神様のつくり方

ノートルダム

彼女と俺の、恋の呪文と



 ああ、晴れてんな。


 うんざりするような晴天だった。


 じわじわと蝕んてゆくような暑さは、インドア派を自称する雄一にはシンドイとしか思えない。青空を憎らしげにみても涼しくなるわけではないが、ぼやくぐらいの自由はあってもいいだろう。


 ただでさえ暑いのに、ここド田舎の夏は更にその暑さの密度がちがうような気がする。濃厚で、べったりと絡みつくような暑さ。

 暑さが物理的な重さをもっているようだ。


 雄一の父方の実家は、今住んでいる市街より電車で一時間、更にバスで三十分ぐらい乗ったところにある、群馬の山奥にあった。

 彼の家は自営業でラーメン屋をしており、夏休みなど長い休みには田舎に妹共々預けられることがよくあった。

 普通なら友達もいない田舎に預けられるのは中学生ともなれば微妙なところだったけど、雄一にはむしろ歓迎すべき状況だ。


 その理由は、田舎の祖父宅を含む集落において、隣の家にちょうど雄一と同い年の女の子、沙月がいたことによる。


 雄一は、ぶっちゃけ痩せぎすのわりに目が異様に大きく、正直あまりモテそうな顔をしていなかった。そのうえ人見知りで、たまにぶっきらぼうなしゃべり方するところも、小学時代には仲の良かった女友達が中学に入った途端に口をきいてくれなくなってきた理由の一つだと思う。


 そのかわりなのか、雄一の妹の博美は容姿も可愛く、社交性が高いため友達をすぐに作ることができた。

 沙月もそんな博美を通して仲良くなった。


 この集落には彼女ぐらいしか雄一たちと同世代の子供はいないこともあって、三人はすぐに仲良くなった。長期休み以外もスマホでやり取りする程度には近い距離に居れた、現在の雄一にとってほぼ唯一といっていい女の子の友達だった。


 今となっては地元に沢山友人のいる妹は嫌がったが、雄一は土下座する勢い頼み込んで田舎への帰郷の同行を願い、今年の夏休みも早々にこうして田舎に帰ってきた。

 博美は二泊して早々に地元にかえるつもりのようだが、雄一は夏休みの登校日直前までここに居座る気満々だった。




 祖父の家は、築百年以上は経っている古い民家だが、一度火事で燃えたらしく、このあたりでは比較的新しい家だった。


 沙月の家は間に観音様を挟んで隣にあり、集落の墓地も共同で管理していた。


 家屋は一応建て直した時に二階建てにしたらしいが、二階は結局使われることはなく、ただ広い空間があるだけのスペースで荷物置き場になっている。

 隣には蔵とやはり二階建てのプレハブがあり、かつてはそれなりに金を持っていた名残があるが、いまでは寂れた感じのほうがどうしても印象深い。



「さっちゃーん、元気してた?」


 バスから降りたところで、自転車を押して歩く沙月の姿が目に入った。博美がさっそく声をかけていた。元々、今日会う約束はしていたがここで会ったのは本当に偶然だった。


「あ、ひーちゃん。久しぶり」


 春休みにも帰ってきたときにあっているから、まだ前回にあってから3か月程度だったけど、中学生になった沙月に会うのはこれが初めてだったため、雄一は無駄に緊張していた。


「ゆう君も元気してた?」


 沙月は変わらない笑顔で雄一に話しかけてくれた。


「お。おう。お迎え御苦労」

「いやいや、ゆうにい。なにいってるの」


 博美の言葉も気にならないぐらいに雄一は動揺している。

 沙月が、なんかびっくりするぐらい可愛かったからだ。



 中学生にもなると、遊びといっても昔のように鬼ごっこやドロケーというのも微妙だった。かと言ってスマホのゲームをするのもどうかなということもあり、荷物を置いたらちょっと近所を散策してみようということになった。


 二人きりで散策といえるほど雄一には度胸がなかった。




「あのさ、アレまだ残ってるかな」


 昔遊んだ公園や、たまに遊びに行った紡績工場跡の廃墟、まだ存続していた駄菓子屋や、最近できたというコンビニ(もちろんデ〇リーヤマ〇キだ)を見て回り、ふと川原添いを歩いているときに、あることを思い出した。


 それはかつて秘密基地に使っていた場所でもあり、三人にとってちょっと後ろめたい場所でもあった。


 ここからは見えないが、その場所は川沿いにちょっと進んだところにある。


 博美と沙月は、微妙な顔をした。


 二人とも、あの場所にはあんまりよい思いはないようだった。


 それは、ちょうど人目に隠れるぐらいの場所にある小さな洞だった。

 

 川沿いに上流に向けて歩くと、川原まで降りれる階段がある。多分メンテナンス用だと思うけど、そこから更に川にそって上ってゆくと川が浅くなっており、反対岸に渡れるようになる。

 そこを渡って、更に上流に向けて登ってゆくと、ちょうど谷間になっており車道からはかなり離れてしまうため、周囲からは見つけづらい場所にその穴はあった。

 周辺は深い雑木林になっていて、日も当たらず川に近いということもあって、湿気を帯びた空気を感じられる場所だった。


 夏なんかはかなり熱い。かといって家に居ればそこは田舎町、なにかと家事手伝いをさせられる。

 その場所を見つけた三人はそこを秘密基地にようにして、天気も良く強い日差しの日などは入り浸った。100均でかったランタンのようなものや、ろうそくみたいなものを持ち込んだりして明かりにしたりした。


 三人は三年まえ、ゴミの集積所に捨てられていたお盆飾を使ったり、近所の神社のお祭りで使われた後捨てられたお飾りやそれっぽい飾りをつかって、祠っぽいなにかを作った。ちょうどそのころ、なんかそういうアニメが流行ったのだ。



 それだけならちょっとした子供のいたずらだったが、その祠で不思議な体験をした。



 最初は蟻とか、カブトムシとか、そういう小さな虫だった。


 雄一が調子に乗って、お供えだ。生贄だ。とかいって捕まえた虫を瓶詰にして、洞の祭壇ぽ作った台の上に置いた。


 台は元々、お盆に使われる仏様への配膳台だったかと思う。


 集落にある、とある民家が、夜逃げするように引越ししたときに、共同のゴミ集積所に捨てられていたものを雄一が拾い集めていたものだった。


 その虫を詰め込んだ瓶は、翌日中身は全部死んでいた。


 最初は瓶の中に詰め込んで蓋をしていたので、酸素でもなくなって死んだのかなと思っていた。

 その後は、カエルを何匹か捕まえて虫籠にいれて置いてみた。


「ねえ。あれ」


 最初に気が付いたのは博美だった。

 祭壇に置いた瞬間、カエルが次々に死んでゆく。


 ビジュアルはなにもない。

 光ったり、音が鳴ったり、或いはカエルがもだえ苦しんだりする様子もない。

 けど。


「死んでる」



 スッと、死んでしまうのだ。



 沙月と博美は不気味な光景におびえたようだった。

 雄一にしてみても、ただ生き物が死んでしまう現象は、正直気味悪く感じていた。


「あれ?」


 呟いたのは沙月だった。彼女はいぶかし気に、短いスカートからのぞく、膝を見ていた。

 ここに来る途中に、転んでできた擦り傷があったはずの場所だった。


「治ってる……」


 そこは、傷一つない綺麗な肌があるだけだった。



 四人はそのことを含め、この場所のことは黙っておくことにした。


 親に見つかったら、間違いなく怒られるし、なんか呪われそうというのが、共通の意見だった。

 ただしばらくの間、雄一はたまに田舎に帰ってくると、他の二人には内緒でたまに様子を見に来ていた。不思議なことにあの現象は、雄一が一人の時はなにも起きないのだ。

 

 最後に行ってからおおよそ一年たつ。

 不思議な現象が起きない例の場所のことは忘れつつあった雄一だったが、川原をみみていてふと思い出したのだ。



「久々にちょっとみてみない?秘密基地」


 三人で行かなくなって三年たつ。

 今見たらちょっと懐かしいのではなんておもいつつ、半分は例の現象が三人そろえば、また起こるんじゃないだろうかと期待しての言葉だった。


「えー」


 博美は露骨に嫌そうな顔をした。沙月も困ったような顔をしてみている。


「いいじゃん三年ぶりにさ。ほら、宝物とかいっぱい残してたじゃん」


 秘密基地として使っていたから、あそこには当時のオモチャとか、今となっては読めるかわからないがマンガ本とかいろいろ残されているはずだった。

  



「行ってみよう」


 意外にもそう賛成したのは沙月だった。


「ほら、小っちゃいころの写真とかもあそこに置きっぱなしだった気がするし、ちょっとだけ覗いてみようよ」


 彼女はそういって、博美の説得を始めた。


「えー」


 博美はちょっと嫌がっていたが、中までは入らないことを前提にして、近くまでは一緒に行くことになった。


 相変わらず、そらは青く雲一つない。

 川の水は冷たそうだが、実際この季節に触るとそんなに冷たくはなく、触ってみたら生ぬるいことが多い。下流にいくと以前にあった工場排水のせいで、生物や藻が大量に発生し、生態系がおかしくなっているとかなんとか以前、この集落の寄り合いで話していただのという茶飲み話を、近所の人と祖母らが話しているのを聞いたことがある。



「あーーん、ちょっとゆうにい。靴汚れたんだけど!」


 三人は雑談しながら、以前通ったルートをたどる。ことあるごとに博美が文句をいう。

 以前は、祖父母や親に手伝いをさせられたりからまれるのが嫌で、率先してここに来ていた博美だったが、今は違うというわけだ。

 今回の帰郷に際しても、沙月の母親のお見舞いという話がなければ、来なかった可能性が高かった。


 そう。沙月の母親は先日職場の健康診断で調べた結果、乳がんがあることが発覚した。リンパにも転移しており、現在抗がん剤で治療しているのだという。


 小さいころお世話になった里田兄妹は、そのお見舞いもかねてこの田舎町を訪れていた。



「よっと」


 川を渡るところでちょっとしたハプニングがあった。

 川の浅いところにいくつかある、大きな石を足場に川を渡るのだけど、最初に渡った博美はあっさりと川を渡れたが、沙月が失敗した。


「え」

「あ」


 沙月が最後の石を踏み切った時点で足を滑らせ、「きゃ」と小さな悲鳴をあげて倒れそうになったのだ。

 後ろに続いていた雄一はとっさの判断で川に足を突っ込み、彼女を支えた。



 いいにおいがした。

 それに柔らかかった。


 

「ゆう君。ごめんね」

「大丈夫だよ。乾くだろ、すぐ」


 膝から下は結構ずぶ濡れだったが、雄一は強がって見せた。帰り道のことは煩悩のまま深く考えないようにしていた。


 じわりと足が痛かった。

 すこしひねったようだ。


 洞の入り口は、以前より小さく見えたが、それでも三人が入るのには十分な広さがあるようだった。そんなに深くないはずだが、角度のせいか奥までは見渡せない。


「私は入らないからね」


 博美は予告通り、中に入ってこなかった。

 とはいってもそんなに深い祠ではない。一番奥まったところから入口まではせいぜい5メートルあるかないかといったところだ。

 日の角度によっては中まで照らされる。

  

 それでも結構中は薄暗かった。物音はしない。

 日がよく当たらないせいか、外に比べると大分涼しいようだ。

 ゆっくりと中に入りながら雄一と沙月は、携帯を懐中電灯モードにしてあたりを照らした。


「きゃ」


 けれども足元が悪いのか、再び沙月がよろける。雄一はとっさに沙月を支える。


「相変わらず運痴だなぁ」


 からかいまじりに雄一は沙月に提案する。

 腕を見せながら。


「つかまるか?」


 半ば冗談だったそれに沙月がうなづいたとき、雄一はここが薄暗いことに安堵した。

 沙月の腕がそっと雄一の腕に絡む。


 ふんわりと柔らかい触感が、雄一の腕の神経を伝い、脳を刺激する。



 ドキドキする心臓を音が聞こえないか心配になりながら、雄一は改めてあたりを見る。

 かつての秘密基地はそんなに荒れてはいなかった。


 昔懐かしいおもちゃや、流石に湿気でもう読めなくなっているような雑誌や単行本もある。

 些かかび臭いし、外気になれてきたせいか、なんだが生ぬるい感じもする。



 例の、祭壇はまだそのままあった。


 

 雄一は、そういえば生贄持ってきてないなぁ、なんて考えながらあたりを見回した。



 耳がカサカサ動くなにかの気配を感じとった。

 頭上から聞こえたよな気がして、携帯の明かりで天井を照らす。


 ふわっと、何かが飛んだ。


「あ」


 それは蝙蝠だった。

 つがいなのか、親子なのか、それとも関係ないのか。

 二匹の蝙蝠がいた。


「蝙蝠か」


 そして、地面に吸い込まれるように、ポトリと落ちてきた。視認した瞬間の死だった。

 例の、あの現象だ。


 予定調和のように、雄一の身に変化があった。

 沙月が川に落ちそうになった時に変な姿勢で彼女を支えたせいか、雄一は足をひねっていて、だんだん痛くなってきていたところだった。


「あ」

「どうしたの?」

「足が痛いの直った……」


 うっかり見栄をはって黙っていたのをもらしてしまった。沙月は雄一の目をみていた。


「やっぱり」

「ごめん」

「ううん。いいの。私を助けてくれた時でしょう」


 沙月の腕がするりと抜け、二人は向かい合うような立ち位置にかわる。

 沙月はそのまま目をとじる。なにかを待っているように彼女は動かない。


「あ、、う、、」


 いくらヘタレな雄一でも流石にこの状況で何が起こっているのか、何を期待されているのか理解できた。



 迷った。けど。けど。けど。



 雄一は、生まれた初めて女の子にキスをした。



「さっちゃーん。ゆーにー。まーだー」



 外で待たされている博美の声で、我に返る。

 雄一は、驚きで顔の血管が切れるかと思った。



「このことは、内緒ね?」


 沙月は悪戯っぽく笑った。

 内緒って、どっちのことだろう。



 生贄のことか。キスのことか。



 二人で回収しておいた方がよさそうなものをいくつか回収すると洞をでた。

 ドキマギしていた雄一はこの時、沙月がずっと真剣な表情をしていたことに気が付かなかった。




 その後は何もなかった。

 沙月に家に行き、自宅療養中の沙月の母のお見舞いをすると、回収したものを三人で確認した。


「うわ。懐かしい。これってゆうにいのハマってたゲームじゃん」


 中にはなくしたと思っていた携帯ゲーム機のソフトが何本かあった。

 まあ、本体は随分前に壊れて次世代のものを買ってもらっていたが、あの当時はほんとにどこに置いたかわからなくってギャン泣きした記憶がある。

 ただでさえ悲しいのに、さらに親にも説教をくらったいやな思い出だ。


「お、これは、、」


 手鏡だった。数年前に流行った魔法少女の変身グッズの一つだ。

 三年前に置いてきたものは、三人を過去に連れて行った。最近はちょっと反抗期気味の博美でさえ、昔懐かしむようにはしゃいだ。


 自分のものと明らかにわかる物や、必要な物以外は一旦沙月に預かってもらうことにして、その日は解散した。



 翌日も、朝から三人で集まった。沙月が手料理を作ってくれるというのだ。そこでなぜか対抗心をもやした博美が参戦することに。



 メシマズの惨劇は起こらなかった。



 そんなこんなで、二泊三日の博美の滞在を終え、彼女は予定通り先に変えることになった。博美はこれから地元に戻ってボーイフレンドとデートに、小学校最後の夏休みで原宿に行くとかいかないとかで色々スケジュールが立て込んでいるらしい。


「じゃあ、ゆうにい。ワタシ先帰るけどさっちゃんに迷惑かけないようにね」

「おかんかよ」


 博美は雄一の言葉をスルーしながら沙月へも挨拶した。


「ひーちゃんも元気でね。LI〇Eするね」

「うん、さっちゃん。また後で連絡するね」


 それは、いつものことだった。

 長い休みごとに繰り返されるお別れ。 



 普通に分かれた。

 また会えるはずだった。



 兄妹だ。すぐ会えるのが当たり前だった。



 僕らは当然、この先もずっと一緒にいると思っていた。

 

 


 一時間もしないうちだろか。

 祖父の家に、電話がかかってきた。


「はい。里田ですが、、、」


 夕飯の準備をいったん停めて、電話の応対をしたのは祖母だった。祖母は電話の相手の言葉を聞くと一気に青ざめた。


「まさか。そんな」


 たまたま、電話機のある居間で沙月と話していた雄一には、ただならぬことが起きたことだけがわかった。


「はい。そうですか。わかりました。すぐ行きます」


 電話機を一旦置くと、祖母はさらに電話を回す。かけた先は、雄一自宅、すなわち両親の家だろう。


「あ、康? 今ね、警察から電話があって、博美ちゃんがね。バスの事故に巻き込まれちゃったみたいなの」


 その祖母の言葉に、雄一は愕然とした。




 ついさっきまで、雄一たちは一緒にいたのに。



 ついさっきまで、普通に話していたのに。




 その後、祖母は雄一たちにも詳しいことを教えてくれた。

 博美の乗っていたバスが、駅に向かう途中、あおり運転をよけようとした乗用車が車線を飛び出してきて、ぶつかって横転したのだとか。

 博美は、現在救急で病院に連れていかれたが、意識はないのだという。



 雄一と沙月は祖母の車で病院まできた。病院はバスの乗客が十数名一斉に運ばれたせいか、騒然としていた。

 町内で一番大きい病院だったが、緊急で対応できる病床数も限られており、主に重体の患者が運ばれているようだった。


 博美はICUに連れていかれたようだった。

 



「依然危険な状態です」


 手術室から出てきた医師はそう説明した。



 病院から帰ってきて、朝まで寝た。

 両親も実家から駆けつけてきて、祖父母宅に博美の覗いた親子三人と、祖父母のいれて五人がそろった。

 博美は朝になっても目覚めなかった。



 昼過ぎぐらいに沙月が雄一を訪ねてきた。

 二人は縁側にすわると、遠くにみえる山を見ながらぽつぽつと会話を交わしていて、やがて無言になった。



「なあ、さつき」


 五分もたったころだろうか。雄一がぽつりと、問いかけるよに沙月に声をかけた。


「どしたの?ゆう君」


 沙月はすっと雄一の方をみて、問いかけの続きをまった。


「あのさ、あの、、」

「うん」


 雄一の頭の中には、昨日の夜、手術室のまえからずっとそのことを考えていた。


「あそこに祈ったら、治ったりしないかな」

「あそこ?」


 あそこ。けがを治せる特別な場所。


「そう、あそこ。ほら昨日怪我を治せたじゃん」


 じっと、沙月が唯一を見つめる。真剣な顔。


「二人で、お願いしたら直してくれないかな」


 とうとう、言ってしまった。

 あの奇跡が、今の雄一には必要だった。それしか博美が助かる方法が思いつかなかった。


「いいよ」

「え?」


 沙月は優しい声で雄一を肯定した。


「いっしょにお祈りしに行こう」

「いいの?」


 沙月はゆっくりと、雄一の頭を抱き込みながら、言葉をつづける。


「だってひーちゃんの為でしょう。 ……反対する理由なんかないよ」


 雄一は、うなずいた。


「ありがとう」




 二人はこっそりと、雄一の祖母宅を抜け出した、

 親には沙月の家に行くと説明した。


 そして、二人はこっそり『祠』にもどると、お祈りをした。


「どうか妹を、博美を助けて下さい」


 雄一は、そこに祭られているなにかに必死に祈った。




 結果として、博美は助かった。

 医者曰く、驚異的な回復力だという。




 代わりに博美以外の患者、重症だった人も、軽傷だったはずのバスの乗客や乗務員も、

全員が死んだ。





 翌日の新聞でもこの事故は扱われていたが、生き残った博美の件は大きくは触れられなかった。他の犠牲者の遺族たちの感情を配慮した結果だった。



「これって」

「そうね」


 雄一は、沙月の部屋に招かれた。

 ニュースに、新聞、SNSでこの事故の記事を見かけるたびに、雄一は罪悪感に悩まされた。

 

「あの、お願いの代償か、、? 生贄に」


 否定してほしかった。関係ないのだと。


「……そうね」


 だけど。


「あ、だって、まさか。人が?人間が、、」

「死にそうになっていたのが、人間だから」


 人の大けがを治すのに、人の命が使われた。


「あ、、、うそ、だ。うそだろ」

「……」


 ベッドに二人、並んで腰かけた。

 沙月の手がふんわりと、雄一の手に重ねられる。


「うそだよ。俺のせいじゃない、、俺は、おれは関係ない、、」

「大丈夫だよ」

「え?」


 そっと耳元で沙月がささやく。


「大丈夫。誰も気が付かない」

「あ」

「誰も知らない。誰にもわからない」

「……」


 彼女はやさしく微笑んだ。


「ね。大丈夫。私がついてるから。私たちだけの秘密」


 


 博美は思ったより早く、退院できることになった。

 これ以上、祖父母たちに負担をかけるわけにはいかないということになり、雄一もいったん地元に戻ることになった。

 

 

 逃げるように、雄一は両親の車にのり、集落を去った。




 八月も後半になったある日のことだった。

 博美も無事退院してきて、自宅療養ということになるまでに回復していた。

 事故で意識不明の重体だったはずが、奇跡の回復力だと医者も首をかしげているという話だった。


 ただ、博美もうすうす察しているのかもしれない。

 あの時、何が行われたのかを。


 雄一と博美の間には、以前にはなかった意識の壁のよなものが出来ていた。

 互いに会って話しても変なぎこちなさ、居心地の悪さを感じてしまう。



 

 沙月と、連絡が取れていなかった。

 だからその訪問は不意打ちだった。


 インターフォンのチャイムの音が響いた。

 雄一は自室にいて、ぼんやりスマホをいじっていた。特に目的があるわけでもなく、SNSでとあるメッセージ、沙月からのそれに既読をつけられない以外は、いつものことだった。


「あら、沙月ちゃん?」


 母親が応対したようだった。

 妙に大きい母の声が二階の雄一の部屋まで聞こえた。


 なにか話しているような声のあとに母が雄一を呼ぶ声が響いた。


「雄一、博美、沙月ちゃんが来てくれたわよ」


 

 沙月は博美のお見舞いと称して、訪ねてきたようだった。実際に自室で療養中の博美を彼女は見舞った。しばらく三人で話していた。当たり障りのない、近況報告のようなものだ。

 沙月と博美はLI〇Eを通して、応答はしていたらしい。


 その後、沙月は雄一の部屋に初めて入った。


「ふーん、これがゆうくんの部屋かぁ。綺麗にしてるのね」


 沙月が田舎から雄一たちの家に来たのもこれが初めてだった。彼女の母は、訳ありのシングルマザーで、二人は祖母宅に住んでいた。


 いろいろあって、彼女たちはめったに町から出てこなかったのだ。

 キッチンからジュースを持ってくると、改めて二人は隣り合わせに座った。


 しばらくは沈黙があった。


「ゆうくん。助けてほしいの」


 雄一の肩にもたれかかるように寄りかかると、沙月は雄一にお願いした。


「お母さんがね。ずっと調子悪いの」


 想定以上にリンパを経由して転移が進んでおり、末期だという。

 

「ねえ、ゆうくん」


 だから沙月がいいたいことも察した。あの場所のことだろう。


「だめだろ。まずいよ。だって人が死ぬんだよ」


 雄二は沙月を引きはがすと、彼女の細い肩を持ち訴えた。


「お願い。私、、」

「一人助けるのに、沢山死ぬんだよ」


 だけど、彼女の眼は濡れていた。


「お母さんを助けたいの」

「だって」


 艶やかな唇が、言葉を紡ぐ。


「ねえ、だってひーちゃんは助かったんだよ」

「だって」


 そのまま彼女は雄一の胸にもたれかかる。

 貧弱な中学一年生の雄一は、彼女を支えることもできずに倒れこむ。


「ひーちゃんはよくて、私のお母さんはダメなの」

「だって」


 彼女は雄一の胴体に座り込んだ。

 雄一の腹を柔らかいなにかが包む。


「お願い。ね。お願い」

「あ、だっ、、」


 さすりながら沙月は言葉をつづける。


「なんでもするから」

「あ、、」

「私、なんでもするから」



 雄一は、蜘蛛に捕らえられた虫だった。




 目が覚めると、既に夕方だった、



 ぼんやりと周囲を見回す。

 自分の部屋だった。


 

 夢をみていた。

 幼いころの夢だ。



 どこまでが記憶で、どこまでが夢なのか。



 あの洞に、祭壇をつくろうと言い出したのは沙月だった。

 あの集落のお盆には独特の習慣があった。それを真似してみようという話を、当時かなりお転婆だった沙月が提案したのだ。


 雄一や博美は、しぶしぶ従った。


 そうだった。


 地元では自宅や友人宅でゲーム機で遊ぶことがほとんどだった雄一たちは、田舎で野山をかけて育った彼女に連れまわせれいた。

 家庭の事情でゲーム機などを買ってもらえなかった彼女は、外で遊ぶことが多く、かなりガキ大将だった。

 元気な女の子。雄一は彼女にそういうイメージを持っていたはずだった。


 あの祠を見つけたのも、沙月だった。




 高校生になって、沙月は雄一と同じ高校に通うことになった。

 彼女は、雄一の家に居候することになった。

 初めは別にアパートを借りるということだったが、雄一の両親が誘ったのだ。



「私たちはこれで共犯」

「ああ」


 高校に入ってから、彼女はますます綺麗になった。

 艶やかで、綺麗で、


「一蓮托生」

「うん」


 頭がよく、とてもやさしい。


「ふたりでひとつ」


 彼女は雄一のすべてを独占した。




「大きくなったら結婚しようか」

「……そうだな」


 彼女の口する言葉は魔法のように雄一を縛った。


「大丈夫。私たちきっと幸せになれるよ」

「……」


 彼女の願い祈る希望は、必ず叶えられた。


「二人ならきっと、幸せになれるよ」



 ふと、ベッドが軋む。

 雄一の背中に重さが加わる。


「ねえ、ゆうくん」


 彼女の柔らかく、温かい体温を背中に感じる。


「私ね。ゆうくんの為ならなんだって犠牲にしてみせるよ」

「お母さんも折角病気が治ったけど、ゆうくんが要らないなら死んじゃってもいいの」


 沙月は後ろから雄一を抱きしめながら、耳元でささやく。


「だからね。ゆうくん」


 魔法の言葉を。


「ずっと、私のこと好きでいてくれる?」

「ずっと一緒にいてくれるよね」


 呪文を。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様のつくり方 ノートルダム @nostredame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ