蛇足:『幕引索引(カーテンコール・エンドロール)』
「ジャベリーナさん!」
「何でしょうか? 私は仕事で忙しいので、手短にお願いします」
翌朝、ジャベリーナは、仕事のためにギルドへと足を運んだ。
すると、待ち構えていたかのように、男に声をかけられる。
『賢者』のスキルを持ち、ジャベリーナにりぼんの情報を教えた男。
彼は周りの目を気にすることなく、はっきりと、ジャベリーナに言った。
「僕と、手を組みませんか?」
「は?」
その冗談のような言葉に、ジャベリーナは自分の耳を疑う。
「どういうつもりですか? 私が誰だか分かっているんですか? 転生者狩りのジャベリーナですよ。昨日たまたま私の力になったからと言って何を勘違いしているか分かりませんが、今あなたが生きているのは、私の気まぐれに過ぎないのですよ?」
「僕を殺しに来たんですよね……知っています」
そう男は息を切らしながら言う。見れば、足元もおぼついていない。
恐怖からではない。
……なるほど、能力を使って、私の頭を覗き見た訳ですね。どうしてそんな命知らずなことができるのでしょうか?
「そうですか、良かったですね、私のことが知れて、では今度とも、お見死に置きを」
「第三王子は、転生者だ」
ジャベリーナは突きつけた針を、男の首に触れる直前で止める。
止めて、しまった。
「今……何とおっしゃいました?」
「君が敬愛する第三王子、トライベールは……僕と同じ、転生者だ」
「そんな見えすいた嘘で私が動揺すると? どうやらあなたはよほど苦しんで死にたいようですね、私の能力を持ってすれば、致死量の恐怖を与えることも、死ねない痛みを永遠に与えることもできるのですよ?」
「嘘じゃない‼︎」
男は叫ぶ。
ギルド中の注目が、二人に集まる。
男が一方前に出たことで、ジャベリーナは針を引っ込める。
引っ込めて、しまう。
「僕は死ぬ! あなたにここで殺される! そんな僕が! どうしてそんな嘘をつくんだ!」
「……黙りなさい、あなたの言葉は、不敬では済まされない。処刑すらも生ぬるい。そして、私の王子への気持ちを知っておきながら、どうして私に……」
「君を助けたいからだ。王子は、君なんて愛していない、君のことを道具としか思っていない、そして、君を使って、他の転生者を狩り尽くし、自分だけの楽園を築こうとしているんだ!」
「黙れ……黙れ!」
ジャベリーナは声を荒げていた。しかし、この男をすぐに殺さないだけの理性を持ってしまっていた。
『賢者』の能力は本当。そしてその能力を使ったのも、本当。
第三王子は転生者。
転生者でありながら、いや、転生者だからこそ、他の転生者を殺す。
この世界に、己の楽園を築くために。
「あの女、蔵屋敷りぼんは、王子が転生者だと知っていた。だから、二人は利害が一致して、意気投合して……ごめん」
男は畳み掛けるように発した言葉を、途中で止める。
ジャベリーナは、ほとんど放心状態だった。
「何で……謝る……」
「いや、その、デリカシーがなさ過ぎた」
「賢いのに、していることは愚かですね……」
「君を助けるのは、愚かじゃない」
「……え?」
男が、さらに一歩前に出る。ジャベリーナと、鼻先が触れ合うくらいの距離。仮に転生者じゃなくても、彼女に殺されるのに十分たる行動。
それでもジャベリーナは拒絶しない。彼の顔を見て、彼の言葉を聞く。
聞いて……しまう。
「記憶を覗いたよ、君の、昔の記憶を。君は、本当は『転生者狩り』なんて名前の相応しい女性じゃない! 君はもっとずっと優しい女性だ」
「……気持ち悪いです、結局あなたは、私をどうしたいのですか?」
「逃げよう、ジャベリーナ。王子と、君の真っ暗な未来から」
まるで、プロポーズだった。
ジャベリーナは、声も出せない。
「僕はその手助けができる。僕が邪魔になったら、殺してくれても構わない。元々僕はこの世界の住人じゃないからね。けど、君は違う。君の力は、君自身の幸せに使うべきだ」
「私の幸せ……それは、王子の、力になること」
「それは、嘘だ。そう言うように、そういう風に、王子に洗脳されただけだ」
「…………」
ジャベリーナは虚な目を地面に落とす。体に、まるで力が入らない。それでいて、心は、目が回るくらい激しく動いていた。
だとしたら、私の人生は何だったのだろうか。
王子のために、転生者を殺し。転生者を殺し、王子のためになった。
転生者である、王子のために。
私は王子を愛しているのか?
私は転生者を憎んでいるのか?
「せめて、時間はあってもいいと思う。やっぱり王子が好きならば、やっぱり転生者が嫌いなら、『転生者狩り』に戻ればいい。だけど、そうじゃない、ただの『ジャベリーナ』を、経験するのも、いいんじゃないかって」
最後の男の譲歩は、いかなる情報よりも、ジャベリーナの心を揺れ動かした。
ジャベリーナは、彼の胸を突き飛ばして距離を取らせる。
「はあ……随分と、口下手な賢者ですね」
「すみません、今の僕は、ただの転生者なので」
「あなた、名前は?」
「え? ……あ、僕の名前は、
「私はジャベリーナ。ただのジェベリーナ。……あなたにはまだ利用価値があります」
「え?」
「だからしばらくの間、口車に乗ってあげますよ」
「と言うことは……」
「別にあなたと行動を共にする気はありません、定期的に利用するだけです。あと、能力の発動のために、あなたの頭の中で、私をどう使うのも自由ですが、これ以上私の頭の中を覗くことは許しませんから」
「は、はい! ありがたく使わせていただきます!」
「そこは嘘でも『いいえ、畏れ多くてそんなことには使えません』と言いなさい。本当に気持ち悪いです」
「あ……でも、嘘は通じないって」
「それ嘘ですよ。では今度とも、お見知り置きを」
そういってジャベリーナは、用がなくなったその場所から立ち去ろうと踵を返す。
「ああもう! これじゃ伝わらねーよ! ジャベリーナさん! 僕は、あなたのことが……!」
後ろから、そんな魂を絞り出すような声が聞こえた。
やれやれ、仕方がないですね。私の返事くらい予想できているでしょうに、その勇気だけは讃えて、最後まで聞いてあげましょう。
ジャベリーナは平静を装って振り返る。
目の前に、定道の顔があった。
「……え」
あったのは、顔だけだった。
首から上を失った彼の胴体が、力なく崩れ落ち、光に包まれて消える。
「す……き」
ジャベリーナが反射的にキャッチした彼の頭が、喉に残った最後の空気を使って、そんな意味のない言葉を吐き出し、消える。
光に包まれて、消える。
ジャベリーナは、何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くす。
しかし、手に残った感触が完全に消えたことで、自分を取り戻す。
ジャベリーナは、遠巻きに見守る冒険者達の中にいながら、溶け込んでいない、明らかに異質な存在に目を向ける。
「これをやったのはあなたですか? そんな場所からどうやって彼の首を切断したのかは分かりませんし知る気もありませんが、どうしてこのようなことを?」
無表情、それどころか、無感情。
ジャベリーナの能力が一切反応しない、そんな、人間の、男の見た目をした何か。
「どうして……? 質問の意味が分かりません、転生者を殺す、それが私の唯一の使い道です」
自分の意思がまるでこもっていない、音を意味のある順番に出しただけのような声で、『それ』は答える。
「あなた……何者ですか?」
「私は、パトリオート」
『それ』は、機械的に自己紹介をする。
「またの名を、『転生殺し』。第一王子アインツベールの命を受け、参上しました」
転生者狩りのジャベリーナ アズマライト @azuma_light
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます