第2話 泡沫
『ぎえーーーーー!』
セットの裏側を見ようと扉を開けた瞬間、俺たちは列車の外へ身を投げ出された。
それはまるで、飛行機に穴が開いた時に時に外気との気圧差で外に吸い出されるみたいに。
そんな感じで、吹き飛ばされたのだ。
横を走っていく列車一つ。
膜のような何かをぶちぶちと突き破りながら、それは遠ざかっていく。
やがて一つの点となり、終いには見えなくなった。
「随分と大がかりなセット、だ……」
『ん、な、わ、け、あるカァ!』
こちらの胸にしがみついたマジシャン風のホログラム——レティが叫ぶ。
『キミねぇ……! もしかしてまだドッキリだとでも思ってたの? 残念でしたぁ! ドッキリなんかじゃありまっせーん!』
ふぅ、ふぅ、と息を荒げて怒鳴るレティ。
宇宙のような空間に浮かびながら、マジシャンのような格好をしたホログラム(?)が抱きつきながら怒鳴っている。
夢だとしても混沌すぎた。
……ああ、良いだろう。
認めよう。
これは現実なのだ、と。
あまりにも現実味のない状況。
魔法の存在を信じなければ有り得ない現状。
だからこそ、これは現実なのだ。
怒りが抜けていくと同時に、レティはやつれていく。
まるで膨らんだ風船から空気が抜けたあとに萎びているかのように。
その顔にはありありと絶望が浮かぶ。
『はは、そうさ、もう死ぬんだい。ボクたちは泡沫世界の瘴気に侵されて、みんなここで死んじゃうんだーい!』
……そうか、俺たちはここで死ぬのか。
非現実的な出来事をドッキリだと決めつけ、認め続けなかった結果がこれだ。
いや、非現実的とは言ったが、実際に起こっているからにはこれこそが現実。
ただ、自身の価値観を、その閾値を超えた出来事を、認められなかっただけなのだ。
かつて神はいないと諦めた過去に、生粋の無神論者だった自身の常識に、囚われていただけなのだ。
ああ、仕方ない。
そんな日もあるさ。
……自分のことならば、いつだってそうやって諦めることができた。
ただ、俺の行動にレティを巻き込んでしまったこと。
それだけはいただけない。
何とかしてレティだけでも救えないだろうか。
なぁ、本当に神ってのがいるのなら、レティだけでも助けてやれないだろうか。
なぁ、神様!
『……って、あれ? 死んでない?』
……。
『え、なんでなんでなんで? あ、あっ! そうか! 【セーフティ】のおかげだ! はははは、あのクソッタレの神もたまにはやるじゃんね!』
……。
『ちょ、ちょっと、何で怖い顔してるのサ。だ、大体そもそもはキミのせいじゃないか。絶対開けるなって言ったのにドアを開けようとするしさ』
「……とりあえず、離れろ」
『いやいやいや、無理なんだって! 離れたら死んじゃうから!』
離れると死ぬって、寂しいと死ぬウサギかよ。
いや、実際のところ、ウサギは寂しくても死なないらしいが。
『それも含めて説明するから離れないでね! というか、そもそもこんな状況になってるのは、キミのせいだからね!』
……それは否定できない。
だが、まあ。
「そんな日もあ——」
『——ありまっせーん! そんな日はないからー! いや、現に起こってはいるけど、普通ないから!』
反論を封殺されて仕方なく黙る。
レティは捲し立てるように続けた。
『それで、説明いくからね! 今度は途中でどこかに行こうとしないでよ!』
どこかに行くなと言われても。
宇宙のような空間を彷徨い続けている今、一体どこに行くというのか。
そもそもどこかに行きたいと思っても行けないので、俺は考えるのをやめた。
『まず、キミはクラスごとの異世界転移の途中で勝手に抜け出した、ここまではいいね?』
「……ああ」
『そして、言いかけでキミが飛び出したから聞いてなかったかもだけど、キミには転移者特典として【セーフティ】【マップ】【ステータス】の3つのスキルがインストールされている。これもいいかナ?』
「……ああ、大丈夫、だ」
レティはビクビクと話していたが、リラックスできたのかふぅ、と息を吐いた。
『本題に入るよ』と前置きをして、続けて話し始める。
『それぞれを簡単に解説すると、こうなる』
そう言うと、レティは透明な板を突如浮かび上がらせた。
この板は一体どこから来たのだろうか。
まあ、神がいるらしいのだ。
そんな不思議なこともあるのだろう。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・【セーフティ】(レベルが10に到達するまで神の力で危険から身を守る)
・【マップ】(自分が今まで歩んできた場所が地図として描かれる)
・【ステータス】(自身のレベルやスキル、情報が取得できる)
_____________
レベルにスキル……まるでゲームだ。
『具体的な説明は一旦置いといて、実践して把握してもらおっか。じゃあ、キミ、まずは自分の本質を知りたいと願いながら【ステータス】と呟いて?』
このようなことを呟くのは、抵抗がある。
まるで、物語と現実の区別が付かない、中二病患者になってしまったような気がして。
が……ええい、ままよ!
「……【ステータス】」
そう唱えると、宙空に文字の書かれた透明な板が現れる。
それは、レティが先程出した石板に似ていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
◆名前:
◆種族:人間
◆年齢:17
◆レベル:1
◆スキル:
◇セーフティ
◇マップ
◇ステータス
_____________
まさか、本当にできてしまうとは。
書かれてるのは他愛のない内容だが。
『見えてる? 見えてるならそのクリスタルを掴むと実体化するから掴んでみて』
ん?
見えてるかどうかを聞くってことは、今はレティにステータスが見えてないのか。
まあ、敢えて見せる必要もなかろう。
「……嫌、だ」
『な、なんでっ!?』
「……個人情報だから、だ」
『うわ、何この謎のパライバシー意識。ダルっ』
やれやれ、と肩をすくめて見せてから、次は【マップ】を使うように指示してきた。
「……【マップ】」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
泡沫世界
_____________
ステータス同様、クリスタルの板が現れる。
これが左上に表示され、板の中央には青い点が描かれていた。
この青い点はもしかしなくても自分なのだろう。
『見えた? この地図もキミにしか見えないし、掴むと実体化するって点では【ステータス】と同じだね』
「泡沫世界……?」
『そ、そ。ちゃんと見えてるみたいだね。泡沫世界っていうのが今いる場所の名前。世界の境界、あるいは、生まれては消える未熟な世界の集合体。それが泡沫世界。……普通、生身で泡沫世界に入ったら、瘴気で直ぐ死ぬはずなんだけど、ネ』
「だが、俺たちは死んでないぞ……」
『そうだね。それは一つ目に書かれたスキル、【セーフティ】ってやつのおかげ。レベルっていう項目が一定に達するまで、神がダメージを肩代わりしてくれるんだ。私が離れられないのもこのスキルの適応範囲内から出ないようにして……』
ほう、なるほど。
『って、え……ちょっと、キミ何してるのカナ? 急に自分を殴り始めて』
確かに、痛みがない、な。
『いやいやいや、怖い怖い怖い。無言で殴り続けるのやめて』
これが【セーフティ】の力……。
神の力、か……。
『……やっぱコイツやべーやつだって! 最悪だぁ! こんなんじゃアルテマに帰れないよ! これが最後の分霊なのにー……』
痛みが無く、衝撃だけが伝わってくる。
はは、本当に神はいた! いたんだな!
「……はは、ははははははは!」
『ぴぎゃーーーーー! 遂に、殴りながら笑い出したぁーーーーー!』
……ん?
なんだこれ、膜みたいなやつが迫ってきてるな。
『もう無理だい! ボクにはコイツのパートナーなんて無理だい!』
まあ、何かあっても【セーフティ】があるから大丈夫だとは思うが。
一応レティにも伝えておくか。
「おい……右を見ろ」
『ぴぇ……?』
あ、すまん、レティからすれば左だった。
うわ、もう膜が目の前まで来てる。
——こうして俺たち2人は、膜の中に飲み込まれるのだった。
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NG:ファストフードが好きな神
『それぞれを簡単に解説すると、こうなる』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・【セーフティ】(レベルが10に到達するまで神の力で危険から身を守る)
・【マック】(ハンバーガーを召喚できる)
・【ステータス】(自身のレベルやスキル、情報が取得できる)
_____________
『え、なにこれぇ……』
「……【マック】」
ポンッ
『え、出るんだぁ……』
パクッ
『え、食べるんだぁ……』
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