの溜息をひとつ吐いて、わたしはカバンから内履きのバレーシューズを取り出す。

 ネタ切れなのかなんなのか、下駄箱に嫌がらせのプレゼントは入ってなかったけど、やっぱり昨日隠されたローファーも入ってはいなかった。

 

 朝礼前にまだ教室へと向かわないでいる女子生徒たちが、今日も『不審者注意』のポスターの前で話し込んでいる。


『……ちゃんが、先週『ゲラゲラさん』に声を掛けられそうになったって言ってたよ』


『えっ? 私は『コスプレババア』に襲われそうになったって聞いたよ……』

 

 貼りつくブラウスに不快感を覚えながら、わたしは彼女たちの脇を通り過ぎる。汗だくには違いないけれど、昨日はお風呂に入れたからまあいっか、そんなことを考えながら。

 汗でブラウス越しに透けた肌としわくちゃのスカート。そんなナリには違いないけれど、あーちゃんがブローしてくれた髪の毛は毛先までサラサラ。だから、昨日みたいに彼女たちが陰口をたたくことはなかった。


 だけどわたしは、心配そうに見つめるあーちゃんの顔を思い出して、とっても心が苦しくなった。



    ♪


 

 教室に着いてから、下校までの時間はいつもの通りだった。授業の間に睡眠をとって、授業の合間に不来方しずくの罵詈雑言に付き合う。

 流れ作業にも似たいつもの日課をこなしてみれば、いつもと同じ夕刻になっていた。


 いっときの覚醒の合図のように、わたしは伸びをする。それもまたいつもと同じことだったけれど、その日がいつもと違ったのはホームルームもとっくに終わった教室に不来方しずくが残っていたことだった。

 

 彼女はおなじみの表情で必死に眉間にしわを寄せていたけれど、どこか別の、しいて言うなら怯えの色が見え隠れするようでもあった。

 ひょっとしてわたしが起きるまで待ってたのかな? 至れり尽くせりなイジメっこの対応に、苦笑交じりにわたしは辺りを窺う。


 不来方しずくの後方、その一角に、宮藤よすがとその取り巻きたちが控えていた。

 明るくブリーチされた髪の毛と黒目が大きく見えるコンタクトレンズ。背格好もほぼ同じで双子みたいな二人の女子生徒と、軽薄そうな二人の男子生徒。立たせた四人のことも、必死の不来方しずくのことも眼中にないように、ひとり椅子に腰かけた宮藤よすがは退屈そうにスマホをいじっていた。


 キューティクルもばっちりな黒髪ロング。人形のような華奢な体つき。化粧っ気もない透き通る白い肌に、整った顔立ち。スカートが短めには違いないけど、着崩されているわけでもない制服。控え目だけど、いつだって正解は押さえておくいわゆる優等生タイプ。不良だとかギャルだとかの取り巻きを束ねる宮藤よすがとは、そんな女の子だった。


 無口だけど、話しかけると彼女は愛想よく応えてくれた。今はもう曖昧な記憶に、だけど彼女とわたしは普通に話していたはずだ。他の生徒がどこか恭しく話しかける彼女の印象は、わたしの中では今でも変わらない。正直、いったい彼女のどこに恐れる印象があるのか、それは未だに分からない。

 

 ただ、ひとつ言えるのは女子トイレでの一件以来、その関係性が変化したような気がするってことだ。


 あの日――、わたしがトイレに入ると、彼女は洗面台で髪の毛を直していた。

 気付いたわたしが声を掛けようとしたとき、彼女の胸元から〝三日月の形をしたチャーム〟が零れた。

 それは細い鎖にピンク色の、一見して安物と分かるネックレス。どこか彼女には似つかわしくない、子供っぽさのある代物だった。

 彼女はわたしの視線に気づいて、慌ててそれを胸元にしまいこむ。

 後にも先にも彼女が慌てる姿を見たのはその一度きりだった。


 それ以来、わたしと彼女の間にはなんとも言えない溝ができたような気がするし、わたしの迫害の日々に一層の拍車が掛かったような気もする。とはいえ、その頃のわたしといえば毎夜の『セルライト』狩りで日中の女子力は著しく低下していたから、自業自得と言われればそれまでなのだけど。

 

 宮藤よすがはスマホをいじり続ける。彼女はそこにいたけれど、それはホントにただそこにいるだけといったテイで。きっと意識はどこか遠くの方に行っているに違いない。

 パーティーの主催はあくまで不来方しずく。取り巻きたちはその参加者たち。きっと興味もないはずだ。だけど『手下』が張り切っている以上、『ボス』としては付き合う義務があるのだろう。それだけの理由で、退屈なこの瞬間に彼女は立ち会っているだけなのだ。


 そんな宮藤よすがの気も知らずに、不来方しずくは見当違いの方向に張り切っている。彼女からのポイントを上げたいという期待と、ポイントを下げたくないという怯え。両者の入り混じる表情で声を張り上げる。


「四方山ぁ、中履きのまま帰ってさぁ、昨日のお前ってチョー惨めだったよなぁ」


 微妙な表情のまま、無理やりに高笑う不来方しずく。

 わたしはトースト色の彼女の顔を見ながら、やっぱり昨日隠れて見てたんだ――と、なんとなく思った。


「あんまり惨めすぎっからさぁ、ウチらもさすがに同情したわけよぉ。場所は教えてやっから、取りに行きなよ」


 返す返す、不来方しずくの望む反応を裏切り続けたわたし。とはいえ、まさか隠した靴を無視されたから、今度は知らせて取りに行かせようなんて。わたしは不来方しずくのやりくちに呆れていた。


「あんたの靴はさぁ、モッチーんちの倉庫にあっからさぁ。持って帰んなよ」


 わたしは心底呆れ果てた。イジメっこらしかぬ不来方しずくの余裕のないさまに必死さは伝わってきたものの、それに付き合う理由なんて一ミリもない。わたしはウンザリして溜息を吐きそうになった。だけど……


 あれは転校するに際して、わざわざ買い換えた中靴だった。なくしたと言えば、きっとお父さんは気を悪くすることもなく新しい物を買ってくれるだろう。でもそれにだってお父さんが一生懸命働いて、貰ったお給料で支払われるのだ。


 わたしがイジメられるのは自業自得に違いない。

 でも、それとこれとは別の話だ。金額にすれば大したことないのかもしれない。だとしたって、わたしは家族に迷惑も心配も掛けたくない。

 お父さんや、お母さんや、あーちゃんの笑顔を思い出したわたしは、なんだかとっても悲しい気持ちになった。だから……


「――わかった」


 気付けばそう応えていた。


 ぱっと明るい表情になる不来方しずく。ニヤニヤ笑いを浮かべる取り巻きたち。その中で、宮藤よすがが一瞬表情を変える。意外そうな、困惑にも似た表情。だけど、それもほんの一瞬の出来事だった。


 わたしは取り巻きたちの顔を眺めて、不来方しずくの言うところの『モッチー』が誰かを思い出す。ずんぐりとした体形に、似合いもしない明るい茶髪を肩まで伸ばした男子生徒。

 モッチーこと持田は、この町の地主の家系だったはずだ。閑散とした町の東部には田んぼの名残りが広がっていて、その奥の山までが持田家の所有だ、といつか自慢げに語っていた気がする。


 わたしは勢いよく立ち上がると、机の脇にぶら下がるカバンを掴んだ。

 ちらと投げた視線の先で、宮藤よすがの顔を見た。薄く小さなつくりをした彼女の唇が微かに開く。彼女は何か言おうとしたのかもしれない。だけどわたしはそれすら無視して、教室をあとにした。



    ◐



 手入れもされずに雑草が伸びざらしになった田園を見下ろすように、羽振りが良かった時に建てたらしい瓦屋根の豪邸はあった。

 

 校舎を出てから黙々と歩くこと十五分。かつて農村だった頃の名残りを色濃く残す町の東部は、舗装された道路がなんとかあるだけで野生と呼べるありのままの自然が広がっているだけだった。わたしの家は駅の近くだから、ここから帰るとしたら四十分以上はかかるだろう。

 わたしはウンザリとした溜息を吐いて、周囲を見回した。

 

 持田の家から離れた場所に立つ倉庫。そこに家具やら何やらを持ち込んでたまり場として使用している――。もう名前も定かじゃない宮藤よすがの取り巻きの女の子、彼女から土曜の夜のお誘いを受けたのは、まだクラスメイトとの境界線も敷かれていなかった懐かしきあの頃の話。


 魔法少女としての夜間活動に、お断りした彼女たちのたまり場。わたしの中履きの隠された持田家の倉庫は、程なくして見つかった。

 倉庫と聞いてガレージ風を勝手に想像していたけど、それは実際にはログハウス風のしっかりした造りをしている。観音開きの木戸を押さえるはめ込み式の杭はいかにもって感じだけど、ガラス窓も完備な一軒家サイズの小屋は、まるで持田家の離れと呼んでも差し支えなさそうな立派な建物だった。


 杭を外し、重く、分厚い木戸を引いた。

 ほこりの舞う屋内へとわたしは足を踏み入れる。倉庫というだけあって、中には農作業で使うようなトラクターや草刈機といった機械が並んでいる。

 その部分と隔てるように、ベニヤ板を組み合わせた簡単な間仕切りが敷かれていた。


 倉庫内をちょうど半分に仕切ったベニヤ板の裏へとわたしは進む。板張りの床が軋んだ音を立てた。


 改装と呼ぶにはお粗末な、ベニヤ板で仕切られた倉庫の左半分。そこが彼女たちのたまり場。週末の遊び場にして、パーティー会場。

 夕焼けのオレンジが窓から差し込んでいる。それに照らされるようにして、丸テーブルの上でわたしのバレーシューズは輝いていた。

 丸テーブルと並んだパイプ椅子。ソファーベッドの上に散乱する雑誌。立てかけられたギターと、ほこりの積まれたアンプ。高めの台の上には、動きもしなさそうなブラウン管テレビ。その隣には場違いのように新品のビデオカメラが置いてある。床にはアルコールの空き缶が転がっていた。


 わたしはぐるりを見回したあとで、バレーシューズを手に取る。そして小さく安堵の息を吐いた。第二、第三の嫌がらせも覚悟していたわたしにすればちょっと拍子抜けだったけど、どうやらわたしのミッションは無事に終了したらしい。

 バレーシューズをカバンにしまって、わたしはさっさと踵を返す。ハッキリ言って長居は無用だ。目に触れたすべてがおぞましいもののような気さえしていた。

 ベニヤ板の間仕切りを抜け、入り口までは目と鼻の先。その時だった。


 重い木戸が勢いよく閉められた。


 わたしは慌てて扉へと駆け寄った。だけど押せとも引けども、扉はうんともすんとも言わない。出口は完全に閉ざされていた。


 扉越しに声が聞こえた。それはもちろん不来方しずくの声。


「ってーか、引っかかるかフツー。四方山ぁ、お前頭悪すぎぃ♪」


 取りに行けと言われて、引っかかるもなにもないだろうけど。思いつつ、わたしはさめざめと溜息をつく。今日何度目の溜息だろう? そんなことを考えたら自然ともひとつ溜息が出た。


 扉の向こうで不来方しずくは高笑いを上げる。


「出してほしけりゃ、土下座しろよぉ、裸でなぁ。いいか、ちゃんと証拠としてビデオに撮れよぉ、四方山ぁ。あとでネットに曝してやっからさぁ」


 ベニヤ板で仕切られたたまり場。そこにあった新品のビデオカメラを思い出す。このために用意したのだとしたら、結構な出費のはずだ。そしてそれはもちろん不来方しずくの。わたしが来なかったとしたらどうするつもりだったのだろう? 

 でも、それはそれ。結果オーライならなおさらに。ようやくにして用意周到が炸裂した不来方しずくの高笑いは止まらない。


「ウチらが戻って来るまでにやっとけよぉ。自分が馬鹿でした。愚かでした。もう二度と逆らいません、ってなぁ」


 別に逆らった覚えはないんだけどな――思いながらわたしは扉に背を向ける。やがて不来方しずくの笑い声が消える頃、力なく歩き始める。



    ★


 

 ベニヤ板を抜けた先、とても清潔そうには見えないソファーベッドに腰掛けた。


「結局、迷惑も心配もかけちゃうな」


 呟いて、オレンジ色がぼやけていく空を見つめた。換気用に少しだけ開閉できる窓は分厚くて、とても抜けられそうになかった。

 わたしはカバンから、丸みを帯びた星型が先端を飾る杖――〝魔法杖マジカルステッキ〟――を取り出す。


莫耶ばくやの力でなんとかならない?」


 尋ねると、


(バクの力はあくまで人外のものを祓うのみバクぅ。それは人にも物にもなんの影響をもたらすことはできない、そう教えたバクよぉ――)


魔法杖マジカルステッキ〟の莫耶は、わたしにだけ聞こえる声でそう答えた。


「だよねぇ」


 分かり切っていた回答に、わたしはぼんやりと返した。


 セルライトとの戦闘にしか用を成さない〝魔法装束マジカルドレス〟と〝魔法杖マジカルステッキ〟。ドレスはファンシーな外見通りにペラッペラッだし、莫耶に破壊力なんて言葉は皆無だ。

 そもそも〝魔法杖マジカルステッキ〟は石ころひとつ砕けないし、普通の人間相手じゃなんの影響力もない。なら別にいいんじゃないかな、って思うんだけど、それを人に向ける行為自体が魔法少女としてのいわゆる『禁忌』に当たるらしい。


 人知れず活動しつつも、いつだって人の救世主たる存在。それが魔法少女なのだから――鴇子叔母さんはそんな風に説明してくれた。


 つまるところ、効果があろうがなかろうが、人類の味方たる魔法少女が、人に対して刃を向けたならその存在意義は失われるということらしい。


 その瞬間こそが、魔法少女としての資格を喪失することなのよ――わたしへと魔法少女の使命を継いだ鴇子叔母さんは、最後にそう言って締めくくったはずだ。


 わたしは、この時になんの役にも立たないを莫耶ぼんやりと眺め、だけどこんな時だからこそ話し相手になってくれるその存在にちょっとだけ救われる。

 そんな莫耶に異変が生じたのは、ゆっくりとした日の入りも過ぎて、寂れた田園風景を宵の闇が覆い隠した頃だった。



    ●



(セルライトの存在を確認したバクぅ――)


 警報の如く、わたしの内で叫ぶ〝魔法杖マジカルステッキ〟。

 でもそれは毎夜のことで。

「うん」わたしは小さく応じただけだった。


 この町は、『巣』だ。世の不純の集合体たるセルライトの発生すらがもうお約束の範疇。

 そして、本来なら魔法少女として出動するはずのわたしは、こんなところで隔離されている。わたしが助けると誓った人の手で。


「でも、どうしようもないよね」


 こんな事態じゃ手の施しようなんてない――諦めにも似た心境でわたしは莫耶へと言った。


 正直、疲れ果てていた。

 今日倒しても、どうせまた明日には新しいセルライトが湧いて出るのなら、明日まとめてやればいい。

 今日はもうお休み。

 そんな風に考えなければやってられない。ベッドの上で胡坐をかいて、脱いだ靴下を丸めた。

 どのみち、だ。莫耶の力でも、自力の力でも、ここから脱出できなければどうしようもないことなのだ。

 不来方しずくの浅はか過ぎる嫌がらせに付き合って、彼女を満足させてあげるつもりは更々なかった。となれば、少なくとも明日の朝まではこの監禁状態は続くことになるだろう。

 横になるつもりもなかったけど、薄汚れたシーツへと足を投げ出す。

 でも、わたしのそんな心情も無視して、莫耶は緊迫した声を上げた。


(これは……これはまずいバクぅ。今までとは比較にならないほどの力バクぅ――)


 切羽詰るようなその声にも、わたしの気が変わることもなかった。なんとなく聞き耳を立てているだけ。


 だけど……


(セルライトは、もえぎの家の辺りに近づきつつあるバクよ――)


 その合間にも、事態は一変していた。


「どういう、こと……?」

 

 呟くわたしの声を遮るように、(違うバクぅ――)〝魔法杖マジカルステッキ〟が叫んだ。


(セルライトが目指してるのは、完全にもえぎの家バクぅ――)


「どういうこと……どういうこと……どういうこと……どういうこと……」

 

 混乱する頭でわたしが見た時、宵闇の広がる空で『ナニカ』がとぐろを巻いていた。

 わたしは莫耶を握りしめたまま、出口へと向かった。ささくれ立った床板が素足を引っ掻く。そしてそのまま、分厚い木戸へと肩から突っ込んだ。

 簡単に弾き飛ばされたわたしは、衝撃に揺らぐ暇も惜しんで立ち上がる。そして〝魔法杖マジカルステッキ〟を構えて、叫んだ。


「スターライト☆キャンディチャイム!!」


 何度も。何度も。


 そんなわたしへと、莫耶が無慈悲な言葉を告げた。


(扉を壊す力はバクにはないバクぅ――)

 

 わたしは木戸にすがりついて、叩き鳴らす。


「出して! 出して! ここから出して! お願いだからここから出して!!」


 感覚のなくなった手から血が滲む。それでも叩き鳴らし続ける。


「出してっ! 出して下さいっ! お願いします!!」


 返事なんてない。だけど、わたしにはそれしか出来ない。


「ここから出して下さいっ! 反省しますっ! わたし反省しますからっ!」


 いつだって隠れて反応を窺っていた不来方しずく。もしどこかで笑っているなら、それでも構わない。ここから出られるならわたしはなにをしたって構わない。


(急激に集束していく力が、もえぎの家を包み込みつつあるバクぅ――)


 莫耶の言葉に、わたしは急かされて叫び続ける。


「わたしが馬鹿でした! わたしが愚かでした! もう二度と逆らいません!」


 叫び続けながら、わたしは間仕切りの奥へと駆け出す。力任せにブラウスを引き裂く。ボタンが弾け飛ぶのも構わず、スカートのジッパーを下げた。

 呼吸の仕方も忘れて声を上げ続ける。息苦しさと早まる心臓の音。めまいで、ぼやける視界に見つけたビデオカメラ。その電源を入れた瞬間だった。


 轟音が弾けた。


 恐る恐る視線を移す。寂れた田園とその先に広がる街の灯。いつもの景色。


 静寂。あるのは静寂だけ。

 普段と変わらない夜に。


 でも……。


 わたしには分かった。

 良くないことがおこったのだと。

 確信的に。


 やがてどこからともなく聞こえてきた救急車や消防車のサイレン。それが輪唱のように広がり、どんどんと大きくなっていく。

 わたしは力なく、アルコールの空き缶の転がる床へと座り込んだ。


 間もなくして、木戸が開かれる音と、踏板を鳴らす慌ただしい足音が響く。


「おい、なんかお前んちの方で……」


 パジャマ姿の持田を突き飛ばして、わたしは駆けだした。

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