第3話 穿刺
「そろそろ穿刺をしよっか」
等とそう事も無げに宣うのは私と同い年の看護部長だった。
とある日の昼下がり……とは言えである。
忙殺される毎日は相も変わらず、仕事は次から次へと湧き水の如くに幾らでもある。
そんな忙しい最中へ看護部長は透析センターへやって来れば、私と目が合った途端にその一言をぶっ込んできたのである。
「いや~私なんてまだまだです」
当たり障りのない様に笑顔で拒否する私。
それはそうだろう。
おい、面接の時にちゃんと教育も充実しているって言ったのは何処のどいつだ!!
教育のきの字もなく簡単な説明だけ済ませれば、初っ端から受け持ちなんて聞いていないって言うの!!
な~んて声を上げて叫ぶ事が出来ればどれだけすっきりした事だろう。
だが私は楽天家であると同時に小心者でもある。
年齢を重ねている分常識も弁えている心算……だ。
仕事場で然も上司へ文句を言うにしても場所も選ばず衆目の中で喚き散らすなんて事はしないと言うか絶対に出来ない!!
だから心の中で思いっきり喚いていたモノはごっくんと胃の中へ納めてしまったのは言うまでもない。
とは言えである。
明らかにまだまだ勉強も足りないし、穿刺はまだ先の事だろうと思っていたのだ。
当然事前の学習……と言うかである。
碌に穿刺の練習もせずにぶっつけ本番、患者さんの血管へGoだなんて余りにも乱暴過ぎるのでは?
だが看護部長の言わんとする事を直訳すればそうなのである。
その証拠に――――。
「大丈夫。桃園さんならちゃんとやれるって、皆もついているし勿論私もいるから大丈夫や」
いやいやどの点がどう大丈夫なのかが私には全く以ってわからない。
そして私なら出来る――――とは、何を見てそして何を根拠に言っているのだろう。
あれからもう二年以上も針らしい針を触ってはいない。
確かに透析を選ぶまではそれなりにである。
採血や点滴も数多くこなし、細く脆弱な血管でさえもちゃんと血管確保も行えた。
それもこれも免許取得した頃に救急にも携わってきた経験があるからこそ、ここぞと言う時には重宝がられてもいた。
それでももう二年以上も前の事である。
流石に幾ら慣れ親しんだ手技とは言え、些か腕が鈍っているのは認めなければいけない。
なのに慣れている静脈ではなく血流量の多いシャントへの穿刺?
これは有り得ない。
有り得なさ過ぎる。
採血でも血管を突き抜ければ破れて皮下出血……簡単に言えば注射で失敗をされて患部が青紫になる状態ね。
でもシャントはそれだけじゃあない。
失敗すれば『ごめんなさい』で済まない時もある。
なのにどうして行き成り……。
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