04 国人一揆(こくじんいっき)

 国人とは、いわば地域領主のことである。そして一揆とは、一致団結したを意味しており、のちに農民一揆のことを「一揆」と呼ばれるようになるが、従来は、前述のひとつにつながった関係のことを言う。たとえば、足利尊氏の近習・饗庭あえば氏直はその率いる軍を、梅の花で飾り立てたため、「花一揆」と称された。

 つまり、国人一揆とは、地域領主たちのつながり、同盟と考えて良いと思われる。



 吉川きっかわ元経は、弟の宮庄経友みやのしょうつねともと妹の雪を説教すべく、ふたりに正座を命令しようとした。

 そこで、雪が、「あっ、父上!」と言うから、思わず振り向いたところ、父・国経は居らず、そしてその隙に、経友と雪が脱兎の如く逃げ出した。


「あっ、おいこら、待て!」


「三十六計逃げるにかず! あっ、経友兄上はあっちへ!」


「よし、分かった! 二手に分かれるってことだな!」


 妙なところで息が合う弟と妹に、元経はやれやれと歎息した。



 小倉山城の内庭の中を走る。

 生まれた時からいる、勝手知ったる城内だ。

 目的地である、城門へは、もうすぐだ。


 ……雪が経友に、二手に分かれることを提案した理由は、実は長兄・元経の手から逃がれることだけではない。

 城門にて、多治比元就を見送りに行くためでもあった。

 今度こそ、小袖を着ているため、ということは無いだろう。

 そうこうするうちに、馬上、城門を出たところの元就が見えてきた。


「……多治比どの!」


 声高に呼ぶ。

 元就が振り返る。


「多治比どの! 見送りに参りました!」


 元就は少し目を細めた。


「おや、そなたは……」


 やった、と雪は指を鳴らした。

 これで、数年前、、自分がどう過ごしてきたか、何故男装して武芸を磨いてきたかを話すことが……。


「……さっき、城への道を検問していた侍……ではなくて女子おなごの方じゃないか、よくよく見ると」


 雪は転んだ。


「……だっ、いや、そうじゃなくて! それよりもっと前に! 会ったことがある! 思い出せないの!」


「えっ……」


「えっ……って」


 雪は立ち上がりながら天を仰ぐという器用な真似をした。

 なんだ、これは。

 をやっているのではないのに。

 こうなったら、無粋ではあるが、こっちから言うか。

 そう考えたところで、元就が何か言ってきた。


「あ、そうだ」


「な、なんだ」


「もそっと……」


「もそっと……なんだ?」


「もそっと離れてくれんか、そうしたら分かるやも」


「は、離れる?」


 普通は近くに寄って、見て確かめるのではないか。


「……いや、と申すなら、そなたがもっと小さいころであろう。で、あれば、それぐらいの小ささで見られるように」


「なるほど、だから離れるというワケか」


 承知した雪が、大股で、後ろ歩きをして、距離を置く。

 元就はうなずいて、雪をじっと見つめた。


「……う~ん」


「ど、どうだ?」


 雪が期待を込めて元就に言う。

 すると元就は笑顔になった。


「……分からん!」


「……おい!」


 雪が、もう我慢ならんと、一発殴ってやろうと思って駆け出すと、元就は手綱を振って、馬を走らせた。

 追いかけるも、、離れており、それで追いつけない。


「貴様! 図ったな!」


「では、御免! 兄君たちに、よろしゅう!」


「あっ、おい、待て!」


 元就は軽く手を振って別れを告げると、そのまま馬を馳せ、駆け去ってしまった。

 ……あとに残された雪は、憤懣やるかたなく、罪のない地面を蹴った。そして、ちょうど追いついた長兄・元経が声をかけると、「うるさい!」とひと言言って、さっさと居室に戻って、不貞寝してしまった。


 ……そのため、宮庄経友は、雪の分まで説教を食らう破目になった。



 元就が吉田郡山城にて復命すると、興元は「それで良い」と言った。宿老の志道広良しじひろよしは不得要領な表情かおをしていたが、兎にも角にも安芸あきの有力国人の一角である吉川家が国人一揆に加盟するということは、大きな一歩であるので、そこは認めてくれた。

 ただ、吉川家が尼子経久のとして、国人一揆内の国人たちに働きかけることについては、難色を示した。


「……さようなことを、勝手におっしゃられては困ります」


「申し訳ない」


 元就は、割と素直に謝った。そのため、かえって、広良としては追及する余地を失ってしまい、しばし沈黙した。

 見かねて興元が口を出す。


「広良、吉川家が国人一揆に入らないと、一揆は宙ぶらりんよ。であれば、仕方あるまいよ。それに多治比どのの言うとおり、どうせ尼子経久は調略の手を伸ばしてくる」


「……はあ」


 広良としては、「では今後は元就どのは、拙者と相談の上で動くと言うことをお約束下され」と言い、元就もそれを認めたため、話はしまいになった。ちなみに、この広良と元就が相談・協力することについては、後に本当に誓紙を交わしている。

 そして元就がとりあえず多治比猿掛城へと去ったあと、興元と広良は何気なく、元就について話した。


「広良、どうだ……弟はものになりそうか?」


「まあ、良いんじゃないんでしょうか」


「良いのか?」


「先ほどはああは言いましたが、たしかに、吉川家と尼子家のつながりを無視はできますまい。ただ『いかがなものか』ということを話し合った、ということにしたかったのでござる」


 壁に耳あり障子に目あり、と広良は付け加えた。

 つまり、尼子の間者や吉川の忍びのことを暗に示したのである。

 ふむ、と頷いて、興元は「では次なる交渉の相手は……」と話を振った。


 ……興元と広良は夜通し話し、そして翌朝、改めて元就が呼ばれ、安芸の各所へと旅立っていくことになった。



 多治比元就は精力的に安芸国内の国人の城や館に訪れ、時に歓迎され、時に追い払われながらも、兄の毛利興元や、毛利家宿老・志道広良の助けを借りて、やがて……安芸国内の有力国人九名による、安芸国人一揆が形成された。

 なお、この国人一揆の契約の署名は、円形状にならんで署名していく方式を採用している。これを、


「傘連判」


 と呼ぶ。つまり、傘を上から見た丸い形になるよう署名していく方式であり、互いに平等である、という意識を書面に表したものである。


 ……この流れの中、毛利興元は、その国人一揆内で一、二を争う勢力の持ち主である、高橋久光の娘を正室に迎えている。高橋家は石見いわみに本拠を持つ家ではあるが、安芸においても勢威を振るっていた。


「……いかに、互いに等しいという立場を標榜ひょうぼうしているとはいえ、差はある」


 興元としては、国人一揆の発起人である自分が、一の有力国人の娘をめとることにより、国人一揆内の均衡を保とうとしたのだ。


 そして、ようやく形となった国人一揆を背景にして、興元は安芸の、ひいては毛利家の安定のために、次なる一手を考えていた。

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