第7巻(下):私、失敗しないので。〜『蘇り』スキルを駆使して、異世界の影の権力者になる〜

 その日の深夜。宮廷の裏門に近づく女、りぼんの姿を、黒ずくめの男たちと、一人の女が捕捉した。

「作戦開始」

 それを合図に、二人の男が草むらから飛び出し、りぼんに襲いかかる。

 一人は後ろから羽交い締めにして彼女の自由を奪い、もう一人は、正面から布で口を塞ぐ。

 殺せないのなら、生け獲りにすればいい。簡単な答えであり、隠密部隊にとっても簡単な方法だった。

 一人が体の自由を奪って自害を防ぎ、一人が薬品を染み込ませた布で意識を奪う。


 なんとあっけない、私の出る幕はなさそうですね。もしや第二王子は、私に罪を被せるために仲間に加えたのでしょうか? 


 ジャベリーナが王子への不信感を募らせた矢先だった。

「………な⁉︎」

 二人の男が、弾き飛ばされた。見えない力に、押されたようだった。

 ジャベリーナはすぐに考えを改める。

 彼女の能力は、蘇りと、それに付随する記憶消去。

 それだけのはずがない。

 でなければ、これだけの長時間、この世界では到底生き延びられないだろうし、このように姿を晒すこともない。

 きっと、何か奥の手がある。

 ギルドで会った男の『賢者』を使えば一発で判明するが、あの男は信用できない、そして転生者に借りを作りたくない。それが、ジャベリーナと第二王子で一致した意見だった。

 そこで、隠密部隊には、命にかけても、転生者りぼんの、奥の手を引き出すという役割が与えられていた。

 二人の男が体勢を立て直し、ナイフを取り出す。

 捕縛が失敗した場合のプラン。死なない程度に無力化する。

 合図もなく、阿吽の呼吸で、二人の男は同時にりぼんへと飛びかかった。

 りぼんは、避けず、相手の動きさえ追わなかった。

 そして、まるで自分の運命を受け入れるかのように、両手を広げ、腹部と足に、ナイフを受けた。

「……え?」

 しかし、りぼんは、平然としている。

 それどころか、自分の体に刺さったナイフを乱雑に抜き取り、そんな彼女を警戒して距離をとる男たちに投げ返すほど健常だった。

 ジャベリーナは、目の前で起きている現象を理解しようと努める。

「残念でした、それはもう効きませーん」

 りぼんは余裕の笑みを浮かべ、挑発するように言う。

 その間に、体の傷が、逆再生のように塞がっていた。


 再生能力……? でしょうか、いえ、でしたら、ギルドで会った時、私の針ごときで死んでいたはずがありません。

 その時の記憶があれば、何かヒントが得られたかも知れないのに……!

 悔しがるジャベリーナを他所に、りぼんを囲む男たちは、さらに作戦を変える。

 武器をニードルに持ち替えて、全方位から同時に襲いかかる。

 そのニードルの先には、毒が塗られている。仮に彼女の能力が外傷に対する回復能力であった場合に効果的である。

 しかし、殺さず無力化する加減が難しく、訓練された彼らだからこそ取れる作戦である。

 りぼんの首と腰に、毒が付与されたニードルが刺さる。

 その様子を隠れて見届けていたジャベリーナは、密かに戦闘態勢に入る。


 これが効かなければ、いよいよ私の出番ですね。通用するか分かりませんが………やれるだけのことをやって、無理そうなら撤退、ギルドの男を頼る他ありません。


 そう考え、ゆっくりと立ち上がったジャベリーナの目の前で、爆発が起こった。

「!」

 ジャベリーナは咄嗟に地面に伏せ直し、爆風を受け流した。距離がある程度離れていたのも、生き残った要因だ。

 爆発は、作戦にない。しかし、爆発は、確かに、りぼんを中心として起こった。


 まさか……このタイミングで自害⁉︎ しかも、爆弾を使って自爆なんて、大胆なことをしますね………!

 

 彼女をまんまと取り逃したと思い、落胆するのも束の間。

 爆発の中心部、焼け焦げた二人の男の間から、無傷のりぼんが姿を現したのた。

「刺殺、毒殺、それに、爆殺」

 りぼんは、つまらなそうに吐き捨てながら、伏せているジャベリーナに向かって歩いてくる。

「それで、もう死んだから、もう死なないよ」

「……どういうことですかですか?」

「まあ、これも『蘇り』とセットみたいなものだけどね。ほら、せっかく生き返っても、他人に覚えられてると面倒なように、何度も同じ死に方をするのも、面倒でしょ?」

「……まさ、か」

「知らなかった? そうだよね、でなきゃこんな綿密で無意味な作戦立てないよね。私の能力『千死鮮線レッド・デッド・ライン』はただの蘇りの能力じゃない。一度死んだ死に方で、二度と死ななくなる。つまり、死ねば死ぬだけ、不死身に近づくの」

「あまり、羨ましくない能力ですね」

「だよね、面倒だよね。冒険者やってた頃は、わざと難しいクエストを受けて、色んな死に方を試してたけど、最近はもう飽きちゃった」

「では、大人しくしていればいいじゃないですか」

「それはそれで退屈だよねー、暇を持て余すのも、力を持て余すのも」

 だから、と、りぼんはジャベリーナの目の前に立ち。宣言する。

「この国、乗っ取ることにした。いい暇つぶしでしょ? 最初は利用するだけのつもりだったけど、イケメン王子といいことできるしね」

 逃走の準備をしていたジャベリーナの動きが、その一言で止まる。

「今、なんとおっしゃいました?」

「あれ? 聞こえなかった? それとも理解できなかった? じゃあ丁寧に説明するね。私のの目的は、最終的に国を操る権力者になること。そのために、あのトライベールとかいう王子を利用するの。最初は使用人として仕事してたんだけど、最近はよく求められるようになっちゃって、でもでも、あいつ体力ないから、私はイッたことないんだけどねーって、話聞いてる? 『転生者狩り』のジャベリーナ?」

「……全て、ご存知というわけですか」

「うん、私がどれだけこの世界にいると思ってるの?」

「私の、トライベール様への想いも……!」

「? だからこの話をしたんじゃん、嫌がるかなって、思って」

 りぼんは極めて愉快そうな顔でジャベリーナを見下ろす。彼女の全てを理解し、そして彼女の全てを奪えるだけの余裕を滲ませて。

「許さない……絶対に許さない!! 殺してやる!」

「その気持ちは、ジャベリーナとして? それとも『転生者狩り』としてかな?」

「ああああああああああああ!」

 ジャベリーナは素早く立ち上がり、右手に握り込んだ針を、りぼんの額に向けて突き立てる。

 仮に当たっても、効かなかっただろう。

 しかし、その針が彼女の体に届くことはなかった。

「う………うぐ! これは……⁉︎」

「戦うの面倒臭い、てか、生身であなたに勝てるわけないし、だから、しっかり準備してきたんだ」

 ジャベリーナは、強制的に動きを止められた自分の手を見る。そこには、かろうじて視認できる細さの、糸が絡まっていた。

「『運命の赤い意図レット・エンド・ライン』」

 ジャベリーナが手を動かすと、絡まった糸が絞まる。皮膚を裂き、血が伝い、糸を赤く染める。

 りぼんはその場から動くことなく、ジャベリーナを拘束してみせた。

「って、能力っぽく言ったけど、私の能力じゃないんだ。これ、どっかの転生者が作った、ただのアイテムでーす」

 ジャベリーナは一切動けない。既に、全身が糸で巻かれているのを、肌で感じた。

「なんとその糸、自動で追尾、捕縛、攻撃しれくれる優れもの。軽いしかさばらないし、私みたいなか弱い少女にピッタリの武器だよねー。言わなくても分かると思うけど、動いたら微塵切りになるよ。動かなくても、できるけど」

「……では、どうして殺さないのですか?」

 ジャベリーナは慎重に言葉を発する。それだけの動きで、首まで絡まった糸が皮膚を裂きそうだった。

「使えるから」

 りぼんはジャベリーナの肩を押す、それだけで、受け身も取らせずに倒した。

 糸はジャベリーナを切り刻むことはなく、彼女の全身を自動的に、丁寧に縛り上げる。

 亀甲縛りと呼ばれる縛り方だった。

 糸が、洋服に食い込み、繊維を断ち切り、ジャベリーナの体に、幾何学的な文様を刻みつける。

 ジャベリーナは、両手足を完全に拘束された状態で、地面に転がっていた。

 りぼんはジェベリーナの顔の横にしゃがみ、満足げに眺める。

「見た目ハムみたいだけど、料理に使うわけじゃないよ。私が男だったら、オカズにはしてたかもだけど」

「……その方が、まだマシです」

「釣れないこと言わないで、私たちの用心棒になってよ。私も王子も戦闘皆無だから、あなたみたいな腕の立つ人間が必要なの。王子も、きっとそう言うと思うよ」

「……そんなこと」

「あなたはただの王子の道具。違うの?」

「……」

 ジャベリーナは何も言えなかった。

 この女の言う通りかも知れない。この能力があれば、王子が実権を握る手助けになる。

 そして、そこに私の力も必要になる。

 そうだ、きっと王子のことだ、この女を騙して、利用しているのだろう。

 きっと、そうに違いない。

 だから、今は大人しく従うふりをしよう。そうして、この女からの信頼を得た段階で、寝首を搔いてやれば……。

「まあ、すぐにとは言わないからさ、今日のところは、私と王子がどれだけ仲がいいか、見ていってよ」

「……は?」

「足の糸解いてあげたからついておいで、これから、私と王子が『している』ところを、間近で見せてあげる。そうすれば、私たちが、どれだけ深くて親密な関係かわかるから、さ」

 犬の散歩のように、先を歩くりぼんに乱暴に引っ張られ、ジャベリーナは後ろをついて歩く。


 ああ、今やっと分かりました。私の、らしくなさの原因が。

 これは、嫉妬だ。

 私は、この女に、嫉妬している。

 殺したいほどに。


「王子は………誰にも渡しません‼︎」

「お?」

 ジャベリーナの怒気にりぼんが立ち止まって振り返る。

 その顔面に、歩くために自由になったジャベリーナの足が刺さる。

 ただけ蹴りではない。足の指に針を挟み、蹴りと同時に相手に突き刺す。ジャベリーナの持つ奥の手だった。

 その針は、頭蓋骨を貫通する硬度。その蹴りは、頚椎を折る速度。

 まさに必殺技と呼んでもいい技だった。

 なのに、

「ああ、懐かしい、この技! あれはえーっと、何回目に会った時だっけ……四回目くらいかな? 通常の針も格闘術も効かないのを悟った貴方が出した技だったね」

 りぼんはジャベリーナの足を優しく受け止め、無邪気な笑みを浮かべる。

「四回目……?」

 ジャベリーナはバレリーナのように片足を上げたまま、その、記憶にない事実に戦慄する。

「覚えてないの? 薄情だな、なーんて私の能力のせいだし、あなたが殺したせいだけど、そう、実はそれだけ顔馴染みなんだ。私にとってだけど」

「ではなぜこの前ギルドで……ただの針で死んだのですか⁉︎」

「あれ、自殺だから、この糸を使ってね。便利でしょ、切ったり、縛ったりするだけじゃなくて、刺すこともできるんだ」

「……そんな」

「もう手の内は全て見えてるの。分かった? あなたは私をもう殺せない。ほら、もう気が済んだでしょ、王子が待ってるから、早く行きましょう」

 事実なのだろう。

 私の持つ武器は、既に使い果たされた。 

 この女は、自分が負けるとは微塵も思っていない。 

 戦いも、そして、王子からの寵愛も。

 勝ち誇っている。余裕を持っている。

 優越感に浸っている……!

 ようやく、感情を見せましたね。

「『針心必計メトロノーム・シンドローム』全感情を、私への服従へ100!」

 その言葉と同時に、りぼんの歩みが止まる。

 そしてジャベリーナに正面から向き合い。高らかに笑い出す。

「え……?」

 彼女の笑い声を浴びながら、ジャベリーナは呆然と立ち尽くす。りぼんはひとしきり笑ったあと、目に浮かんだ涙を拭いながら、再度、勝利宣言をする。

「ああ可笑しい! だからあなたの奥の手は、全て知ってるし、『死ってる』。これは早かったね、3回目に会った時かな? あなたはこの技で、私を間接的に殺した。それだけでもう、それだからもう、効かないよ?」

「……そん、な」

「あー感情出すの疲れたー。もう良いでしょ? 奥の手も、切り札も、使い果たした、服の繊維も、あなたの戦意も、もうない」

 ジャベリーナに巻きついた糸が、彼女の体の表面をなぞるように這い回る。

 切り裂かれた服は足元に散らばり、そこに隠されていた大小種類多種多様な針の数々も、一緒にばら撒かれる。

 正真正銘の丸腰となったジャベリーナは、その場に膝をついて、うなだれた。

「……私の、負けです。もう、どうとでも使って下さい」

「悪いようにはしないよ。あなたはただ、私と王子の幸せを、その身を挺して守れば良いの」

 りぼんはそう言って、自分の着ていた上着を脱ぎ、ジャベリーナに投げ渡す。

「……え?」

「そんな格好で王子に会うわけにはいかないでしょ? せめてもの慈悲ってやつ? 心配しなくても、着替えの最中は糸を緩めてあげるから」

「……ふふ」

 ジャベリーナはりぼんの着ていた上着に手を伸ばし、表情を緩める。

「何がおかしいの? 別に私だって鬼じゃない。少なくとも、私を、確か……5回だっけ? も殺した実力を評価しているんだよ? ま、最後の一回は私の自殺だけどね」

「そうですか……いや、なんと申し上げて良いのか……ふふ」

「……何笑ってんの? 気持ち悪い。敗北感で頭おかしくなった? ほら、さっさと着て、さっさと行くよ」

 そう言ってジャベリーナから視線を外したりぼんは、一瞬で地面に倒され、組み伏せられる。

「……な⁉︎」

 りぼんは驚愕する。ジャベリーナが、りぼんの隙を突いて襲いかかったのだ。

 この技は、これまで見たことが無かった。それもそのはず、ジャベリーナが、つい先ほど、身をもって身につけた技術だからだ。

 しかし、りぼんの驚愕の対象はそこではない。

「馬鹿じゃないの………⁉︎ まだ糸はあなたの体に絡まっている、多少痛い目に遭わないと理解できないのかなぁ……⁉︎」

 りぼんは、糸を操作し、ジャベリーナの体を締め上げる。

 しかし、全く手応えがない。どころではない。

 糸が、りぼんの首に絡まってきていた。

「な……⁉︎ 何で!」

「『運命の赤い意図レット・デッド・ライン』でしたっけ、驚きましたよ。長いこと転生者狩りをしてきましたが、こんなケースは初めてです」

 ジェベリーナはりぼんを後ろ手に拘束しつつ、その首筋に伝わせた糸を指で優しくなぞる。

「どこかの転生者が作った? とんでもない、あなたは気づかなかったようですが、この糸、それ自体が転生者です。この世界に、道具として転生したんですよ」

「嘘。でしょ……?」

「どうも私への絡みつき方が、性的な意味でいやらしかったので、この糸には自分の意図、そして感情があるのではと思いました。そこで私のスキル『針心必計』を使ってみて驚きです。こうして、私に服従するではありませんか」

「さっきのスキルは、私にかけたんじゃなかったの⁉︎」

「半々です。あなたに効くかもしれないし、この糸に効くかもしれない。どちらか一方に作用すれば、私の勝ちですから。ところでこの糸、普段はどこに収納しているんですか?」

「服の……内側」

「あらいやらしいですね。つまりこの糸に転生した人物は、肌身離れず、ずっとあなたの体にくっついていた訳ですか。その動機が如何様なものかは、元の人物の性別によりますが」

「……王子にくっつく、あなたみたいね」

「言葉に気をつけなさい。私の使命を、転生者の下心と同じ程度のものだと言うのは、私に対する最大限の侮辱です」

 ジャベリーナはりぼんの腕をギリギリと極める。

「痛! 離せ、このクソ変態体液フェチが!」

「今頃になってそんな感情を出されても、あなたには効かないんですよね? 私の能力、ああ、可哀想に」

「どういう意味………? 私を、これからどうするつもり?」

 ざ、と、タイミングを見計らったように、二人の前に男が現れる。

 第二王子、ツヴァイベールだ。

 ジャベリーナは彼に対し、あくまでも形式的に告げる。

「王子、宮廷に侵入を図った不審者を捕縛しました」

 それを聞いた王子は笑いを堪えるような声で、優しく応える。

「そうか、よくやったジャベリーナ。では牢屋へ連行しよう」

 りぼんは、王子と共に来た警備兵に拘束具を付けられ、引き摺られるように連れて行かれる。

「……なんだ、ただ捕まるだけ? 随分と優しいじゃん」

 そんなりぼんの呟きを聞いたジャベリーナは、彼女を不憫に思い、少しだけ、覚悟の用意をする時間を与えた。

「そうですね。あなたは殺せませんから。ただあなたにとって最大の不幸は、その死ねない能力を持っていることと、女性であることですね」


********************


「いや! いやあああああ! お願い! 助けてえええ!!」

 牢屋の中から、りぼんの悲痛な叫びが聞こえる。

 ジャベリーナと第二王子は、鉄格子の外からその地獄のような光景を眺める。

「ツヴァイベール様……やはり、これは少しやり過ぎでは?」

「私の弟をたぶらかしんだんだ、当然の仕打ちだと思うけど? 目には目を、歯には歯を、だ」

 りぼんの投獄された牢屋は、男女兼用の集団収容所。しかし実際には、女性はりぼんただ一人。

 それに対し、男性の囚人がざっと20人ほど。

 そこに、美女が一人放り込まれ、『殺さなければ何をしてもいい』と、第二王子直々に勅令が下ったのだ。

 何が起こるか、りぼんがどうされるか、想像に難くない。

 あらゆる方向から伸びた男達の魔手によって、既に身ぐるみ剥がされ、両手足の自由を奪われて担ぎ上げられていた。

「助……けてえ……」

「申し訳ありません、私の『針心必計メトロノーム・シンドローム』を使えば、あなたの恐怖や絶望感を快楽に変換して、その場所を楽園に出来るのですが……効かないのですよね?」

 ジャベリーナは、涙目で懇願するりぼんに、非情に告げる。

 りぼんはそれから言葉を失い、奥へと消えていった。

 

 第二王子は感情の読めない目をジャベリーナに向け、ある提案をする。

「ジャベリーナ……俺の元に付かないか?」

「しかもこんな場所言うと脅迫にしか聞こえませんよ。もし断れば、私もああなると」

「いやいや、とんでもない。流石の私でもそこまで人を捨ててはいないよ」

「多少は捨ててる自覚はおありなんですね……」

 百戦錬磨のジャベリーナは戦々恐々としながら、第二王子の横顔を眺める。

「国のトップは、綺麗事だけじゃ務まらない、いかに綺麗に見せるかは大事だけどね……兄も、弟も、武器を隠し持っている」

「あなたもお持ちではないですか、暗殺もこなせる隠密部隊」

「しかし、今回はまるで役に立たなかった。やはり普通の人間では、転生者に敵わない、そこで、君が欲しい、君の力を貸して欲しい」

「私を化け物のように評価して下さり誠に光栄ですが……トライベール様を裏切る訳にはいきません」

「しかし、彼は君を裏切った」

「裏切っていません。きっと、王子にも……何か考えがあったのでしょう。きっと、きっと……」

 ジャベリーナの苦悶に満ちた表情を読み取り、第二王子は一度口を閉ざす。

 それから、少し残念そうな口ぶりで、選び抜いた言葉を言う。

「そうか、愛しているんだね」

「はい、私は第三王子トライベール様を、心から敬愛しております」

 では失礼します。そう言ってジェベリーナは立ち去り、王子の待つ私室へと向かった。

「振られたな……ま、当然か。しかし、ジャベリーナ。弟は私以上に『捨てている』男だぞ。いつまで、君の体が保つかな……」

 そんな、彼女を慮るツヴァイベールの言葉を聞くものは、誰もいなかった。

 

********************


「ありがとう、そしてお疲れ様、ジャベリーナ」

「トライベール……様?」

「どうしたの? おいで、あの忌まわしい女を排除してくれたお礼だよ」

「! 王子っ!」

 第三王子の私室。

 ジャベリーナは、ベッドの上で上半身だけ起こし、迎えるように両手を広げる王子に、飛びつく勢いで抱きついた。

 王子は、膝に乗った猫をあやすように、自分に体を擦り寄せてくるジャベリーナを、優しく撫でる。

「泣いてるの? ……私が君を、裏切る訳ないじゃないか、君はこれまでも、これからも、私にとって特別な存在だよ」

「うう……だって、王子を、取られるかと思って……」

「あんなの演技に決まってるじゃないか。なかなか厄介な能力者だったからね、大袈裟なくらいの仕掛けが必要だったんだ、けれど、君には不愉快な思いをさせてしまったね、心苦しいよ」

「そんな! 王子は何も悪くありません! 悪いのは、全てあの転生者です!」

「……そうだね」

 ジャベリーナを撫でる王子の手に、力が入る。

 背中側から伸ばした手を、髪に絡め、毟るように下に引く。

 ジャベリーナの顔が上を向く。

「王子……?」

「お礼と、謝罪の証」

 ジャベリーナは、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 しかし、感触があった。

 ジャベリーナの唇に、熱を帯びた柔らかいものが触れる。

 そして、感覚があった。

 ジャベリーナの口内に、流れ込んでくる、粘性を帯びた、生暖かい液体。体液。

「……! ……⁉︎」

 あまりの刺激の強さに、思わず仰け反って逃げようとしてしまうジャベリーナ。それを王子は許さない。

 手は髪を掴んだまま。ジャベリーナの方へと倒れ込む。ベッドの上に彼女が、その上から王子が覆い被さるような体勢になる。

 二人は一瞬見つめ合う。しかしすぐに、王子が2度目、ジャベリーナの唇を奪う。

「んんー‼︎ ん、ん……! …………ん」

 ジャベリーナは、恍惚とした表情で、声にならない音を漏らす。

 流れてくる、王子の体温が、体液と共に、口の中に。

 ジャベリーナは、意識を失いそうなほどの、快感に、身を委ねていた。

「ぷは」

 王子がまだ唾液を塗れる口を離す。

 そうしてようやく、ジャベリーナにとって、一生に感じるほどに引き伸ばされた一瞬が終わる。

 腰を反らせ、口は半開き、目は虚になった、情けない格好のジャベリーナを見て、王子は笑いかける。

「これからも、私の手足となって、私のために働いてくれるか?」

「はい……トライベールさま……」

 ジャベリーナはほとんど反射的に、そう返事をした。

「約束だよ」

 ジャベリーナは気づかない。

 王子の笑顔の裏に、世界を破壊するほどの、おぞましいまでの野望が隠れていることに。


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