氷の少女フランチェスカが女神と呼ばれる理由
寅田大愛
第1話
神殿にはだれもいない。人間は。
白く荘厳な、天井を見上げるだけで首が痛くなるような巨大な神殿である。足元をさああっと冷たい風が吹いた。この神殿の属性は氷で、常に神殿のなかには、雪が降っている。足首まで埋もれてしまうほど白いさらさらした雪が積もっている。
氷の女神フランチェスカは嘆息した。白い吐息が雪の結晶になって、空気中にきらきら輝きながら、溶けていった。
歩くたびにしゃらしゃらとわずかに衣ずれする女神の雪を模した服は、フランチェスカの好みの、ラベンダーグレーがかったくすんだホワイトカラーのアンシンメトリーのワンピースだった。
女神、なんて呼ばれるような人物じゃないのに、とフランチェスカは嘆く。
〈ただの武器、神クラスの〉と心ない人から言われたいつかの言葉がいまだに忘れられない、小さな、傷つきやすい少女に過ぎないのに。
フランチェスカは長いアクアプラチナ色の長い髪を後ろで束ねている。
(この髪が短かったころ、あたしは戦場にいた。
実際に武器として人を殺める仕事をしたこともある。
あたしは、決して、女神なんて綺麗に崇められるような存在ではない。決して)
フランチェスカは長い睫毛を瞬いて、ゆっくりと目を閉じる。雪よりも白くほっそりとした左腕には銀色の腕輪がある。これは左腕の神力を封印するためでもある。これがなかったら、あたしは、ただの。
そこまで考えて、フランチェスカは涙が溢れそうになったので、必死に堪えた。
今は女神として、ここで一生懸命祈りを捧げる仕事をしなければいけない。
〈なあ? また戦場に帰りたいよな? フラン?〉
そのとき、フランチェスカの鼓膜あたりで、低くざらざらした嫌な死体を燃やした後みたいな灰の臭いのする、悪魔の声がした。
〈去りなさい、悪魔。あなたにはもうあたしは関わりません。ここはあたしの神殿ですから、今すぐ出ていきなさい〉
フランチェスカが冷たく整った、まだあどけなさを残す顔に怒りを滲ませると、声だけやってきた悪魔は笑いながら、〈女神さまのふりなんて、ガラでもねえ〉と言った。
〈出ていきなさい!〉
〈出て行って欲しいときにはなんて言えばいいのか覚えてねえのかよ?〉
悪魔、がフランチェスカの耳元で息を吹きかけながらにやにや笑う。
〈うるさい!滅ぼしてしまいますよ!〉
〈その調子。名前で呼んで欲しいなあ〜〜〉
〈黙りなさい!〉
〈フランはまた人殺したくならねえの? おれと一緒に、〉
悪魔はそこまで言って、消滅した。簡単には死にはしない。元いた場所に戻されただけだろう。あの悪魔の名は、冬闇、という。
〈ありがとうございます〉
そう言ってフランチェスカが振り返ると、もう誰もいなかった。おかしい。今たしかに誰かの妖力を感じたのに。
助けていただいたお礼が言いたかったのに。
今のは誰だったの?
フランは訝しがった。ここには強力な結界がはってあるから、通常なら大抵の場合は入ろうとしても弾かれて入れない。
冬闇ですら、同じ氷属性だから声だけやっと侵入できた程度だ。
それにしても。
あたしはうっかりしていた。
冬闇ごときに神殿の侵入を赦してしまうとは。
もっとしっかり祈らなければ。
フランチェスカは心臓の前で指を組んで、全身から漂うオーラにシンクロさせ力を高める。さらに結界に接続し、神殿ごと包み込む。守れ、と念じると、結界がさらに強くなる。これでバリア効果が増大する。
神殿はパワースポットなので、フランチェスカはそこにいるだけで、力が増えていく。女神が祈るだけで、その力はますます強くなるのだった。
戦場のことなんて、思い出したくない。
フランチェスカは一人できっと唇を引き結んで、集中力を高めて、瞑想状態に入った。
氷の少女フランチェスカが女神と呼ばれる理由 寅田大愛 @lovelove48torata
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