ダイナマイト・センス

三衣 千月

ダイナマイト・センス

 1960年代、アメリカ。経済の発展の裏には、古い慣習の変化や破棄が求められるものだ。

 ビルの取り壊しなどはその最たる例で、築年数の大きなものや時代に取り残されたもの。新たな社会の波に呑まれ撤退を余儀なくされたものなどは解体されてまっさらな土地へと戻され、再生の道を歩むことになる。


 解体作業の中でもとりわけ派手なものが、火薬を用いた爆破解体である。土煙と地響きで彩られるその解体方法は、娯楽の少ない小都市ではエンターテイメントとして多くの見物客が集まる事もある。

 通常の解体では、人件費や重機にかける費用が嵩むが、爆破解体は人手もコストも抑えられる。それも、一つの特徴である。


 そんな爆破解体だけを専門に請け負うチームがあった。

 彼ら一行を乗せたワゴンはサウスダコタ州からミズーリ川を越えて、ネブラスカ州に入る。

 

「おう、半人前ボウヤ。今回の現場は少し厳しいぞ」

「何度も言ってますがねジェイルク爺さん。俺はもうボウヤって年でもないんだ。3年も一緒に仕事やってんだろう。ついにボケが始まっちまったか?」

「高々3年程度で何言ってやがる。半人前のハーフ・ボーイめ」

「ハーフじゃねえ。ハルフだ。ワゴンから叩き落すぞジジイ!」


 ここ数年のお決まりとなったやりとりに、車内後部座席からは「また始まったよ」と冷笑が飛ぶ。

 ワゴンにはチーム3人が乗っており、運転しているハルフは20代後半で最年少ながらも、その工学知識を高く評価されていた。


 チームを取りまとめるジェイルクは既に60を越える高齢だったが、多くの現場をこなしてきた絶対的な感覚から、全土から評判を聞いて依頼が入るほどの腕の持ち主だった。


「まーまー。いつものことじゃねえか、ハルフ。そうかっかしなさんなって。ほら、コークでも飲めよ」

「……サンクス」


 後部座席から運転席に手が伸び、視線だけをバックミラーにやってハルフはそれを受け取った。現地での交渉やチームの事務方を引き受けているイチローは、くいと眼鏡を上げて再びワゴンの固いシートに背を預ける。


「ジェイルク翁はお前に期待してんのさ。冷たい態度はその裏返し、ってね」

「黙らんか、このニンジャかぶれが」

「残念でしたー。かぶれじゃなくて正真正銘の忍者でござる。日本人ですから、俺ってば」

「なあ、イチロー。日本人ってみんなホントに水の中で息できんのか?」

「できるできる。一億総忍者だからな」

「聞くな聞くなボーイ。ハッタリだ」


 3人を乗せたワゴンは、ノーフォーク市の庁舎にガタゴトと入っていく。

 今回の依頼は、市街地のはずれにある古い建物の爆破。ホテルとして使われていた場所だったが、採算がとれなくなり業者が撤退し10年以上。ならず者たちの溜り場になってしまっていたその場所を市が買い上げ、都市計画に沿って新たな商業施設を立てるのだと言う。


 概要を聞いたジェイルクは話の途中で席を立った。

 ハルフは頭を抱える。


「またか……」

「ミスタージェイルク? 話はまだ――」

「現場を見に行く。後の話はその日本人に任せてある。行くぞハーフ・ボーイ」

「依頼人の前で半人前ハーフって言うんじゃねえよ爺さん。イチロー。後は頼む」

「お任せお任せ」


 細かい事項の打ち合わせや交渉はイチローに任せてあった。それが、一番確実だかからだ。

 彼の情報と、ジェイルクの腕で成り立っているのがこのチームだった。


 ジェイルクとハルフをにこやかに送り出した後、イチローはスーツのネクタイを締め直し、目を細め、それから眼鏡をくいと上げて市議を見た。


「さて、まずは報酬の話といきましょうや。市の財政状況も、アンタの個人的な財布事情もよぉく分かってる。さっさとあの廃ホテルを壊して市長になりたいって考えもな」

「……なッ! 爆破屋風情が……!」

「別に責めやしない。チクったりもしない。むしろ応援する。ただまあ、ほら、他の解体業者にゃフラれてんだから、ちょぉいと上乗せが欲しいだけさ。3割増しでいい」


 情報屋、イチロー。戦後の日本に嫌気がさして、単身海を渡った変人である。彼の本名は、チームの二人も知らない。




   ○   ○   ○




 夜、宿にて手順の確認が行われる。

 ジェイルクとイチローは、揃って「難しい現場だ」と判断を下した。


「前情報とかなり違う。火薬の量を見直さねばならん。隣の建物までの距離も近すぎる」

「事前に聞いてたよりも厳しいねぇ。他の解体屋が匙投げたのも分かるぜ。ギャラも渋いったらねえや」

「それでも、報酬額が2倍になってるな。イチロー、なんかしたのか?」

「ニンジュツだよ、ニンジュツ。ほれ、お前は図面とにらめっこしてくれ。万一見物客が怪我でもしてみろ。一気に評判が落ちるぜ」


 仕事を降りる考えは、微塵もなかった。チームとして請けた依頼は、これまで仕損じたことはなかったし、決して無理難題という訳ではなかったからだ。


「……なんだよこの図面。もらってたやつと全然違う。爺さんと間取り見た時から嫌な予感はしてたんだ」

「職員が間違えて送ったんだと。俺ぁ、ちょっと呑んでくるわ」

「いい身分だなクソッ」

「ニンジャがここにおっても役に立たんわ。ほれ、とっとと行ってこい」


 爆破まで、残り3日。

 急ピッチで爆破計画は構築されなおしていった。


 爆破解体とは言っても、火薬の勢いに任せて全てを粉微塵に吹き飛ばす訳ではない。

 必要最小限の火薬で、周囲への被害を最小限に抑えるように火薬の場所や向きの調整が必要なのだ。美しい爆破解体は、建物の自重によりまるで地面に吸い込まれるかのように、内側に向けて崩壊していく。瓦礫の一つたりとも、外側へは飛ばさないものだ。


 その腕前があるからこそ、彼らのチームには依頼が来る。

 今回も、失敗する訳にはいかない。


 だが。

 大詰めである2日目を過ぎてもジェイルクとハルフの間で意見が一致しない。


 現場の廃ホテルの壁を穿孔し、ダイナマイトを入れ、配線を結んでいく。

 その緻密、かつ危険な作業の中で、一か所だけ、ダイナマイトを仕込む仕込まないで揉めている箇所があった。


「だから! 図面から見ても構造強度から見ても、ここに入れないと足りねえって! 微妙に!」

「……いらん。その場所は空けておけ」

「何でだよ! なんべん計算しても、ここには必要なんだよ! なんでいらねえって言いきるんだ爺さん!」

「勘だ」

「そんなもん、アテになるかよ!!」


 いくら話しても平行線。

 埒が明かないと宿に戻ったが、結局、夜中にこっそりとハルフは廃ホテルに忍び込み、件の箇所にダイナマイトを仕込んだ。

 彼も、この依頼を成功させることを第一に考えているのだ。万が一、うまく倒壊せずに建物の一部でも残ってしまえば、通常よりもはるかに高い解体費用がかかる。そうなっては廃業やむを得ない。

 

 忍び足で宿に戻ると、入口の前でイチローが柄の悪い男と手を振って別れていた。


 声を掛け事情を聞けば、街のゴロツキにいくばくかの金を渡し、たむろしている廃ホテルを取り壊すことを邪魔しないように話をつけていたのだと言う。


「取り壊す前に、公にバレて困るブツは移動させとけって言っといたんだわ。もう何にも残ってないってよ。明日は盛大にかまそうぜハルフ」

「……ああ」

「ところでどっか行ってたのか? 寝れないなら一杯やるか? コークしかねーけど」

「いや、いい。大丈夫だ」


 イチローも、できることはやっているのだ。やはり、明日の爆破は成功させなければならない。自分は、間違っていない。ハルフはそう息を呑んだ。




   ○   ○   ○




 翌日は、よく晴れていた。

 大勢の観客が見守る中、雷管に信号を送り、廃ホテルに仕掛けられたダイナマイトがほぼ一斉に光る。

 建物の外観に一瞬だけ稲妻のように光が走り、その自重で潰れるように、折りたたまれるように真下に崩れていく。轟音と地響きが見物客たちの歓声と混ざり合う。


 ――うまくいった。やっぱりあの場所に仕込んで正解だった。


 そうハルフが胸をなで下ろした瞬間。

 数個の破片が瓦解する建物から弾き出された。


 ここ数ヶ月、ノーフォークには雨が降っていなかった。乾燥した建材には、少しだけ衝撃が通りやすくなっていたのだ。それを、ジェイルクは肌で感じ取っていたのだった。


 隣の建物の窓ガラス。

 路上に止まっていた車。

 そして、ジェイルクの右腕。


 それらが、礫弾によって破壊された。

 たった数片の石くれが、彼らを大きく揺るがした。


 ジェイルクに駆け寄るハルフとイチロー。「誰か! 誰か救急車を!!」助けを求めるハルフの叫び声は、土埃と歓声に飲み込まれて誰にも届かなかった。




   ○   ○   ○




 ジェイルクの右腕はぴくりとも動かなくなった。

 病室のベッドで外を眺める彼に、ハルフは嗚咽と共に謝罪した。


「俺が……俺が余計な事を……」

「お前のせいじゃあない」

「だって、だって俺が勝手に仕込まなけりゃ、余計な瓦礫は飛ばなかっただろう……! 俺のせいで爺さんが――」

「聞け。ハルフ」


 涙を流しながらハルフはジェイルクを見る。真っ直ぐ、深い目で彼はハルフを見つめる。


「お前は一流の爆破屋になる」

「なん、で……なんでそんなこと分かるんだよ……ッ」

「勘だ」


 動く左腕を伸ばし、ハルフの肩に置く。


「腕は動かんが、口だけは出す。全てを教えてやる。これからはお前が2倍働け。そうすればお前は一人前だ。分かったな。ハルフ」


 ぐいと乱暴に腕を拭い、ハルフは頷いた。




   ○   ○   ○




 ――それから10年。


 ジェイルクは老衰によりこの世を去り、ハルフはイチローと二人でチームを継続して爆破解体を続けていた。

 最も美しく建造物を壊す男として、全土で名を馳せていた。


「さて、ハルフ。今回の現場だが――」

「話は街に着いてからだ。一雨くるぜイチロー」

「あん? 晴天も晴天だろう。ニンジュツでも使う気か?」

「いいや」


 ハルフは窓を開ける。

 ざあ、と風がワゴンの中で一瞬だけ渦を巻いた。


 腕を窓枠にかけ、彼は笑って言った。


「勘だよ」

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ダイナマイト・センス 三衣 千月 @mitsui_10goodman

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