退化
かどの かゆた
退化
小さい頃僕は、雨の気配を感じ取ることが出来た。
多分、僕以外にも結構そういう人って、居るだろう。もしかしたら、大人になってもなお、雨の気配が分かる人だって、居るかもしれない。
ただ、僕の場合、その能力は失われてしまったのだ。
どうしてかは、全く分からない。
朝起きて、僕はベッドの横に置いてあるスマートフォンのアラームを止めた。そして、そのままの流れで天気予報のアプリを開く。
……あぁ、今日は、晴れなのか。
そう思って、立ち上がる。窓を開けると、実際、晴れだった。もっと言えば、夕方からは雨が降るらしかった。恐らく、その通りになるだろう。
僕はその日、折りたたみ傘を鞄に入れて家を出た。
雨の気配がしないかな、と、空を見上げてみた。
空は雲が流れているばかりで、僕に何も教えてはくれなかった。いや、そもそも空が僕に何かを直接教えてくれることなんて、無かったはずだ。
じゃあ僕はあの頃、誰から何を教わっていたのだろうか。
何故、雨の気配は僕のすぐ傍にあったのだろう。
やっぱり、空は何一つとして返事をくれなかった。
案の定、夕方から雨が降った。その雨脚の強さは予報より強いものだったけれど、降る時間も範囲も、かなり正確だ。少なくとも、気配による予測よりは、ずっと。
そうか。
必要なくなったから、感じ取れなくなったんだ。
僕は二十数年の人生を思い返し、自分の内にあった進化論を確認した。突然ダーウィンが恨めしくなり、折りたたみ傘を使う気が失せてしまう。
僕はいつまでも傘を鞄にしまったまま、雨の降りしきる街を見ていた。いっそ濡れて帰ろうかとも思ったが、僕の鞄は防水ではないし、中には携帯や本も入っている。
「うわー、雨、やべー」
すると、一人の青年が僕の立っているビルの出入り口にやってきた。
制服をずぶ濡れにしている彼は、ポケットからスマートフォンを取り出す。そして、雨の降る街を撮影していた。スマートフォンもまた、濡れている。
「それ、濡れてて大丈夫なの?」
思わず、声をかけてしまう。青年はちょっと怪訝そうな目をしながらも、一応、返事をくれた。
「防水なんで」
「あぁ、そうか」
防水ならば、濡れないよう気を使う必要もないのか。
例えば全身を防水にすることが可能ならば、雨でも晴れでも、関係なく移動が可能だ。その時、天気予報はどれくらい重要になるのだろう。ずっと皆が家に居るのなら、天気を気にするのは農業関係の人か水道関係の人くらいのものなのではないか。
「……君は、雨の気配って、感じたことあるかな」
「は?」
青年は僕のことを異常者を見るような目で見てきた。それ以降、僕は彼に何か声をかけることは無かった。もしかしたら、僕は不審者として通報されるかもしれない。取り敢えず通報して捕まえれば、不審者がどうかはその後警察が判断してくれる。だから、深く考えず通報しておけば間違いないのだ。
雨の気配が感じられなくなる。
どんどん世界が防水されていく。
では、次は?
僕らは次、どんな進化を……いや、退化をするのだろう。
退化 かどの かゆた @kudamonogayu01
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