私の独断的評価

 徹頭徹尾怪し気な雰囲気を醸し出すこの作品は、凡そ観念的で、殆ど実体を伴はないと云ふ点が特徴的であります。それ故少しばかり抽象的ではありますが、それでもそこには確たる主題がしかと存在するため、形式的にはとりわけ問題なく読み進める事が出来る訳であります。
 文体につひては、とても素晴らしく存じます。言葉の選び方や比喩の用ゐ方に至るまで、その一つひとつが効果的で、過不足なく綴られてをります。しかるに、わずか九百字剰りと云つた短い小説ではありますが、そこには確かな重量感と含蓄が感じられるのであります。
 恐らくこの作品が作者の処女作なのであらうと、私が勝手に忖度するのですが、もしも実際さうであるとすれば尚のこと、作者の文章における生来の鋭い感覚に、どこか暗い処に闊然と灯された一縷のほの明るい火影のやうなものを感じるのであります。
 確かにお世辞でも云はない限り、まだ作者の文学における才覚は必ずしも完成されてゐる訳ではないかと存じますが、それでもこの作品を読んだ限りですと、今後の作者の練磨次第では、その生来の鋭い感覚がいつしか燦爛たる眩い輝きをも発し兼ねないやうに、私には思はれます。
 ですので私がこの度、この作品を星三つではなく星二つと評価致しましたのは、紛れもなく作者の今後の伸び代を考慮しての事でありますので、ご了承願います。

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