第10話  休憩とは何でしょう

 田中さんが退職をしたからと言って仕事上何が変わると言う訳ではない。

 いやいや仕事を熟知しオールマイティーに動く事の出来た田中さんがいなくなってからの毎日は、いなくなった彼女の穴を埋める為に益々その忙しさに拍車はかかっていく。

 

 そう最初のひと月目は17時になれば無事に帰宅をする事が出来たのだ。

 8時30分から17時までの勤務の中、午前と午後に15分とお昼に45分の休憩はあくまでも


 初日こそは何とか午前と午後の休憩時間は貰えたもののである。

 しかしセンター内の空気も重ければ当然休憩室の空気はもっと重い。

 そうたとえるのであれば――――。 


『何時までもグダグダ座って休憩する暇があるんだったらさっさと働けよ。仕事は幾らでもあるんだぞ』


 という感じ。

 うん、これはあくまで私があの場所で感じた雰囲気を言葉に表したに過ぎない。

 実際にはそんな事は言われてもいない。

 ただ言われてはいないけれども何故なのだろう。

 ゆっくりと椅子に座ってお茶やお菓子をつまむと言う気分にはさせてはくれないだけ。


 そうして数日もすれば午前と午後の休憩何て声も掛けられないばかりか、もうすっかりとそれすら忘れ去られていたりする。


 抑々そもそも私は入職をしてまだほんの数日しか経ってはいない。

 幾ら途中採用で40歳は過ぎているからと言えどもである。

 流石にまだ馴染んでもいない新しい職場で『契約通りだから』なーんて堂々と休憩出来る程に私の神経は図太くはない。


 まあ身体は太ってはいるが心はそこまで図太くはないのだ。


 それに仕事もまだまだ慣れていないのもあって要領を得られないし時間も掛かる。

 スタッフ間の関係も実に殺伐としていて何とも声すらも掛け難い。


 そうして漸く迎えたお昼休憩も空気経重過ぎる所為せいなのか、食べているものが余り美味しく感じられない。

 貴重な45分のリフレッシュ休憩なのにね。

 ここはしっかりと休憩しなければと思えばである。

 何故か田中さんを始めベテランスタッフ達はさっさと食事を終えれば歯磨きを済ませ休憩室を後にしていく。


 これも最初は何もわからなかった。

 そう誰も教えてはくれない。

 だから暫くして様子を窺えば、あろう事か皆休憩を返上して働いているのである。


 そんなあり得ない!!

 急変とかあれば話は別だ。

 でも特に急変があった訳でもない。

 ただ普通に皆が仕事をしているだけ。

 まるでそれが当然なのだと誰もが普通に受け入れていたのである。

 そしてそれを見てしまった私がのうのうと休憩出来る訳がない。


 結局私も休憩を返上していそいそと仕事へ戻る。

 それを誰一人『ちゃんと休憩してね』なんて可愛い事は言わない。

 ただ黙々と静かに仕事をしているだけなのである。

 

 だからこそ最初のひと月目の17時退社は有難かった。

 正直に言ってめっちゃ疲労困憊だったのだ。

 でも二月目からはもっと疲労困憊となってしまった。

 

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