【KAC20213】直観童話 あかずきん

海星めりい

直観童話 あかずきん


「やっちまった……」


 目の前で倒れているおばあさんを見ながら、オオカミさんは呻くように頭を抱えました。


「いや、こんな強盗みたいな真似するつもりはなかったんだよ……ちょっと、金目のものをいただこうとしただけだったんだよ」


 そう、オオカミさんはおばあさんを襲うつもりなんて全くなかったのです。


 『郊外の一軒家に住む婆さんはたんまり金を貯め込んでいる』という噂につられて、オオカミさんはそんなにお金があるなら、おばあさんがいない間に家に忍び込んで金目のものを盗んじゃおう! と画策したのです。


 ところが、物色している最中におばあさんが隣の部屋からやって来てしまったのです。


 これにはオオカミさんも大焦り。

 普段ならおばあさんがいない時間帯なのは確認済みだったので、そうなるのも仕方がありません。


 幸い、おばあさんはオオカミさんの方を向きませんでした。

 そのため、オオカミさんがいることに気付いていなかったのです。


 混乱するオオカミさんでしたが、このままでは見つかるのは時間の問題だ……とおばあさんの軽く首をトン、と叩いて気絶させました。


 床に崩れ落ちるおばあさんを見て、自分が何をやったのか理解したオオカミさんは慌てておばあさんを受け止めてゆっくりと床に寝かせます。


 オオカミさんは〝強盗〟をするつもりは一切ありませんでした。か弱いおばあさんを襲う気などサラサラなく、ちょっとお金が欲しかっただけなのです。


 まあ、元々やろうとしていたことも〝泥棒〟という犯罪には違いないのですが……。


 気休めになるかは分かりませんが、鮮やかな手際で気絶させたので、おばあさんに外傷がないことが救いでしょう。


「と、とりあえず、このまま寝かせといて良いからなにか持っていって終わりに……」


 予定とは違いましたが、金目のものを盗んで終わりにしようとオオカミさんが考えているときでした。おばあさんの家の門がキィ、と音を立てて開きました。


 誰かがやって来たようです。


(マズい!? 誰がやって来た!?)


 窓から門の方をチラリと確認すると、そこにいたのは一人のあかいずきんをかぶった少女でした。


 その少女の姿にオオカミさんは見覚え……というか、聞き覚えがありました。


 おばあさんの孫で、あかいずきんがトレードマークの少女――たしか、あかずきんと呼ばれている少女がいたはずです。


 あかずきんはおばあさんの家へと真っ直ぐ向かってきています。


(ど、どうすれば!?)


 逃げるのが最善ですが、この家に裏口はなく、窓から逃げればあかずきんにその姿を見られてしまいます。


 残された時間はあまり多くありません。

 家の中を見回したオオカミさんはとあることを思いつきました。


(とりあえず、婆さんを隣の部屋に隠して……)


 おばあさんを隣の部屋へと隠した後、オオカミさんは家の中にあった帽子を借りると、深々とかぶってベッドに潜り込みました。


 どうやら、おばあさんのふりをして、やり過ごすつもりのようです。


 オオカミさんがベッドに入ったところで、コンコン、とノックが響きます。あかずきんがやってきたようです。


「開いてるよ~」


「あ、ホントだ。来たよ、おばあちゃん……ベッドの中? なんで?」


 あかずきんはいつまでもベッドから出てこないおばあちゃんを不思議そうに眺めます。


「あかずきん、それはね……」


 オオカミさんが答えようとしましたが、その前にあかずきんが再び話はじめました。


「……いつもより声が低い気がする」


「っ!? ごほ、ごほ……どうやら、風邪をひいてしまったみたいでね。少し、喉の調子が悪いんだよ」


「……そう」


(やっぱ、俺が婆さんの代わりとか無理があるか!?)


(風邪ならしょうがない)


 あかずきんの反応の薄さに戦々恐々としているオオカミさんですが、別にあかずきんは特に疑っていませんでした。


 そんなときもあるよね、ぐらいの感覚です。


 あかずきんが風邪のおばあさんに気を使って近くまで歩いていると、ポタっ、と何かが垂れるような音がしました。


 見ればあかずきんのトレードマークであるずきんから何か雫のようなものが落ちていました。


 赤い粘性の強い雫にオオカミさんは猛烈に嫌な予感しか浮かびませんでした。


「あかずきん……それはなんだい?」


「ああ、これ? 返り血あびちゃって、拭いたんだけどまだ少し垂れてるみたい」


 全体的に暗い赤のずきんですが、よく見ればずきん端の方は白い色が見えています。


(あかずきんってそういう意味かよ!? この少女を一目、見たときから妙に震えが止まらなかったが、こいつはヤベえ!? 安易に気絶させにいかなくてよかったぜ……直観さまさまだな)


 オオカミさんはあかずきんが近くに寄ってきたらおばあさん同様、気絶させて逃げようか、などと考えていましたが、生存本能が働いたのか思いとどまっていました。


 一方であかずきんはおばあさんの近くに来たことによって、違和感を感じていました。


「おばあさん、おっきくなった……?」


「す、少し、背が伸びたんだよ」


「……頭も大きい?」


「ま、枕を小さくしたからね」


 このままだと、おばあさんでないのがバレかねないと思ったオオカミさんはすぐに別の話題を出しました。


「それで、今日はどうしたんだい?」


「? 前から伝えてあったはず……いつもの用事」


(いつもの用事ってなんだよ!? というか、だからばあさんは家にいたのか!?)


(おばあちゃんついにボケた?)


 オオカミさんは内心で冷や汗だらだらです。そんなオオカミさんを知ってか知らずか、赤頭巾はバスケットから何かを取り出しました。


「はい、これお土産」


「ありがとう、でも起き上がれないからそこのテーブルの上に置いてくれるかい?」


「わかった……えい!」


 あかずきんのかけ声と共に何やらべちゃ、という音がオオカミさんの耳に聞こえてきました。


 おおよそ、お土産といって出されたものではそうそう聞かない音にオオカミさんは疑問符を浮かべました。


「なんだいそれは?」


「? ……クマの手」


「クマの手!?」


 ベッドから何が置かれたのかを確認したオオカミさんは


「おばあちゃんにクマの手シチューでも作っても貰おうかと思って狩ってきたんだけど……ダメだった?」


 あかずきんは首を傾げながら問いかけます。


「い、いや大丈夫だよ。ありがとう、あかずきん。でも、今は風邪だから作れないねぇ」


(クマ狩ってきたの!? あの返り血ってそういうこと!? バレたら……俺も狩られる!?)


(食べたかったな……あばあちゃんのクマの手シチュー)


 相変わらず両者の心の中は温度差があります。


 その後もあかずきんとのやりとりをしながら逃げ出す隙を伺うオオカミさんですが、これといった隙もなく、直観による回答がいつ外れるか気が気じゃありませんでした。


「すいませーん!」


「……私が出るね」


「ああ、頼むよ」


(あかずきんだけでも手一杯なのにいったい誰が!? もうやだー!?)


 一回でも答えを間違えれば死が待っている極限ともいえる状態です。オオカミさんの精神の摩耗度は半端じゃありません。


「……狩人さん?」


 あかずきんが扉を開けるとそこにいたのは、猟銃を背負った狩人の格好をした男の人でした。


「どうも。最近、獣の被害が増えているらしいので注意喚起に回っているんです。おばあさんにもお話ししたいのですが?」


「……おばあさんなら、風邪で寝てる」


 あかずきんは、おばあさんの方を向きながら、狩人さんを家に招き入れます。


(狩人!? 獣の被害……俺やっぱり狩られる運命!?)


 ですが、オオカミさんの直観はまだ動かない方がいいと告げていました。まだ、誤魔化せるのでしょうか?


 オオカミさんが身動き一つしないでいると、狩人さんは大きく一つ頷いて、


「ああ、寝ているのですか……それは好都合だ!」


 狩人――否、強盗は猟銃をあかずきんの後頭部へと押しつけます。


「おら大人しくしろ! ここに大金があるのは分かってんだ! だしな!」


(えええええええ!? 強盗!? 銃を子供に向けるとは卑怯者め!)


 オオカミさんも強盗なのですが、自分のことは棚に上げて狩人の振りをした強盗を心の中で非難します。


 猟銃を突きつけられた赤ずきんですが、


「……ふん!」


 かけ声と共に強盗の背後に回ったあかずきんは頸動脈をキュッと締めると、手早く無力化しました。


 さらに、胸元から紐を取り出すと気絶した強盗を縛りました。


「じゃあ、おばあちゃん、私は警邏隊にこいつ引き渡してくるね……風邪、お大事に。お母さんが渡せって言ったワインもここに置いていくね」


「あ、ああ、ありがとう。気をつけて行っておいで」


「ん……」


 気絶して縛られた強盗をズリズリと引き摺りながらあかずきんは去って行きました。


「なんか疲れた……本気で、死ぬかと思った」


 オオカミさんはあかずきんの恐ろしさを身にしみて理解しました。二度とこいつらには近づかないようにしよう、と心に決めおばあさんを隣の部屋からベッドに入れると、何も取らずに家から脱出したのでした。


                            めでたし、めでたし。

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