第3話 親友
ある日の昼下がり、俺は兵団基地の食堂で昼食をとっていた。
俺の目の前には、あまりにも人間離れして容姿端麗な男が座っている。
こいつの名前はレイス。
リンと同じ、子どもの頃からの腐れ縁だ。
「ビクト、聞いたよ。リンと付き合い始めたんだって?」
「ブッ...!」
レイスの予想外の質問に、俺はお茶を吹き出してしまった。
なんだなんだ、という周りの視線が俺に向いた。
いたたまれなくなり、軽く頭をペコペコして「なんでもないですよ」のサインを出す。
「ゲホッ、お前なんでそのことを!」
俺がリンと結ばれたことは誰にも言っていないはずだ。
小声でレイスを問い詰める。
「僕だけじゃなくてみんな知ってるって。こないだ2人が道で抱き合ってるのを見た人がいるみたいだよ。」
あの時か...!最悪だ。あんな情けない現場をまさか人に見られていたとは。
しかもその話がもう広まっているだなんて。
「いや、あれは違くてだな...」
あれはイチャイチャしたくて抱き合ってたわけじゃない、と言いたかったのだが、焦ってうまく言葉が出てこなかった。
「じゃあ付き合ってないの?」
「いや、まあ...付き合っては...いる、が」
また言葉が紡げずにモゴモゴしてしまう。
思い切り泣きじゃくってリンにしがみついたあの時を思い出すと、今も恥ずかしさで死にそうになる。
あのあと、気持ちが落ち着いた途端急にお互い気まずくなり、結局2人とも顔を真っ赤にしながら言葉も交わさず一緒に帰ったのだ。
「ほらやっぱり。付き合ってるんじゃないか。」
「ああ、もう!うるせえな!」
羞恥心が爆発し、ヤケになってしまった。
5歳児でももう少しまともな返しができそうなものだが。
「照れないでよ。というか君たち遅すぎないかな。」
「は?」
「いや、昔からみんな言ってたんだよ。あの2人が付き合ってないのが信じられないって。だっていつも一緒にいたもんね。」
マジか...。
周りの奴らそんな風に思ってたのかよ。
俺だけ今更意識して、なんかバカみたいじゃないか。
「いや、俺がちゃんとリンに向き合う余裕が無かったんだよ。ただでさえ落ちこぼれなんだからな、お前と違って。」
リンの好意には薄々気づいていながら、俺は彼女と向き合うことを避けてきた。
落ちこぼれの俺じゃ釣り合わない。もっとふさわしいヤツがいる。
そんな風に言い訳を探してずっと逃げてきた。
でも、もうそれじゃダメだって気づいたんだ。
「けどまあ、ちゃんとくっついたようで安心したよ。これで僕も肩の荷が下りる。」
「肩の荷?お前には関係ないだろ。」
「あるね。大アリさ。今まではリン狙いの男子たちがいつも僕に聞いてきたんだよ。リンとビクトはどういう関係なんだー!って。」
おいおい、俺たちそんなに噂になってたのか...。
全く気がつかなかった。
「マジかよ...なんか、その、わりぃな。」
「ほんとだよ。僕ら仲良し3人組の幼馴染だと思ってたのに、君たち2人ときたら僕をのけ者にしてベタベタベタベタ...特に最近はひどいね。僕でも話しかけづらいくらいイチャイチャするんだから。本当に君らときたら、」
「あーあー悪かった、悪かったよ。もう勘弁してくれ...。」
まだ先日の恥ずかしさが残っている俺としては、これ以上の追い打ちは本当に命に関わりかねない。
「僕はまだまだ言い足りないんだからね。」
「でもよ、それを言うなら俺だってお前に迷惑かけられてきたんだからな?」
「僕がビクトに迷惑を?」
「おうよ。お前狙いの女子たちが毎日毎日俺に聞いてくるんだよ。レイス君って彼女いるのかな~?ってな。まったく、本人に直接聞けってんだ。」
レイスはため息がでてしまうほどに容姿端麗だ。
ストレートの金髪に、長い睫毛と高い鼻。
エメラルド色の大きな瞳。女性と見紛うほどの中性的な顔立ち。
こいつが廊下を歩けば、男女問わずその美しさに振り返るレベルだ。
「う...」
「もうな、俺に話しかけてくる女子10人中11人がお前狙いなんだよ。」
ルックスだけでなく、レイスは能力も極めて優秀なのだ。
訓練生時代は座学試験や剣術試験で、あのリンと1位2位を争っていたほどだ。
まったく、なんで同期のトップ2とワースト1の俺が幼馴染なんだよ。
俺たちは3人とも家が近く、昔はよく一緒に遊んだ。
だが、気づいたときには2人はとんでもない才男才女に育っていたのだ。
2人のおこぼれで、俺ももう少し恵まれてもいいんじゃなかろうか。
「でもそんなの僕のせいじゃないだろ。」
「ならお前の苦労だって俺のせいじゃないって言うからな。」
「...分かったよ。じゃあおあいこだ。」
「だろ?...ていうか、レイスこそ好きな奴とかいないのか?」
攻守交代だ。
レイスを丸め込んだ今がチャンスと判断し、俺自身を話題から外す。
レイスの話になった途端、周りで昼食をとっている女子たちがそわそわし始めたように感じたが...まあきっと気のせいだろう。
何人かはこっちをガン見しているが...絶対に気のせいだ。
「好きな人かあ。...好きってどういう感覚なんだろう?」
出た。モテるヤツ特有の「好きって何?」だ。
いいか、それを言って許されるのはお前とリンだけだ。
自分のルックスに感謝しやがれ。
「あ゛~...そいつに会うと嬉しい、とかだな。あとは、守りたい、とかか...」
俺はその人を思い浮かべながら、恥をしのんで返答した。
非の打ち所がない超人とはいえ、レイスがモテるのは正直気に食わん。
でも、今の質問は無碍に切り捨ていいモノではない。
なんとなくそう思ったのだ。
「そっか...。それなら、うん。いるよ。好きな人。」
食堂が分かりやすくザワついた。なんなら悲鳴も聞こえた。
もう気のせいというには無理がありすぎる。
聞き耳立てすぎだろ、こいつら。
「まじかよ。誰だ?教えろよ」
「教えない。絶対に言わないよ。」
チッ、意思は堅そうだ。こういう時のレイスは死んでも口を割らない。
「なんだよつまんねえな。言いふらしてやろうと思ったのに。」
「はは、勘弁してよ。...あ、僕もう行かなきゃ。隊長に指導頼んでるんだった。」
隊長というのは、レイスの所属する攻撃隊の隊長のことだろう。
訓練校を次席で卒業したレイスは、希望通り攻撃隊に配属された。
危険な
守備隊とは一線を画する戦力を持つ、実力者の集団。
その中でもレイスは1年目にしてすでにトップクラスの実力者という話だ。
レイスは「
もっとも着地の準備もあるため、実際に自由に移動できるのは5秒ほどだそうだが、それでも十分過ぎるくらい万能な
しかもやたらと完璧主義で、強くなるための努力も怠らない。昼食後隊長に指南を頼むのもいつものことだ。
レイスは俺の質問攻めを上手く躱し、空の食器の乗ったトレイを持ち上げ立ち上がった。
「うまく逃げやがって。...訓練頑張れよ。」
「そっちこそ。次はビビって漏らさないようにしなよ。」
「なっ...!てめぇ!なんで知ってやがる!」
レイスはクスッと笑って食堂をあとにした。
それを見た女子たちがこぞってレイスを追いかけていく。
こうして、いつも通りの昼が終わった。
16時。午後の訓練が終わり、深夜の
いつも通り、守備隊員用のぼろ部屋の固いベッドに横たわる。
訓練の疲れか5分ほどで自然と意識が遠のいていく。
自分と外界の境界線が曖昧になり、ゆっくりと世界に溶け込んでいくような感覚。
この不思議な感覚とともに、俺はいつも夢の中へと落ちていく。
そして発現する。大嫌いな俺の
「
リリーフ・ストーリー 橋田 あまね @amane104
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