第7巻(中):私、失敗しないので。〜『蘇り』スキルを駆使して、異世界の影の権力者になる〜

 翌朝、起きてすぐにジャベリーナは王宮へと向かった。

 第3王子トライベールに、あの女ーー蔵屋敷りぼんの危険性を伝えるためだ。

 しかし、ジャベリーナは、王子の部屋の前で、またもや大勢の衛兵に止められた。

 王子の意思で、全ての人間との面会が拒絶されているらしい。

「そんな……それならせめて、あの女、蔵屋敷りぼんとを王子に近づけないようにして下さい!」

 ジャベリーナのその言葉に、全員が首を捻る。りぼんが、ここでは偽名で働いている可能性に思い至り、顔と特徴を付け加えて伝える。

 しかし、それでも反応は悪かった。衛兵たちは、そんな女など知らない、宮廷で見たことがないと口を揃えて言う。

 ジャベリーナは、昨日見た、王子との性行為の話まで持ち出す。

 結果帰ってきた反応は、「王子はそんなことができる健康状態ではない」だった。

 そんなことは、ジャベリーナが一番よく分かっている。

 だから、昨日激しいショックと同時に、強い違和感を抱いたのだ。

 このまま話を続けても埒が明かない、かと言って強行突破するのも得策ではない(王子の立場的な問題で)と判断し、ジャベリーナは廊下を引き返した。


「おや? 君は、名前は確か……ジャベリーナと言ったかな? どうしたんだい? そんな浮かない顔して、もしかして、私の弟が何かご迷惑をかけたかな?」

 その道中で、意外な人物に出会った。

 第三王子よりも少しだけ背が高く、知的な顔立ち、そして落ち着きのある口調と、胡散臭い雰囲気。

「第二王子、ツヴァイベール様……」

「こうして面と向かって話すのは初めてだね。どうだろう、時間があれば、少し私の部屋に来てくれないだろうか? 2人きりで話がしたい」


********************


 

 案内された第二王子の私室は、使用人の控室と見間違えるほど質素だった。

 調度品は最低限、嗜好品も数える程しかなく、インテリアは無彩色で統一されている。

 ここまで来ると、地味な部屋というよりむしろ、豪華な監獄のようだった。

 第二王子ツヴァイベール……謎に包まれた男。

 目立った功績もなく、第三王子にとっての冒険者ギルドのような、後援組織も不明。にも関わらず、十分なカリスマ性を持ち、一部の国民からの根強い支持を受けている。

 一方で、大規模な犯罪組織を壊滅させたとか、謎の資金源を持っているとか、とんでもないチート能力を持っているとか、多くの黒い噂、都市伝説の絶えない男。


 一体私に何の用でしょうか? 一応、第三王子を支援する私とはライバル関係にあると思うのですが。

 もしかして、最近の不和を狙い、私を排除するおつもりでしょうか?

 

 さりげない動作で髪をかき上げると見せかけ、指の間に針を握り込むジャベリーナ。第二王子は、そんな彼女に背を向けながら、全てを見通したようなセリフを吐く。

「そんなに警戒しなくとも、この部屋には、あなたと私、2人しかいませんよ。そして、私個人では、あなたよりもずっと弱い」

「これは失礼しました。王のご子息に対し、殺意を向けるなど、不敬でしたね」

「不敬というか、普通だったら処刑だけどね。構わないよ、一般的な世界では、レディーを自室に連れ込む私の方が犯罪者だ」

「私は王子を信用しています」

「信頼しているのは第三王子だけかな? さ、座って」

 ジャベリーナは促されるまま、王子の正面に座る。

 間にあるテーブルには、飲み物が用意されていた、しかも二人分。


 随分と用意がいいようですね。偶然を装っておきながら、最初から私と接触する気満々ではないですか。

 王子が飲み物に先に口をつけたのを見てから、ジャベリーナも口をつける。王子は、毒を疑う彼女の用心深さに特に触れず、本題を切り出す。

「『蔵屋敷りぼん』は危険だ。……これは、君と私の共通認識で間違いないかな?」

「は、はい」

 ジャベリーナはその言葉を聞いて動揺を隠せない。その女は、今まさにジャベリーナが抱える問題の、根源的存在だからだ。

「一つ、確認したい……ジャベリーナ君、君は彼女と、これまで何回会った?」

「え? 先日トライベール様の部屋で会ったのが初めてです」

「そうか……」

「それが何か?」

「いや、不可解なんだ。記録では、彼女がここに勤務するようになってから数ヶ月が経っている、にも関わらず、使用人や衛兵達に、いつ聞いても、口を揃えて『今日初めて会った』と言うんだ」

「! それは………⁉︎」

「君もさっき目の当たりにしただろう? そう、誰も彼女の存在を覚えていないんだ。それとも、一日ごとに忘れているのかも。ジャベリーナ君、私は彼女は転生者だと疑っているのだけど、その能力について、何か知っているかな?」

 ジャベリーナは、第二王子を信用し、賢者から聞いた情報をそのまま話した。

「そうか、『蘇り』か……もしかすると、死んだ時に、関わった人の記憶を消す力もあるのかも知れない、でなければ、不死の人間は目立ってしょうがないからね」

「確かに……そうですね」

「そしてその二つ以外にも能力を持っているの可能性もある。君に殺されることなく、数ヶ月も生き延びているのが良い証拠だ」

「随分と私を評価してくださるのですね」

「もちろん、私の自慢の弟が見込んだ人間だからね、贔屓もしたくなるが、それを抜きにしても、君の活躍は目覚ましいものだ」

「ありがとうございます」

「つい先日も、ギルド内で転生者を二人も殺したそうじゃないか」

「二人……?」


 一人は、間接的にですが、司のことでいいのでしょうか。

 もう一人は、一体誰のことをおっしゃって……あ。


「まさ……か」

「察しがいいね。そう、君は先日ギルドで司の他に、その女、蔵屋敷りぼんを殺害した。しかし彼女は生きていて、君はそのことを忘れている、『蘇り』の他に『記憶消去』があることは、ほぼ確定だね」

「どうして……」

「ん?」

 ジェべリーナは、その女の能力以上の疑問を、王子の話から抱いていた。

「私の、ギルドでの行動をご存知なのですか?」

「ああ、それは……」

「ギルドにあなたの内通者を忍ばせているのでしょうか。なぜ? 監視のためでしょうか? もしくは、隙を見て私を排除しようと……? そうですよね、第三王子の支持基盤である冒険者ギルドと、作戦の要である私を、あなたほど頭の回る人物が野放しにするはずありません」

「落ち着いて」

「第三王子に害を成す人物を事前に排除することも、私に与えれた使命です。そちらがその気なら、こちらも実力行使に……」

「待て、殺すな、話をさせてくれ」

「⁉︎」

 椅子から立ち上がったジャベリーナは、背中に衝撃を覚え床に倒れ込む。

 そして気づけば、全身黒ずくめの男に、絡め取られるように組み伏せられていた。

 首を捻って見えたのは、マスクで覆って人相の見えない男と、空洞の開いた天井だった。


 伏兵……! やはりこの男、只者じゃなかった!


 ジャベリーナは、せめてもの抵抗として、第二王子を睨みつける。

「手荒な真似をして申し訳ない。しかし、私は臆病でね、こういった万全の用意をしないと、たった一人の女性とも満足に話せないんだ」

「……この部屋には、二人しかいないと仰っていませんでしたか?」

 後ろ手に拘束され、床に押さえつけらえれたながらも、ジャベリーナは気丈に振る舞う。

「君は屋上と天井の隙間を部屋と呼ぶのか? という意地悪な回答はさておき、彼らの存在をあまり知られたくなくてね」

「彼ら……とは?」

「私個人で匿う、暗殺や偵察を行う隠密部隊だよ。兄の『私兵』や、弟の『転生者狩り』と同じ、私の裏の力さ」

「数々の黒い噂は……本当だったのですね」

「全てじゃないよ、あることも、ないこともある」 

 王子は椅子から降り、ジャベリーナの顔の前にしゃがみ込んで、感情の籠っていない、ひどく冷たい口調で提案する。

「蔵屋敷りぼんを排除したい。協力してくれないか? 彼女は危険だ、この国を乗っ取りかねない。君にとっても、いい話だと思う。第三王子を通り返したいだろう? それでも私を信用してくれないと言うのであれば、仕方ない、私も君を信用しない」

 身じろぎ一つできないジャベリーナの首元に、後ろから、固く冷たい感触が当たる。


 協力しなければ殺す。そう仰るのですね。

 こんなことをしなくても、私は協力したのですが……いえ、そう断言は出来ませんね。今の私は、自分でも自分を信用できないほど、冷静さを欠いている。

 この王子ほ、そんな私の精神状態までお見通しという訳ですか、これはもう、お手上げですね。

「分かりました、協力しますよ。むしろ、私から協力を申し出るべきでした」

「よし、交渉成立だね。では具体的な作戦について話す、彼女の拘束を解いて」

 ジャベリーナにのしかかっていた圧が消える。

 そして、彼女を拘束していた黒ずくめの男は、音もなく消えようとして……。

「待って!」

 ジェべリーナに呼び止められる。

「どうしたんだい? 君に手荒な真似をした彼を殺せと言うなら、その通りにするよ。作戦に支障はないし、君の助力を取り付けた功績に比べたら安いもんだ」

 王子の指示を受け、黒ずくめの男は、自分の首元にナイフを当てる。

 それを見たジャベリーナは、慌てて言葉の続きを紡ぐ。

「いえ! 違います……私を一瞬で拘束したその技術を、伝授して下さらないかしら? 転生者の中には死ににくい能力も多いので」

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