ポンコツ扱いされている俺の幼馴染が実は国家レベルの天才である件について~『錬力学殺し』の天才、ライトニング・インサイトの考察~

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『魔法』が科学的に解明されて一世紀。俺達はかつて『魔法』と呼ばれていた代物を『錬力学れんりきがく』と呼んで使っている。


「テメェかよ、一年のくせに『ライトニング・インサイト』とか呼ばれてイキがってるっつーヤツはよぉ」


 科学的に証明された魔法ではあるが、だからと言って誰にでも扱える代物ではなかった。結局『魔法が使える体質を持った人間が科学的に識別できるようになった』という所までで解明は止まっていて、魔法……錬力学が扱えるかどうかは、どこまで行っても本人が生まれ持った資質に依存するものであるらしい。


 とりあえずどんな形であれ、『扱える者が一定数以上いる』と世間が認めれば、その『扱う者』を育成する場所をおおやけが作ることになる。


 そしてここはその公が作った学校のひとつであり、俺、稲妻いなづま雷斗ライトはそこに通う学生。ついでに俺の前に立っている三人組は俺の先輩にあたる人物……なのだけども。


「……あのぉー、ちょっといいっすか?」


 俺はいい加減うんざりしてきて口を開いた。


「結局、これは何の呼び出しなんすか?」

「俺らはテメェが気に入らねぇって言ってんだよっ!!」

「一年坊主が俺達に生意気な口利いてんじゃねぇぞっ!!」


 錬力学使いは天賦の才を世間様のお役に立つように使うべし、と幼い頃から教育されて育つ。その教育の一環としてこの高校で行われているのが、学生同士でチームを組み、錬力学によって引き起こされたトラブルの解決に当たるという実地訓練だ。


 警察の錬力学犯罪対策チームに参加させてもらって行う実地訓練なのだが、この様子が世間一般に公開されていて、これがちょっとしたアクション映画みたいに世間様の目には映るらしい。


 そんな状況でチームが複数存在していれば、世間様からの人気・不人気は当然生まれてくるわけで。実力差やら人気差ができるわけで。本当は二年生から行われるその実地訓練に入学当初から参加している人間がいれば、当然目立つわけで。その二人組の片割れが、錬力学の素質を欠片も持たないくせにこの学校に入学してきた『史上最強の劣等生』なんて呼ばれる存在だったら、余計に目立つわけで。そんな状態なのにそのコンビがトップクラスに名を連ねていれば、当然むちゃんこ人の耳目を引くわけで。


 ……というわけで、史上最速で解決件数記録を更新した一年生コンビ『ライトニング・インサイト』の片割れである俺は、色んな意味で人に絡まれる人生を送っている。


「まぁ、気に入らねぇけど、テメェの実力は本物だ。何せ錬力学の『れ』の字も扱えねぇようなグズ女とコンビを組んでてあの実績なんだからな」


 俺はその言葉にピクリと眉を跳ね上げた。だけどそれに気付かない先輩は意気揚々と言葉を続ける。


「だから、テメェを俺達のチームに勧誘してやるよ」

「光栄に思えよ、一年坊主」

「俺達、三年最強の『牛頭党ゴズトウ』直々の勧誘なんて、そうそうねぇんだからな」


 目の前に立ちふさがった三人は、そう言い放つとやたら上から俺を見下ろした。


「……はぁ」

「グズとしか組めねぇテメェを哀れに思った俺達が、ありがたくもテメェを引き抜いて使ってやるつってんだよ」

「お断りいたします」

「おーよ、ありがたく……って、あ?」

「だから、お断りいたしますって」


 断られるとはミリも思わず鼻高々に威張り散らしていた先輩達は、俺の言葉に鼻白んだように目を瞬かせた。


 そんな勘違い野郎どもに向かって、俺は呆れの溜め息を隠さずに断りを告げる。


「俺は、あいつ以外とチームを組むつもりはありませんし、組んで上手くやっていけるとも思っていません。何より……」


 言葉を切った俺は、上から勘違い野郎どもを見下ろした。正真正銘、上から目線で。


「大事な幼馴染をコケにするクズどもに、どうして俺が手を貸してやんなきゃなんねぇの?」

「…っ!! 下手に出てやったからってチョーシ乗りやがってっ!!」

「ざけんじゃねぇぞゴラァッ!!」


 簡単に激高した先輩達の動きは早かった。バッと俺を中心に三角形を描くように散った先輩達が揃ってパチンと指を鳴らす。


 その瞬間、俺にかかる重力がバカみたいに上がった。


「ぬっ、うぉ……っ!!」

「どーよ? 俺らの『重力結界』の味はよっ!!」


 立っていられなくて膝が地面に落ちる。両膝と両腕を突っ張って重さに耐える。全身の関節がミシミシ軋む。自分が大きな力に潰されていくのが分かる。


「いとく~ん? いとくん、どこ~?」


 抗えない力に、俺は思わず死を覚悟した。


 でも、あいつの声はそんな俺の悲壮な覚悟をフワリと簡単に取り払ってしまう。


「いとくん……あ! いとくん、見つけた~!」


 場違いに腑抜けた声に、俺はありったけの力を首に込めて振り返った。


 その先にいたのは……


「いとく、ふぎゅっ!?」


 ボサボサの黒髪。瓶底メガネと長すぎる前髪で見えない顔。野暮ったくカッチリ着込まれた女子用の制服。


 そんな『ダサい』という言葉を体現したかのような女子生徒は、俺に駆け寄ろうとして思いっきり顔面から地面に突っ込んだ。どうやら自分の足に自分でつまずいたらしい。


「し、祀鶴しづる……」


 安定のドジっ子ぶりに思わず全身の力が抜けかけた。だがそれをすんでの所で持ち直す。


「ブッ!! 誰かと思えば『史上最強の劣等生』のご登場じゃねぇのっ!!」

「良かったなぁ、一年坊主。相方が助けに来てくれたみてぇだぞ?」

「ま、助けになんてならねぇんだろうけどぉ?」


 俺の相方、『ライトニング・インサイト』のもう一人であり、『史上最強の劣等生』冴仲さえなか祀鶴の登場に先輩達は腹を抱えて笑い始めた。


「おー、そーだ。今ここで考えを変えてもいいんだぜ?」


 その内の一人が、笑いを引っ込めて俺の顔を覗き込む。


「あの使えねぇ相方に言ってやれよ」


 そんな俺達から少し離れた場所でようやく体を起こした祀鶴はきょとんとした顔で俺達のやり取りを見ているようだった。顔はほとんど見えていないけど、ぼんやりと俺達を見ている祀鶴は場の流れが全く分かっていないように見える。


「『俺はお前と別れて先輩達のチームに入れていただきます』って、あの使えねぇ幼馴染の前で言ってやれよ」

「上手に言えたら、お前もあいつも、無事に帰してやるよ」

「さぁさぁ、答えは決まってるよなぁ?」


 ……まぁ、見えるだけ、なんだけども。


「いとくん……」


 俺にばかり注目している先輩達は気付いていない。


 祀鶴がユラリと立ち上がり、顔からメガネを外したことを。長い前髪をかき上げ、キレが鋭すぎる秀麗な顔を露わにしたことを。『史上最強』と呼び習わされた祀鶴だけの『能力』が牙を剥いたことを。


「こいつらは、敵?」


 緩さが抜けきった冷たい声は、祀鶴の容姿同様に鋭く美しい。


 その声の主に向かって、俺は全力で叫んだ。


「敵、だ!」

「了解」


 祀鶴はおもむろに足元の小石を拾い上げると迷うことなく先輩の一人に向かって振りかぶる。すんでの所でそんな祀鶴に気付いた先輩は二歩ほど横へ退避。


 たったそれだけで、俺を押し潰そうとしていた圧力が消える。


「なっ!?」

「イト、その三人を繋げて描かれる三角形の中だけが重力場の展開範囲だ。三人の内に入らず外から叩け」


 驚愕の声を上げる先輩を置き去りにして俺は素早く跳ね起きた。俺が重力結界から抜け出したことがよほど予想外だったのか、先輩達は俺の動きを追うのに必死で祀鶴がその指示を出していることに気付いていない。


 俺は祀鶴の指示通りに先輩の背後を取ると拳を固める。ただの拳じゃない。俺の錬力特性『雷』を纏わせた、一撃必殺の拳だ。


「『雷拳ライトニング・ジャスティス』っ!!」


 俺が繰り出した正拳突きで先輩の体は軽々吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ先には先輩のお仲間がいて、都合よく二人がまとめて吹っ飛んで地面を転がった。それを見た最後の一人は……


「ひっ……ヒィッ!!」

「あ。ちょっと!」


 あっさり逃げた。倒れた仲間を放置して。


 俺は溜め息をひとつこぼすと祀鶴を振り返った。いまだにメガネを外したままな祀鶴は、鋭く冷たい瞳で倒れ伏した先輩達を観察している。


『ライトニング・インサイト』


 俺の錬力属性が『雷』であるせいで周囲はその名前が俺からついたものだと勘違いしている。


 それも仕方がないことだと思う。だって、誰が思うだろうか。


 錬力学を一切使えないにも関わらず、この学園に存在。見たモノを直観に従い即座に論理的に解体してしまうという化け物。鋭すぎる直観で『錬力学を殺す』とまで言われ、政府に目を付けられてしまった天才。


 錬力学殺しの天才、冴仲祀鶴。


 政府から付けられた符丁コードネームは『ライトニング・インサイト雷撃の直観


「祀鶴、もうメガネかけろよ。またぶっ倒れるぞ」

「……うん」


 言葉少なく答えた祀鶴は、素直にメガネを顔にはめた。その途端、あの鋭すぎる空気は鳴りを潜めて、ぽややんとしたドジっ子祀鶴が登場する。


「いとくん、先生が探してたよぉ? 何か……えっと、なんだったっけ?」


 ……いや、視覚情報を抑えるためのメガネで性格まで変わるってのは、ちょっと意味が分かんないんだがな……?


「あー、いいや。用件は先生から直接聞くから。で、呼んでたのって誰先生?」

「えー……っと?」

「おい」


 俺は大きな溜め息をついて肩を落とした。そんな俺をどう思ったのか、なぜか祀鶴はよしよしと俺の頭を撫でてくる。いや、お前のせいでこうなってるんだけどな?


 ……まぁ、いいさ。そんな風にお前に振り回されるのも。


 お前を一人にしない。


 その約束を果たすために、俺はお前を追ってこんな所まで来ちまったんだから。


 諦めの溜め息とともに祀鶴を見下ろす。何も分かっていないような顔で、祀鶴はメガネの下から笑いかけてくれた。


「仕方がねぇか。とりあえず、教室帰んぞ」

「はーい!」


 俺は祀鶴を連れてその場を離れた。


『ライトニング・インサイト』


 そんなふたつ名を持つ俺達は、名前に似つかないゆったりした足取りで、二人並んで教室に帰ったのだった。





【END】



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