第1話 残酷

見たこともないほどきれいな、赤。

美しささえ感じるほど赤い鮮血が、飛び散った。

目の前で人体が三枚に割れる。むき出しの脳、千切れた内臓、砕けた骨。


また赤が飛び散った。

深々とみぞおちを貫き、ギラリと光る爪。


また飛び散る。

黄ばみがかった白い奥歯で、全身をゆっくりとすりつぶされて。

街と獣界の境界線で、今日もたくさんの死体が生まれる。



俺を見下ろすのは、巨大な獣。

猫のように鋭い目、狼のように尖った牙、虎のように筋肉質な四肢。


化獣ブルート。この街を襲撃している化け物だ。5メートルを優に超える体躯に、鋭い爪とむき出しの牙。人間を軽々と粉砕し、捕食する。

肉や魚を食べる俺たち人間が、本当は捕食される側なのだと思い知らされる。



怪物がその前足を高々と振り上げた。1秒後には俺も真っ二つだ。

眼前に「死」そのものが迫り来る。


ああ......俺、今ここで死ぬんだなあ。

死の瞬間は、自分でも驚くほど冷静だった。

世界の流れが遅い。脳裏に過去が浮かぶ。これが走馬灯か。


「ビクト!」


ガギン!と、鈍い金属音が響く。

生を諦めて腰を抜かした俺の目に映ったのは、ゴウ隊長の巨大な背中。彼の剣が化獣ブルートの爪とぶつかり、バチチッ、と火花を散らす。


俺の股間から腿にかけてが湿っている。生暖かい感覚で我に返る。

またも俺は、ゴウ隊長に命を拾われたようだ。


「夜が明ける!守備隊、撤退せよ!」


ゴウ隊長の指示で、部隊が撤退の用意を始めた。


夜が明けると、化獣ブルートたちは獣界ブルーに戻って眠りにつく。

その後は俺たち守備隊に代わり、攻撃隊が眠っている化獣ブルートを襲撃するのだ。




守備隊の撤退が完了した。

今日は6人死んだそうだ。これでも少ない方らしい。よく考えてみれば、不幸中の幸いかもしれない。

体格、スピード、膂力、凶暴性。全てにおいて化獣ブルートは人間を圧倒するのだから。


唯一人間にあるのは、カクと呼ばれる異能。現在まで人間が化獣ブルートにかろうじて対抗できたのは、この異能の存在が大きかった。

先ほども俺はゴウ隊長のカク、「巨体化」に助けられたばかりだ。




撤退完了後、守備隊は誰1人口を開かない。

暗く沈んだ冷たい空気に、低い声が響いた。


「ビクト、来い。見ろ。」

守備隊の1人が新兵の俺を無愛想に呼びつけ、霊安室に促す。

今のうちに死体に慣れろということだろう。かまわない。守備隊に入った時から覚悟はできている。


霊安室に足を踏み入れた次の瞬間。

俺の目の前に絶望が広がる。


そこにいたのは、無残な姿になった仲間たち。飛び出した内臓が千切れ、四肢はぐちゃぐちゃにねじれ、頭は潰れている。


タイガ、アイミ、ナッシュ。

幼いころから同じ学び舎で寝食をともにしてきた幼馴染であり、同期だ。


驚き、恐怖、非現実感。言葉にならない感覚が幾重にも重なり、思考を停止させる。

ようやく彼らが絶命していると悟った瞬間、彼らの死がより鮮明になって俺を襲う。


「ぉええっ!うぇっ...ゴホッ!」

グロテスクな死と絶望を目の前にして、俺の腹のモノが逆流する。吐瀉物と鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃになる。

そして頭の片隅に一瞬だけ浮かんだのは、自分じゃなくて良かったという安堵。


そんな自分が許せなくなり、膝をついたまま拳を何度も腹に叩きつける。



みんな死んだ。死んだんだ。



命の、なんと軽いことか。



「ビクト、目を背けるな。」

額を床に擦りつけたままの俺に、ゴウ隊長が声をかける。

「これが守備隊の日常だ。ここでは命は軽い。慣れろ。」


冷静にそう告げる隊長の顔に一瞬だけ、憎悪と悲壮感が浮かんだのが見えた。


なんて強い人なんだろう。誰よりも仲間の死に直面しているはずなのに、誰よりも泣き叫びたいはずなのに、それでも隊員を鼓舞しなければならないのだから。

情けなさがこみ上げ、俺はさらに涙を流す。


「...はい」

俺はかすり声を絞り出すことしかできなかった。


そうだ、明日も俺は戦うんだ。

大したカクも無い俺は、明日真っ先に死ぬかもしれない。明日死なずとも明後日には。


それでも、戦うのだ。たとえ死ぬとわかっていても。

死んでいった仲間に報いるために。化獣ブルートに怯える街の人々のために。


何より、最愛の人を守るために。



この救いのない残酷な世界で、俺は明日も戦うのだ。



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※15~20話くらいで終わる予定です。

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