君の背中を押すSF
小早敷 彰良
世界を守る、直感する限り
昔から最善がわかる。直感としか言いようがない。第六感や超能力と呼ばれたりもする。
数年前は重宝されて、作戦本部に呼ばれたりもしたけれど、今となっては、気味悪がられるだけの能力だ。
だから、電話は嫌いだ。
「本間副指令、今日は皆10分だけ遅く出社して。」
「そうか。伝達はする。だが期待はするな。」
「わかってる。でも間違いなく、全員に伝えてね。全員だよ全員。」
電話はこう、いつもむなしいものだから、嫌いだ。
電話を切り、廃墟同然の自宅から、私は出勤する準備を始める。
副指令にはああ言ったけれど、自分は10分だけ早めの時間に出勤する。晴天だけれど傘も持つ。
どれもそうすべきだと、私の勘が言っているからで、理由は自分自身にもわからない。
良いことが起こることだけが確定している。実際何が起こるかは、起こってからでないとわからない。
クソ能力だと、私は思う。
何が起こるかわかるのならば、数年前の雨の日、異世界に連れ去られる前に、有能な助言を残したし、何とか帰ってこられた数ヶ月前、ぼろぼろになった本部の前で無神経な言葉を吐いて、あの子の心を折ることもなかった。
異世界に私が連れ去られている間に、この世界は異世界たちに負けることがほぼ確定した。
そんな世界に住み続けたほうが良いと、直感が囁く意味も理解できたはずだ。
ほぼ無人と化した街を、のんびりと歩く。世界では人類は隠れており、「都市」は消滅していた。
広がっているのは、無人の住宅地だ。
異世界からは侮られ、軽んじられている。今頃どこが占領するか、相談でもしているはずだ。
そうでなければ、近距離戦用無人大型猫が民家を襲っているこの光景はないはずだ。
異世界にも、戦争協定はある。
民家を襲う、市街地を襲う、そんなことをするのは、発信力がないせいで、戦争においてどんな手を使っても非難のできない、この世界に対してだけだ。
異世界で見てきたこの世界の評判は、嫌になるほど、この世界での戦争の歴史と同じ経緯をたどっていた。
猫はこちらに気がついたようで、じっとこちらの動向を伺っている。
気にせず歩く。大丈夫だと直感しているからだ。
猫がすぐ背後に回りこんでいる。
巨体が、私に大きな影を落とす。
倒すには小指の先ほどの心臓を壊さなければならない。心臓は血流に乗って、機体の中を動き回っている。
異世界の禁止兵器は、すべてこんなクソ仕様だ。
異世界のなかには、この猫型兵器に首都中の住民のほとんどを食われた世界もあった。だから禁止兵器となって、この世界のような「未開の地」にしか使われていない。
私は傘を開いた。
傘は振りかざそうとしていた猫の腕に引っかかり、浮き上がった傘の骨が、猫の胸にのめりこむ。
ちょうどそこに、猫の心臓があった。
猫がどうっと倒れ伏した。
「お前、何をした?」
若い男の声に、傘を畳む手を止める。
見上げれば、猫の巨体の上に、刀のようなものを持った青年が、目を丸くして立っていた。
ジャージ姿で刀を持つ彼は、教室にいたらモテそうな精悍な顔をしていた。
「もしかして、お前があれか?」
「鷺原、この人が例の。」
「ああ神谷。怠惰な疫病神、だったか。」
胸がきゅっと痛む。
戦況を分ける場面にいなかったから「怠惰」、忠告のあと必ず不幸が起こるから「疫病神」。
職場での私の呼び名だった。
刀ジャージを鷺原と呼んだ青年は、猫をしげしげと観察していた。確か神谷と呼ばれていたか。
こちらの青年は穏やかそうで、無骨な盾が似合っていない。
刀も盾も火薬の匂いがする。職場関係者であることは間違いなかった。
市民が自衛しようにも物資もない現状、火薬の匂いをまとえるのは、私の職場しかなかった。
つまり、異世界対応本部の関係者だ。
滅びかけの世界で、唯一異世界に対応している組織が、この異世界対応本部だ。
その本部でさえ、異世界に行って帰ってきた私の事情を、四洲天支部という小さな部署の副指令を除いて、誰も信じてくれていなかった。
「四年も失踪し、職務違反を未だ認めていないと聞いている。」
「超能力を恣意的に利用しているそうだな。」
目の前の彼らの言葉に、薄く笑う。
評定を知っていて、私の直感の詳細を知らないところをみると、本部に最近加入した士官か何かなのだろう。
今度こそ傘を閉じて、答える。
「申し開きしなきゃいけない?」
「してもいいが、義務ではない。」
生真面目に返した鷺原を、私は睨みつける。
「じゃあ、話さない。」
言われた鷺原は眉を吊り上げる。
「あれだけ好き勝手報告されているのに、黙認するのか?」
黙認しているのには、理由がある。
今、この士官たちに事実を伝えたらいいと、直感している。
けれど、それだけはしない。
これが、異世界に行っているあいだ、忠告出来ずに亡くなった仲間たちへの、私なりの贖罪だ。
代わりに、私は言った。
「あなた方は何しに来たの。支部には案内できるけど。」
「それは後でお願いするよ。実は、君に会いに来たんだ。」
盾を持つ神谷が、右手を差し出してくる。
「これは?」
握られていた見慣れない色の石に、目を丸くしてしまう。
それは虫の複眼のように、無数の玉が寄り集まっているように見えた。
この石には、嫌な予感がする。
だから、手に取らなければ。
「貸して。」私は手を伸ばす。
「嫌だ。」
神谷はそのまま、石を地面に叩きつけた。
玉の一つ一つがほどけていき、獣の姿に変わっていく。
「汎用分散獣。」
それらは、異世界で飽きるほど見た、一般的な兵器だった。
迷彩色の猿の群れだ。三十匹ほどが、私の周囲を取り囲んで、威嚇の声を上げる。
元凶である士官たちは、少し離れた位置で内輪もめを始めていた。
「神谷、やりすぎだ。処理予定の異世界兵器を使うなよ。あの女、死んじまうぞ。」
「これくらいしないと、面白くないだろ。」
「面白い? ふざけるなんて、お前らしくないな。」
ため息を吐いて、二人にひらひらと手をふる。
「大丈夫。あの勘はこういうことだったのね。」
そう言ってから、全身の力をかけて、がれきの下に隠してあったワイヤーの端を引っ張った。
ばね仕掛けのワイヤーが勢いよく飛び出して、猿たちの身体を叩き、皮膚の下の心臓を潰していく。
全ての猿たちが動かなくなるのに、30秒もかからなかった。
「面白かった?」
神谷はけたたましく笑いだした。
鷺宮は険しい顔をする。
「支部の連中は、これだけの能力をなぜ遊ばせている? 作戦になぜ組み込まない。」
それは、私のクソ能力のクソ足る由縁があるからだ。顔をしかめながら、説明をする。
「私の直感は、私にとっての最善がわかるのであって、組織の最善がわからない。部隊が全滅して、私だけ生き残ったことだってある。使いづらいクソ能力だよ。
そもそも、こうしたら良いと直感しているけど、実現不可能なことだってあるしね。」
鷺宮と神谷、二人の目前まで歩み寄る。
ただ、実現不可能だと諦めた結果は、私のトラウマとなっていた。
異世界に行く羽目になったのも、皆を死なせたのも、直感を信じず、ささいな妥協をしたからだ。
「できるだけ、直感は信じて行動することにしているけど。」
だから、腰のナイフを、神谷の首に突き立てた。
首の皮膚すれすれで、固いものに阻まれたように刃が止まる。
神谷に化けていた異世界人は、複眼とぎざぎざした歯を覗かせていた。
「超能力が存在する世界、良いな、ほしい。ぐんと価値があがったよ。」
「勝手に私たちの世界の査定をするな、異世界クソ野郎。」
私の声に合わせて、鷺原が刀を振り上げる。
「ああ、でも、超能力者以外は微妙だね。」
そう笑う異世界人に、私の直感がささやく。
「離れろ!」
空間が削れるのと、鷺原を私が蹴り飛ばすのは同時だった。
次元が削れたあと特有の風が吹き、異世界人は消えた。
嫌になるほど、他の世界とこの世界の技術の差は激しい。
異世界では当たり前のように使われる擬態技術もワープ装置も、この世界では夢物語だった。
この世界は本当に詰んでいる。
「神谷、神谷はどこだ。」
鷺原が動揺したように言った。
「今朝まで、そんな、成り代わっていなかった。何度も確認した。」
殺して成り代わるのが異世界でのセオリーだ。
可能性に思い至った鷺原は、肩を震わせる。
「そんな、神谷が、死んだ? あんな良いやつが。」
直感するまでもなく、嫌な瞬間が訪れる。
死を悼む瞬間は、いつだって最悪だ。慰める方法を、このクソ能力は教えてくれない。
「鷺原。」思わず呼びかけた瞬間だった。
ブロロ、と、エンジン音が辺りに響く。
物資がない現状、車を走らせることのできるのは、私の組織しかない
エンジン音を響かせるごつい車から、穏やかな顔が覗いていた。
彼はのんきに声をかける。
「10分遅く来たほうが良いと、副司令に聞いたから、今着ました。なにかありました?」
朝、電話でした忠告は、成り代わろうとした異世界人の手から一人、助けることができたらしい。
成功するのは、ずいぶんと久しぶりのことだった。
「てめ、神谷、本物か? お前の好物は。」
「漢方薬。」
「本物だ。心配かけやがって。」
「やばい味覚しているね。」
じゃれあっている二人に笑ってしまう。
ふと気がついた鷺原が、改まったように言う。
「お前のおかげで助かった。挨拶が遅れて悪い。俺は鷺原、こっちが神谷。」
鷺原の気さくな挨拶に、神谷の声が被さる。
「俺たちは異世界対応本部の直轄で、スカウトしにきたんだ。」
「誰を?」
「君を。超能力者だけが異世界にいなくて、この世界だけにいる。そこにきっと、意味があるはずだから。」
今更なんだと思った。この世界も、私も、もう疲弊しきっているのに、これ以上何かする気なのか。
「力を貸してほしい。」
鷺原も、神谷も、こちらを射抜くように見ている。
世界が平和だったら同級生だったかもしれない彼らは、私と違って、希望を持った瞳をしていた。
彼らとなら、まだ戦えるかもしれない。
だから、私は彼らの手を取ることにした。
直感するまでもない結論だった。
君の背中を押すSF 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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