第3話:帰りたくないサワーP
「なんかね。・・・まだ、こう、自分の中でいまひとつ言葉になってないことなんだけど、こう、今年くらいからね、・・・もう、言葉いらないなっていうか」
「ええっ?」
「なんかね、こう、割り算の上と下と相殺するやつ、こう、びー、びーって」
「あ、ああ、はあ?」
「ああいう感じでね、上と下で相殺されちゃってね、これなくてもいいんじゃないかなって、・・・なんか感じてて、今度インストやろっかなって」(註:インストゥルメンタルの略、歌のない音楽だけの曲のこと。しかし歌がないと「ボカロP」である意義がないんだが、案外ファンはついてくる)
「わー・・・マジ?・・・え、・・・どうと・・・お、俺はどう
「いや、でも、こういうのも流れ?うん、そういうのって巡ってくるもんだと思うし、それはほんと、自分にとってきっとそういう時期というか、何か、あったんだと思う」
「あ、ああ、まあそういうのはある、ありますよね、うん・・・」
「最後かわかんないけど、でもこういう流れだっていうんなら、うん、とにかく本気でやるよ俺」
「・・・や、それは・・・ちょっと、本気でいいもの作りましょうよ」
「ちょ、なんかこう・・・どういう勝算?」
「あー、実は、ちょい、・・・コンセプト的なことは考えてて、何となくだけど、こう・・・ボタニカルな?」
「ぼたにかる」
「俺、ちょっと前にあげたやつで、<百合と月と青い山>っていう、それでまあ、ちょっと植物のこととか、写真とか、見たりしたんですけど、・・・なんか、こう、・・・いいなあって」
「俺も植物って興味あるよ」
「まじすか?」
「<百合と月と青い山>、すごい・・・あの、ミクの英語のとこと、ギターがよかった気が・・・え」
「・・・ん?」
「って、てーかご本人?」
「今更!」
「っわ、ご本人かあ」
「すいませんご本人で」
「あーいうゆっくりの曲すっごいいい、すっごいこう、叙情的だし、ゆっくり、流れて、湖に流れ着きそう」
「・・・そーいう感性わっかんね!ははっ」
「えー?ってか、あーいう曲だったらやっぱし、サワー
「や、だから、いいとか悪いとかじゃなく、ぼくの成長のためにね?」
「あ、そっかそっか。曲の完成度っていう、こう、閉じられた球面を開いて、意識的に違う空間を模索するというかね?」
「そ、そう、全然わかんねーけど!」
「わかった、わかったとにかくわかった。ボタニカルな、こおおお、こおおおおおおいう世界観でしょ?」
「ん、んん、こおおおいうう?」
「え、こっち?・・・こっち?」
「やー・・・それはもう、やってのお楽しみ?」
「だね。それが醍醐味だもんね」
「だね!っていうか、え、イケさん植物興味あるってどーいう?」
「んー、冬虫夏草とかね。食虫植物とか」
「・・・あー」
「いやいやいや、美しい百合を邪魔する気ないよ。ないない。引っ込める」
「いや、引っ込めなくて。そー、そーいう感性でね、げほっ、うっ、ごほっ」
「ちょ、飲んで、飲んで」
「喋りすぎた、喉が」
「大事な喉が」
「いらん。いらん喉が」
ある日もらいもののサボテンの花が咲いていて、大変感動したんだそうだ。素晴らしいと思う。酔うと、何でも、素晴らしく感じる。
「もう、何か、えー、何時?」
言われて、スマホを確認する。
「もうすぐ、十一時」
「えー」
「早いね」
「遅いよ」
「あ、いや、時間が経つのが」
「うん・・・。・・・帰りたくない」
「そんな、彼女みたいなこと言われても」
「だって、家、帰りたくない・・・」
「あ、ああ、実家か。別に、門限とか、ってわけじゃ?」
「んー、それはないんだけど・・・。うちね、ちょっと、家族に問題があって・・・一人暮らししたいけど、家、出るに出られないっつーか、・・・まー結局停滞して、動けなくなってる、動きたくない、ってだけなんだけど」
「あー・・・それは、・・・そういうのは、あるね」
「だから帰りたくない。新しいことしたいし、どっか行っちゃいたい」
「うん。わかるよ。どっか、月にでも飛んでっちゃいたい」
「つ、月・・・。いや、箱根くらいでいいけど」
「箱根・・・」
「・・・だ」
「・・・ん?」
「だめ、・・・だ、よね、・・・泊まるとか」
「・・・え、・・・うち!?」
「あ、いい、何でもない」
「・・・人を入れられるようなうちじゃ・・・ない、よね。・・・別に、一人暮らしっつっても、かっこいいマンションとかでも何でもないし、こう、音楽で食ってるわけでもないしね。この歳になってバイトしてるだけだしね。幻滅されるから嫌だ、ごめんなさい・・・」
「や、そ、んな・・・ごめん、ごめん、そんなつもりで」
「わ、わかってる。すいません、こっちもなんか、変な弱音吐いた」
「いい、いい、俺がちょっと、ほんと・・・」
「・・・音楽だけやって、何かギリシャ人みたく暮らせればいいのにね」
「ギリシャ人?」
「ソクラテスとかみたいにさ、ずうっと哲学やってんの。家、とか、バイト、とか、金、とか、歳、とか、どーでもよくて・・・」
「・・・やばい泣きそう。俺弱いわ。全然、・・・俺もね、今何とか、実家だから音楽だけで暮らしてるけど、出たら、全然無理だもん。でも出なきゃっては、思ってんだけど・・・、だから、バイトしながら、自分で生活しながら、そんで時間作って、お金ひねり出して、音楽やってるってすごい、もう尊敬以上で、無理だし意味わかんない。そんなん俺には出来ない・・・」
「・・・まあ、まだ、もう少し余裕あるでしょ。年齢的に、四十五十ってんじゃないんだから」
「でも、あっという間だよう」
「でも、それでも、まだ時間あるよ」
「・・・うん」
「目の前の音楽やろうよ。変わるなら、そこしかないじゃん?結局、この世界で生きてるっていうより、音楽の世界で生きてるから・・・いや、まあ、それは俺の話だけど」
「・・・イケさん」
「んん?」
「やっぱ俺帰りたくない」
「・・・どっか、ファミレスとか、なんか」
「ホテル」
「・・・」
「一緒に、泊まったりとか」
「そ、そんな金」
「俺、出すから、お願い・・・」
「ちょ、・・・酔ってるよ、沢君」
「酔ってるけど、もうちょっと、話したくない?」
「・・・それは、まあ」
「え、明日仕事とか」
「・・・いや」
「じゃあ・・・」
「で、でもどこに・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます