第7話  艱難辛苦からの枯樹生華  

 とは言え何時までも膝を抱えて泣いている訳にはいかない。

 鬱を患う前の私は何時でもポジティブに前進していたのである。

 

 だから看護部長を含め病院のトップである院長側の態度ははっきり言って悲しいし悔しい。

 そう人間誰しも間違いはある。

 今まであの体制で透析センターを回していた方が誰が見ても可笑しいと思うだろう。

 その証拠に看護部長はあの日はっきりと私と母へ告げたのである。


『桃園さんの言う通り今までの透析センターのやり方には問題がありました。だから今回の様な事を二度と起こさない為にも徹底して管理体制を見直していきます』


 まあ私と母にすればである。

 その志は――――と言うかだ。


 


 准看護師一人の人生を棒に振らなければ気づきもしませんでしたか?

 いやいやそこまでならなければ問題にも上げなかったんですか?


 また母に至っては……。


『今更……ですよね。幾ら病院の体制を一新した所で、環境を変えたとしても娘はもうお宅の病院では働かないでしょう。娘のいない所で幾ら改革をしたと言ってもです。私達の心には何も響くものはありませんし抑々そもそもそれは管理者であるあなたの御仕事ではありませんか。それを態々わざわざ我が家で宣言されてもねぇ……』


 うん、私以上に辛辣だった。

 でも言い換えればそれだけ母の怒りは凄まじいものだったのかもしれない。


 母は常に自分にもそして周りにも厳しい女性だった。

 鬱についてもわからないなりに共感はしたけれどもだ。

 だが自分の殻へ籠り続ける私を頃合いを見ては叱責をもした。

 まあ結果追いつめられる事になり、自殺未遂をも繰り返したりする訳だけどもである。



 悔しかった。

 叱る母を恨んではいない。

 ただ何も出来ない、家族を含む自分以外をいや、鏡に映る自分を見つめるその姿すらもっ、全ての視線が怖くて堪らないこの状況。

 相手と向き合って話す事も怖ければ家族と一緒にご飯を食べる事も怖くて出来なかった。

 どうしようもない、でもこの状態を変えたいと思いつつ焦れば焦る程、足掻けば足掻く程にサラサラの砂の中へ身体が埋まっていく。


 まるで砂漠の流砂へ堕ちた気分だった。


 そんな中寝室で、暗闇の中ぽつんと一人孤独と言う相棒と一緒に食べるご飯の味気無さ。

 様々な負の感情に翻弄され、相手をっ、桜井や藤沢、そして何を言っても取り合ってくれなかった看護部長や院長に対し猛烈なる怒りからの恨み続けると共にそれらと対峙する事が出来ない、臆病風に吹かれ凍りついた自分の至らなさ。


 今までならば決してこんな所で留まってはいなかっただろう。


 四十三年間、いやもう四十四年全てとは言わない。

 これまでちゃんとそれなりに自分の足で歩いてこられたと言うのにだ。


 一番腹立たしいのは!!


 闇に呑まれ軟体生物と化してしまった私自身の心の弱さ。

 以前の私はここまで弱くはなかった。

 まあ強くもないけれど……ね。

 そこは人並みである。

 


 だからこの状況にと素直に思った。

 そして出来る事ならば病院側に謝罪をして欲しい。

 また働けなくなった期間だけでもいいから補償をして欲しかった。


 多過ぎるお金はいらない。

 その謝罪と補償を受けて私はまた再び人生の一歩を踏み出せるかも……いやちゃんと踏み出さなければいけない。


 鬱を患って早一年経過し季節が変わった頃である。

 私は前へと踏み出す為にも母と一緒に中京区にある京都上労働基準監督署へ赴けば、今回の事をとして訴えに出たのであった。

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