盈虚な忘失

彼の名前はノルン。5年前、Valkyrieの命と引き換えに救われた青年だ。Valkyrieの死は人々に絶望を与えた。彼女の死と名も知らない少年の命、秤に掛けたらどちらが軽いか誰しもが理解していた。それが故、彼は周囲からは軽蔑され冷ややかな目で見られていた。

しかし、彼は自ら命を絶ツことはなかった。父は5年前の襲撃の時に一緒に炭坑に潜り殺されてしまい、母は周囲からの罵詈雑言に耐えられず気を病んでしまい精神病棟で療養を受けている。ただの17歳の青年がこれに耐えられるか否か、普通は無理だろう。しかし、彼には大きな存在がいた。


「Valkyrie」


自分如きに命を賭して守ってくれた恩人、彼女の守ってくれた命をここで捨てる事、そんな恩知らずの行いを彼は最も恥ジた。そして彼は、5年間を生き延び22歳のなったのだ。


ーーーーーーーーーーーー

「おーい!みなし子!!サッサっとこっちに来い!!!」


「はい!!!!今行きます!!!!!」


俺は腰に携えていたバッグに入っているお守りのハンドガンを布越しに触れる。


俺の名前はノルン。5年前に人類の救世主と呼ばれていた人の命と引き換えに生き延びた俺は周囲からはみなし子や拾い子と呼ばれ蔑まれていた。でも、母親の療養費を稼ぐために、俺は毎日必死に働いている。


「よーし、昼休憩だ!みんな、解散!!」


「「おっす!!!!!!」」


毎日1時を過ぎると俺らは昼休憩にする。


「おーい!ノルン!」


「あ、ディース!」


「お弁当持ってきたよ!」


この娘はディース、俺が働いてるいる土場のオーナーの娘。コロニーを守る守護隊志望で、周囲から冷ややかな目で見られる中でディースだけが俺に温かく接してくれた。彼女の天真爛漫さには俺も幾度も助けられてきた。


「ん〜!美味しいよ!ディース!」


「えへへ、ありがとう」


「ディースは良いお嫁さんになれそうだな!」


「あ...そ、それセクハラだからね!」


「ごめんごめん」


ーーーーーーーーーーーーーーー


爛漫と輝く太陽に雲がかかっている。昔は雀という鳥がいたらしい。生物は弱肉強食の世界の中で生態系のバランスを取り続けていたと言う。しかし、生物を超える存在が現れたらどうなるだろうか。この世界は不均等だ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


日を跨いだ。今日は母親に会いに行こうと思う。面会の手続きを終えた俺は、母親が居る病室に向かった。


「母さん...」


「...」


相変わらず虚な目で外を見続ける母親、その姿はかつて見せてくれた笑顔のお陰はなくただただ生きているだけの廃人と化してしまっていた。

どう寄り添えば良いのかわからない、何度呼びかけても反応を示さない。それでも、生きていて貰いたい自分がいる。父と母と暮らした17年間、その日常は本当にかけがえのない日々で今でも思い出の中で輝き続けている。ただただ胸の奥で輝く思い出の温もりの残響で毎日、必死に生にしがみついている。


「はぁ...」


今日も母親に何もできなかった、無力感に打ちひしがれながら帰路についた。


「あれ?」


扉が開いている、


「ただいま!」


「おかえりノルン、ご飯できてるよ」


「ただいま、俺の事気遣ってくれるのも嬉しいけど自分のことも大切にしろよ?」


ディースだ、俺の家の合鍵を勝手に作って家に入っていた時は驚いたけど今では慣れ親しんだ光景だ。ディースの温かいご飯が心に染みる。


「帰らないのか?」


「...」


「親父さんか?」


「...うん...」


ディースの家は厳しいらしくディースも小さい頃から花嫁修行させられていたらしい。守護隊志望になってからは家族から蔑視されており居場所がなくよく俺の家に逃げ込んでくる。


「帰った方がいい」


「...嫌...」


「俺も君の親父さんに雇われてる身だ。ここで職を失ったら母さんを養えなくなる、無責任なこと言ってごめんな、わかってくれ...」


「...わかった...」


いつもの天真爛漫な彼女とは思えない程曇りきった目で彼女はふらふらと帰っていった。


次の日、休日が明けいつも通り朝早くから土場で働き始める。すると、

「ノルン君、ちょっと来てくれるかな」


そこにいたのはオーナーだった。


「はい、なんでしょうか?」


俺は小走りでオーナーの元へ向かう。俺はオーナーに仕事場の裏まで連れてこられた。


「君、ディースと必要以上に関わってるのだろう?」


「困るんだよぉ〜君?ただでさえ評判良くないからさ?私の家に傷がつくからさ?」


「だから、やめて貰いたいんだよね?この仕事」


オーナーが何か言っている。がしかし、俺はそっちに意識は向いていなかった。微かに聞こえる轟音。空からだ。オーナーからの君聞いてるの言葉よりそっちに意識が向いてしまう。段々こっちに近づいてくる。そして、警報が鳴る。警報の高い音を遮るほど大きくなった轟音はついに正体を表す。


「あれは...」


その場にいた全てのものが唾を飲みこんだ。


「デカすぎんだろ...」


機械生命体の新型航空兵器だろう、かつてあった東京ドームと同等の広さを誇るコロニーを陰で覆い尽くすほど大きい。そして、


ピューという降下音とともに次々と機械生命体が降り立つ。各地で始まる銃撃戦。


「ノルン!」


向こうからディースが走ってくるのが見える。しかし、背後に機械生命体が


「伏せろ!」


呆気に取られたディースを躊躇なく機械生命体が撃つ。

肩を撃ち抜かれたディースはその場に倒れもがき苦しんでいる。俺はオーナーに物陰に隠れていろと言いバッグからハンドガンを取り出し機械生命体を牽制しながらディースの元へ近づき肩を担いで物陰に避難。迫ってくる機械生命体をその場にあった重荷を投げつけ怯んだところをオーナーと共にディースを担ぎ避難シェルターに向かった。


「オーナー、ディースのことは頼みました」


「君は?」


「母さんが病院にいるんです」


俺はディースとオーナーを後にして母さんの元へ向かう。道中、銃撃戦などが繰り広げられており危険ではあったが、この銃を持つと自然と勇気が湧いてくる。なにか温かい温もりを感じる。あの日あの人に救ってもらった時に手渡しされた時の温もりそのものだ。


すると、病院の方から爆発が轟いた。


幸い病院は無事だったが周囲では戦闘が起きている。患者達は守護隊の先導及び護衛のもと着々と避難させていた。

すると、病院内で銃撃音が周囲を見渡しても母親の姿がない。俺は急いで病院の中に入り、母親の病室に向かった。道中、逃げ遅れた患者と看護師が血まみれで階段にもつれ倒れ死んでいた。

病室内の母親は相変わらず虚な目で外を眺めている。


俺は母さんをベッドから起こし背負って病室を出た。

しかし、別室から突如機械生命体が現れた。驚いた俺は急ブレーキを掛けるとつまづいて尻餅をついてしまった。咄嗟に構えたハンドガンを発砲。しかし、身のこもってない銃弾は機械生命体を怯ませることもできず機械生命体は攻撃体制に移った。


ドドドドドドドドドン


(やられる...)


がしかし、奴が放った銃弾は自分に一切ものかすり傷を与えることはなかった。反射的に瞑ってしまった目を開く。すると、


「母さん!!」


脱力状態で立つこともままならない母親が俺を立ちながら銃弾から俺を守ってくれていた。ドタンと倒れる母親、瞬時に俺は機械生命体の四肢を撃ち、だるま状態にした。


久しぶりに見た逞しい母親のすがた、空虚な心と身体に残る微かな母性が彼女を動かした。母親が子供に与えられる唯一のものそれは愛だ。たとえどんな形であれ、これが愛であることには間違いのない。揺るぎのないものだ。


「母さん...」


「ノ...ルン...」


今まで決して反応することのなかった母親、虚な目は涙で潤み輝きを取り戻していた。母の目から溢れ出る涙は首筋を伝い一筋の流路を築き上げた。


「母さん...ごめん...」


「ノ...ルン...今まで迷惑掛けて...ごめんね...」


久しぶりに母親と話せた...でもこんな時に...残酷だ...


「母さん...」


「自分の...為に...い...き...t...」


母は死んだ。俺は冷たくなった彼女を抱き病院から脱出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

-Silver Ballet 100- @imahanajideta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ