第5話:ボタニカルなコンセプトミニアルバムを作る
沢君はその後すぐ風呂場へ行って、俺はそのまま大の字で寝た。こういう状況をそっくりそのまま感じていたい。この感じにはまだ色がつけられない、つけなくていいと思ったので、イヤホンは探さなかった。
早朝目を覚まし、風呂に入った。バスタオルは昨日沢君が二枚使ってしまっていて、仕方なく湿ったそれで体を拭いた。
風呂を出ると沢君が「・・・する?」と言って近づいてきて、歯ブラシを手渡した。
「・・・あ、どうも。ってか、近い」
「あ、ごめ・・・コンタクト、外したから、見えなくて」
「あ、ああ」
「てゆか」
「・・・ん?」
「イケさん、ふつーに
「え、あ・・・そうかも。家では、こうかも」
「うわ、かっけー」
それから沢君はものすごい近目でスマホをやり、俺は歯を磨いて服を着た。
「ね、あのさ、カフェでも、どう?」と沢君。
「ん、うん。いいよ」
「そう、朝食美味しいパン屋があるんだけど、そこでこう、・・・今後の、打ち合わせ的なとか」
「いいね、いいよそういうの」
「いいよね、だよね?・・・俺、こういう、前振りのが異様に盛り上がる」
「うん、何か、うわ、急に楽しみになってきた」
「なんつーの、映画の予告編的な」
「いいねえー。一曲いっちゃう?」
「うーわっ、やったぜ」
「ぜんっぜん、なんの、何のあれもないけどね」
「うん。あれもないどころかだよね」
「どころかだよ!」
「どころかだよね。こう、・・・こっから、こっからのスタートだよ」
「こっからね。すごい盛り返しを見せるね」
「みせるね」
「・・・ははは」
「まじウケる」
残念ながら目当てのパン屋はまだやってなくて、近くにあった広めのカフェで、沢君のタブレットを見ながら何となく打ち合わせ。
お互いのやりたいことの三割くらいを言葉にしつつ、それ以外は適度にぼやかして可能性をもたせつつ、とりあえず冬のイベントまでにコンセプトミニアルバムを作りたいというところで落ち着いた。詞は俺が先に書いて、まず今週中くらいに出来たところまでを送る。次の週で沢君がそれを元にした何かしらを送ってくる。いったんそこまでをゆるい宿題として、街が混み合う前に別れた。
家に帰って、すぐにPCでサワーPの曲をかき集めてiPodに移し、ヘッドホンをしてベッドに横たわる。
目を閉じて、まどろみの中。
植物の話を聞いたからか、川や湖よりも森の様々な緑色が浮かんだ。
深い森、生き物のいる森、鳥の声がする。
サワーPは生きてるな、と思った。何かが脈動している。
音楽を「作った」部分はちゃんと分かった。石膏のような感じで補強してある。それで全体が繋がっている。でもそれ以外のところは、「作った」のではなくて、出してきただけだ。
彼の中に、どうしてこういうものがあるんだろう。
曲だけ聞いたら、どこかもっと自然の中、オーストラリアででも育ったのかという感じ。
でも彼は実家暮らしで、なにやら訳ありだという。
そんな精神から、こういう世界が開けているなんて、不思議だ。
一度曲を切ってヘッドホンを外し、沢君の出したあれの匂いを思い出しながら、脳が音の世界へ降りていった。
* * *
そして二週間後。
前と全く同じ店で、同じ時間から飲んだ。同じシャツ。沢君はお洒落そうに見えて、割と無頓着だ。
「やー、ちょ、いやうん、良かったです。歌詞ってこうやって出てくるんだなって・・・いや分かんないけど」
「うん」
「でもま、欲を申すならですね、・・・もしかしてもうちょっとこう、本道?ど真ん中?やや、ありきたりくらいでも、もしかしてちょうどいいのかなみたいな」
「・・・ああ、それは分かる。何となく分かる」
「分かります?」
「それはね、ちょっとね・・・力んだ。力みすぎた感ある」
「そう、・・・かな、うん」
「うん。たぶんね、沢君にね、合わせちゃったというか、沢君に張り合っちゃったというかね。そうじゃなくて、サワーPに合わせなきゃなんなかったのに、沢君に見合うようにって力んだら、何か、濃度が濃すぎた」
「えっ、それって・・・サワーPとしての俺より、俺本人に合わせる方が、濃度が濃い?お、俺が濃ゆい人間?」
「ははは、違う違う。そうじゃなくて・・・、いや」
「・・・え、なによ」
「・・・ちょっと」
「え、なになに」
「・・・思い出しちゃって」
「・・・え?」
「あれかな、何も見えなかったから・・・余計にかな」
「え、そ・・・、それって、ちょ」
「ごめんごめん。とにかく、もうちょっと修正する。分かってるからさ、そこは、何とかする・・・あ、ちょっとごめん。バイトの、シフト」
スマホがピロリと鳴って、ちょっと急ぎだったので、その場でラインを送った。
他人から作品の出来をどうこう言われるのは好きじゃないけど、沢君の指摘はごもっともなので、むしろ反省。
しかしそれよりも、作品を先に進めたい気持ちが募る。
思ったよりも、のめり込みそうだな、俺。
「ごめん、終わった。失礼」
「あ、いや・・・大丈夫です?」
「うん、やり取り終わったから、今日はもう平気」
「じゃ、えっと・・・話戻るんですけどね。で、あの、俺の方はどうでしたか・・・っていう」
「んー・・・」
俺が黙ると沢君はものすごく心配そうな顔。どうしてそんな、ややビビりなのにあんな大胆な出だしが書けるんだ。
「・・・えっとね」
「うん、うん」
「こう、葉っぱのかけらが、あってそれは、うん、分かる。やや肉厚。それでそっから何の木なのかって
「・・・んー、ちょっとがちゃがちゃします?」
「いや・・・その、どこが一番こう、こうなるところなのか」
俺は両の手のひらの、手首の辺りを少し斜めに合わせ、ドンドンと打ち鳴らしてみせた。
「あーー、それは、それは、多分、入りの手前と、サビのちょい手前。それ分かります。これね?」
沢君も同じように手首をドンと鳴らし、しかしその後一瞬スロー、そこからすっと早送りのように、左右の手は反対方向へ離れていった。それは俺には、まるで、銀河みたいに見えた。あり得ない質量と、それに見合わないスピード。一瞬の、視界が歪むような、間。そう、今回の曲は規模が少し大きく感じる。
「今のもしかしてサビのちょい手前?」
「そうそうそこです!あのね、だから、悪いんだけど、申し訳ないんですけど、詞と、こうなるんじゃなくて、詞の、いっこ、いっこ前の空白?二個前かな?そこでかぶってくる」
「・・・うわー、なに、行間みたいな?文字列の手前の空白に合わせてきた?や、どうしたの、文字に急に親しんできたの」
「ち、ちが・・・!あはは、いやそうじゃないのよ!え、逆かな、むしろ逆かな。あのね、イケさんの、いや、246Pの詞を見てたらね、・・・ふいっと、・・・こう、<ふぃっ>とね、磁石のSとSみたいにね、よけるの、音が!」
「俺とは合わない?拒否反応?」
「違う違う!そうじゃないけど、でもそうなのかな、でもその、だからいっこか二個手前!そこでピン留めした感じ。その空気かなって」
「なるほど分かった。わかんないけど分かった。じゃあそこを力点にして、ちょっと詞は考えてみる」
「えー、あー、何か伝わったみたいで嬉しいな。・・・何だろうねこれ、本当に伝わってるのかって、でもまあ何かそれでいっかって、これ以上詰める必要ないかって、そんな気ぃする」
「あれよ、あれ。別にさ、何かスポンサーとか、タイアップってわけでもないし、失敗も成功もないし、<答え>を求めなくていい時期?・・・<伝え合い>を100%にしなくてもいい感じ?でもそれが一番音楽的にはいいわけじゃない?」
「ああそうね、それあるわ。でも一応さあ、もうちょっとこう、あれがあーのこーのって、いっぱい議論ってか、何ていうか、言い合うつもりで来たからさ、案外・・・ああ、それじゃこれで、みたいな」
「確かに。案外話すことない」
「そう。素っ気ない」
「ヒマね」
「ホント。せっかく来たのに話すことなくなった。あはは」
沢君は少し笑い、俺からはちょっと顔を背けて、カルピスサワーのジョッキをあおって飲み干した。俺はその喉仏を見るともなく見て、そしてガラガラと氷がその口元に滑ってきて、「んっ」と手の甲でそれを拭うのを見た。
そしてふと、目が合う。
音楽の話の続きで、波長がまだ合い続けていたので、たぶん、それは伝わった。
そして俺は無言でおしぼりを渡して、なおも黙っていると、沢君が「・・・この後、どうしますか」と。
「それは、思ってるとおりでいいんじゃない?」
「・・・っ、い、いや」
「沢君の思ってるとおりでいいんだと思うよ」
「・・・そ、その言い方、なんかずるくないすか」
「ずるいと思う。でもそうとしか言えない」
「・・・え、じゃ、じゃあ、・・・ま、前と、同じでも」
「いいよ俺は」
「・・・」
沢君はおしぼりで顔を覆って、俺が伝票を取った。
「あ、あの、いくら・・・」
「ホテル代払ってもらうからいい」
「・・・まいったな」
俺だって、これが<音楽的に正しい>のかどうかは分からない。もしかしたらとても良くないことなのかもしれない。それでも、別に今はこの道に行ってみるしかない、いや、行きたい、行くべきという気がする。
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