第2話 最愛

最悪の初陣が終わった。

家路を歩く俺に、まぶしい光が山の上から差し込んでくる。

今はもう、昇ってくる朝日すら憎く感じる。

目にとまるもの全てに殺意が湧いて仕方が無い。



朝日がもっと早く昇れば、あいつらは死ななかったのに。

化獣ブルートなんていなければ、あいつらは死ななかったのに。

夜なんて来なければ、あいつらは死ななかったのに。


無意味で破綻した仮定だと分かっていても、そう思わざるを得ないのだ。

仲間を殺したこの世界が、どうしようもなく憎い。


世界の残酷さは受け入れたばかりなのに。

街を守りぬくために戦おうと決めたばかりなのに。

それなのに、湧き上がるどす黒い感情を抑えることができない。





「なにしょーもない顔してんのよ!」





突然の怒声。声のした方へ顔をあげると、リンがいた。

サファイア色にキラリと光る大きな目と、薄水色の長髪。ハスキーな声。

気の強い幼馴染が、仁王立ちして俺を睨んでいる。


戦線後方の救護隊に所属するリンは、昔からずば抜けて優秀な奴だった。

頭脳、身体能力、そして異能であるカクの強さ。どれをとっても超一流だ。


「リン...」

「あんたが暗い顔してんの、ほんっとに見苦しいからやめてくれない?」


普段なら、勝手に見たのはそっちだろと軽く返すのだが、今はそんな気分ではない。無神経なリンの言葉にカチンときてしまった。

「ならお前は仲間が死んでも馬鹿みたいに笑ってられるのかよ?」

つい口調が強くなる。リンに当たっても仕方がないのに。


「笑うわよ。誰が死のうが、それでも私は生きていくしかないもの。あんたもそうでしょ。」


お前に何が分かるっていうんだ。心無い言葉で、俺の怒りが臨界点に達した。

「生きていくしかなくても、笑えない時だってあるだろうが!」

「それでも!無理やりでも笑って生きなきゃいけないのよ!」


なんて浅い感情論だ。

やっぱり恵まれたヤツに俺の気持ちなんて分かりはしないんだ。

それも「瞬間止血」なんていう、超優秀なカクを持って生まれたヤツには。


「じゃあ教えてくれよ。なんのために笑うんだ?こんな腐った世界で!」


投げやりなどす黒い感情をリンにぶつける。リンを論破したいわけじゃないのに。

しかし返ってきたのは、思いもよらぬ一言だった。


「人生と、この世界に、負けないためによ!」


リンの叫びが、俺の心臓を貫いた。ふと、目の前が開けた感覚がした。


負けないため。人生と世界に、負けないため。

考えたこともない言葉が、何度も頭の中で乱反射する。


「タイガたちが死んだのはさっき聞いたわ。憎いんでしょ、世界が。」


まさか、全部分かってたっていうのか。


「ならこんな腐った世界に負けてんじゃないわよ。生きて、勝つのよ。」


分かったうえで、俺に檄を飛ばしたのか。


「何年ビクトのこと見てきたと思ってるのよ。そんな顔、やめなさいよ...」

リンの目には、大粒の涙が浮かんでいた。


リンもタイガたちの昔からの幼馴染だ。隊は違っても、友達が死んで何も思わないわけがない。リンは全部知っていて、俺の気持ちも分かったうえで、わざと俺の感情を吐き出させてくれたのだ。



...なんて愚かなんだ、俺は。

分かっていたはずじゃないか、リンがどういう子か。


学生時代に試験に落第しそうだった俺に、リンは文句を言いながら一日中つきっきりで勉強を見てくれた。

剣術大会の時は、早起きして作ったであろう弁当を投げつけるように渡してくれた。

母さんの容態が急変した時、夜が明けるまで何も言わずに隣で手を握ってくれた。


全部、俺のためじゃないか。

今だってそうだ。自分だって辛いはずなのに、俺を励まそうとしてくれている。


ずっと、リンの愛情に甘えていたのだ。

気づかないフリをしていた方が楽だから。踏み出さなければ傷つかないから。

でも、俺は本当は...



「リン...ごめん、俺は、おれは...」

情けなさと罪悪感で涙が溢れてくる。せき止めていた感情が激流となって流れ出す。

本当に度し難い。どこまでも最低のクズ野郎だ。


「なによ、泣いてるんじゃないわよ...」

リンは涙をこらえながら、膝をついて号泣する俺を優しく抱きしめた。


「ごめん...ごめんな...!」

「いいわよ、もう。全部いいの。ちゃんと分かってるから。」

「おれ、お前に...」

「...ねぇビクト。あなたは絶対、生きて。」




そうだ。もう、逃げることはできない。

世界に負けないために。こんな俺を愛してくれるリンのために。

俺はこの世界で生きていくんだ。



涙を流して抱き合う俺たちを、朝の光が暖かく照らしていた。

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