第11話 『黄泉』という鬼

 突然目の前に現れた男。男は自らを「鬼の王」と名乗った。


「王だと? 一体何を言っている」


 リオルが騎士剣を構えながら、油断なく男の様子を探っている。


「ご存知ありませんか? いえ、無理もない。人間ごときにはすぎたる知識です」


「お前が鬼の王なら、オーガどもを指揮してるのはお前か?」


 ぴくりと、鬼の王を名乗る男の眉が動く。


「オーガごときを鬼だと? 冗談にしては面白い」


「なに? 違うというのか」


「違う、明確に。鬼は尊き生き物である。決してオーガなどという畜生を鬼と呼ぶな」


「はっ、角が生えてれば一緒に見えるけどな〜オレは」


 挑発。だが、鬼の王は表情一つ動かさない。


「愚鈍極まりない。人間というのはどうしてこんなにも愚かで無知なのか。もういい、『黄泉』、任せる」


「へい」


「「なっ!」」


 突如何もないところから真っ黒な穴が開き、1人の鬼が這い出てくる。歪に曲がった三本の角。醜く歪んだ顔は見ていると不安になるほどの醜悪さだ。細長く歪んだ長い手足には、鋭い爪がついている。


「全員食っちまっていいんですかい?」


「構わない。余は帰るぞ」


「まて!」


 リオルが呼びかけても、鬼の王は反応せずに歩いて行ってしまう。追いかけようとしても、目の前の鬼が牽制していて追いかけられない。


「へっへっ。俺様が相手だよ、浮気は良くねえなあ」


「おいおい、どこが尊き生き物だよ。下品極まりねーな」


「そうかい? 嬉しいねえ。俺様がお上品だなんておぞましいんだもんよ」


「貶されて喜ぶなよ。気持ちわりー奴だな」


 べえっと舌をだして嫌がるリオル。実際、目の前の鬼は醜悪そのもの。生き物とは思えない歪な体躯に、ぼろぼろな布を羽織っているだけだ。


「対1級想定。相手は未知だ、慎重にいく」


「「はっ!」」


 リオルの号令で騎士たちが一斉に陣形を整える。対1級想定。その陣形は想定の中では最大級の相手に対するものだ。


「わ、私たちは、どうしたら」


「シオン。ここは俺らの出る幕はない。足を引っ張りたくないだろ?」


 エドが言う。騎士たちは全員訓練を積み、一矢乱れぬ行動をしている。まだ陣形の訓練をしていない自分たちが加わっても、邪魔なだけだ。


「俺が遠くから"ホーリーバースト"ぶっぱするって言う手はどうだ?」


「絶対にやめろ。味方を巻き込む未来しか見えない」


 エドたち3人は先輩たちの戦いを見守るしかできなかった。


「"ランスチャージ"」


 槍を手にした騎士たち5人が一斉にアーツを使用する。彼らはおそらく、【槍術】のスキルを持った者たちなのだろう。光を浴びた騎士槍が黄泉と呼ばれた鬼に突き刺さり、貫通したいくつもの槍が体から飛び出す。


「なに?」


 リオルが声を上げる。これで終わりなのか、だとしたら呆気なさすぎる。いや--


「全員、離れろ!」


「おっと、待っとくれよ。"火行"」


 ぼうっと黄泉から青白い火炎が上がり、槍を突き刺していた騎士たちに襲いかかる。


「うわあああ!」


「あつい! あつい!」


 必死に火を消そうとするが、はたいても地面をのたうちまわっても消えない。それどころか全身に火が広がっていく。


「水をかけろ! 火を消すんだ!」


「エドリックさん、セツナさん私の荷物の中から水を!」


「ああ!」


 エドたち3人も救助に入る。飲料用の水をのたうち回る騎士たちにかけ、ようやく鎮火する。だが、彼らの皮膚は焼け爛れている。早急な治療が必要だ。


「香ばしいいい匂いだねえ。もしよければ一匹譲ってくれないかい? 今日の夕飯にするんだよ。カカッ」


「クソ野郎が。てめえのその気持ち悪い顔そぎ落としてやるから、それでも食ってろ」


「俺様は上手くないんだよねえ。二度は食いたくないんだもんよ」


「食ったことあんのかよ! ほんとに気持ちわりぃ……なっ!」


 リオルが一瞬にして間合いを詰め、騎士剣で切りつける。黄泉はそれに対し何の抵抗もせずに袈裟に切り裂かれ、ぶらんと皮一枚でつながる。


「やった!」


 騎士たちが盛り上がる。


「いてえなあ、もちっと綺麗に切ってくれよ」


 だが、切られた黄泉は多少痛がりはしているものの、平気そうに話し出す。


「おいおい、何だってんだその体」


「ん? 何かおかしいかい」


 ぐちゅぐちゅと音を立てて切り口がどんどんふさがっていく。肉が盛り上がり、まるで切られたのが嘘だったかのように元通りだ。


「あーあ、服が切れちゃったよ。これじゃ俺の恥ずかしいとこが丸見えだ」


「んなの誰も見たかねえよ……化け物め」


 リオルは目の前の得体のしれない鬼に、冷や汗が止まらなかった。



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ユニークスキル【竜化】を手に入れた俺は騎士になって安定した暮らしがしたい 微糖 @shinokanatsu

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