第10話  疑問 Ⅹ

「桃園さんっ、うっかりエ〇〇ン入れ忘れて抜針してしまいましたっ」


 そう私の許へ駆け寄り報告したのは私と仲の良いMEの男の子の一人だった。

 そして彼の受け持ちの患者さんの透析はもう終了してしまい今は止血をしている。

 でもここで相談された私に出来る事はただ一つ。


「今日のリーダーは藤沢さんだから、先ず藤沢さんに報告をして、Drから静脈からでも注射してって指示された時はまた声を掛けて」

「わかりました」


 そうして彼は詰め所へと向かうと私は終了アラームが鳴った患者さんの許へ行き、血圧測定しながら最終確認後に返血を行う。


 透析終了の時間が近づけば、どのコンソールも終了アラームが数分刻みで次々と鳴り始めていく。

 それはそうだろう。

 透析開始も数分刻みで行われれば当然終了もそれに倣うもの。

 またようやくこれで解放されるとばかりに患者さん達は返血を心待ちにされてはいるが、だからと言って一人一人きちんと手順を踏んで行わなければ事故へと繋がってしまうのだ。

 

 とは言え四時間または四時間半もの間チューブで繋がれていたのである。

 だから偶に我慢出来ず『早う終われや!!』等と文句を言う患者さんもなくはない。

 それでも順番若しくは終了近くに血圧や意識低下される患者さんを優先しなければいけない場合もある。

 気持ちはわかれども操作を行う者の手は常に限られている。


 それから時間にして一体どのくらい経った事だろう。

 いやいやそこは実際30分も経ってはいない。

 また待合へ視線を向ければ次の透析街の患者さんがこちらをじっとまだなのかとばかりにめっちゃ幾つもの視線を感じてしまう。


 返血が終わり止血の確認をする合間を縫って空いたベッドからベッドメーキングを行っていた時だった。

 そう、先程のやり取りを思い出したのは……。


 何故思い出したかと言えば件の患者さんが止血確認を終えたのだろう。

 ゆっくりと起き上がりベッドより去ろうとしていたからである。


「なあ坂本君、さっきの件はどうなったん?」


 そう注射の指示があったのだろうか。

 それとも次回へ……それもねぇ。

 もしかしてDrへ報告した藤沢さんが自分で注射をしたのかも――――等と呑気にも平和な考えをしていた。


「え、あ、ああいいって。もういいからって言われました」

「はい?」

「先生にも報告――――」

「藤沢さんがもういいって、じゃあこっちで次の準備していくんで……」

「えーっと……」


 伸ばし掛けた手が宙を舞う。

 そしてMEの坂本君は若干ばつが悪そうに言い終えればそそくさと、奥の方から次のクール分のプライミングを行っていく。


 私は訳が分からずほんの少し呆けた表情をしていた時だった。

 詰め所より藤沢さんはこちらへと、正確には終了時に入れ忘れられたエ〇剤を無言で回収すればそのまま何も言わずまた詰め所へと戻っていく。


 うーん、これは一体何を意味するのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る