歩く直観カーナビ
ちかえ
歩く直観カーナビ
「ねえ、あんたの彼氏が『歩く直観カーナビ』って呼ばれてるの知ってる?」
友人の美並が小声でそんな事を言って来る。でも、それは大学の同級生の間では結構有名なあだ名なので、別にそんなに小さな声にしなくてもいいと思う。
当然私も知っている。なので『うん』とだけ言った。
そんな私の能天気な態度に不安になったのだろう。美並は困った顔をしている。
「いいの?」
「いいんじゃない? 今の所そこまでは広まってないみたいだし。日常生活に支障が出たらさすがに困るけど」
それだけ言って昼食のたぬきそばに戻った。このまま話を続けていたら麺がのびてしまう。
確かに私の彼氏の哲也は道に関してはすごい直観力を発揮する。道に迷っている人が彼に電話やメールで今までに通った道や周りの景色を伝える。それだけで行くべき方向をしっかりと指示してくれるのだ。
一度行った事がある道ならそういう事もあるだろう。でも、彼は見知らぬ県外の道でも同じような指示が出せるのだ。
きっかけは何気ない事だった。私が用事があって友達に電話をかけた時、彼女はデートの途中で道に迷い、同じような所をぐるぐる回って困っている所だった。運転席にいた友人の彼氏も途方にくれていたらしい。
それで『大変だね』と言っていた時に、ちょうど家に遊びに来た哲也が事情を聞いて、すぐに大通りへの道を直観で言い当ててくれたのだ。
それが同級生の間で話題になり、『歩く直観カーナビ』と呼ばれるようになったのだ。
どうやら今まで通った事のある道を参考にしているようだが、それでも瞬時に指示が出せるのはすごい。私も側で彼が電話をしている所を見るたびに感心する。
地図でも見てるんだろうと陰口を叩くものもいるが、私の見る限り、彼はそんな事はしていない。誰も見ていない所で調べている可能性もないとはいえないが、私はそれはないと思っている。
私が全く気にしていないのを見て、美並は呆れた顔をした。
「真紀がいいならいいんだけど、利用されすぎないように気をつけてって大場くんに言っておいて」
「うん。ありがと」
素直にお礼を言っておく。
でも、彼の一番の問題はそこではないのだ。そしてその問題はきっとそろそろ起こるはずだ。
昼食を終えて外に出る。二限目を終えた学生達がぞろぞろと食堂に向かってくるのが見える。これから混むだろう。今日は二限目がなくてよかったと素直に思う。
その中に哲也を見つけた。いつも通りに見えるが、私には分かる。目が少しだけ落ち込んでいる。
ああ、やっぱりか、とため息を吐きたくなった。
***
「週末にドライブ行こう」
哲也の家を訪ねて開口一番言われたのはその言葉だった。
「ああ、外れたんだ、直観」
きっとこの予測は外れてはいないだろう。
予想通り哲也は悔しそうに頷いた。
彼の『直観』は時々外れるのだ。とは言っても当たる事の方が多いし、皆もそんなに気にしていないように見える。
ミス自体も大したものではない。私の知る限り、そのせいで相談相手が変な道に入ってしまってなかなか出られなくなったという事はなかったはずだ。
それに、外れる事は滅多にない。確か三回くらいだった。それでも彼は悔しいらしい。プライドが許さないのだろうか。
「だから『歩く直観カーナビ』なんて名乗らなけりゃよかったのに……」
「ふざけて言ったら何故かウケて定着したんだよ」
小さな声でつぶやくと即座に言い返された。もちろん私はそれも知っている。何度も本人から聞いたからだ。
自分から名乗ったのなら文句は言えないものだ。だから美並の心配は検討ハズレなのである。
「なあ、真紀。頼むよ。直観力鍛えたいんだよ」
哲也曰く直観は経験を積むほど鍛えられるのだという。それは分かるが、巻き込まれるこっちはたまったものではない。
「変な道行くからイヤ」
きっぱりと言う。彼は失敗例も体験したいと言って、わけのわからない小道によく入ろうとするのだ。
「今回はなるべく行かないようにするから」
哲也が訴えかけるような目で見て来る。そういう上目遣いは本来は女の子がやるものではないだろうか。
結局、私が折れる事になるのだろう。
道に迷った同級生に親身になっている彼の姿はとてもかっこいいのだから。
歩く直観カーナビ ちかえ @ChikaeK
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