直感の解答

ブリル・バーナード

直観の解答


「先輩。SOSです!」


 春休みに突入して数日。

 昼食後、突然呼び出されたかと思うと、彼女である後輩ちゃんが真剣な表情でそう述べた。

 ここは後輩ちゃんのお部屋。脱ぎ捨てられたパジャマや僅かに開いたタンス。ベッドに置かれた漫画と寝た跡が残る布団。

 生々しい生活感にドキッとしてしまう。

 ペシペシっと自らの隣を叩いたので、俺は黙って素直に腰を落とす。


「んで、どーした?」

「見てくださいこれ! 苦行です!」

「あぁうん。数学の宿題な」


 折り畳み式のテーブルに広げられていたのは春休みの宿題だ。

 春休みにもかかわらず、高校はご丁寧に問題集を生徒に渡すのだ。遊び惚けて学んだことを忘れさせないために。


「聞いてください。親が酷いんです! 宿題を終わらせないと先輩とお外でデートしちゃダメって言うんですよ!」

「当然だな」

「先輩のばかー! 愛しの彼女の味方をしろー!」


 いやいや。ご両親の言うことは正しい。俺は彼女ではなくてご両親に味方をする。

 しかし、『お外でデート』というところにご両親の優しさがあるじゃないか。こうしてお家デートは許可されている。

 後輩ちゃんは気付いていないみたいだけど。


「はいはい。デートのために頑張ってください」

「うぅー! 先輩はどーなんですか? 宿題の進捗状況は」

「んっ? もう終わっているの決まってるだろ」

「うがぁー! 裏切者ぉー! 頭撫でろー!」

「はいはい」


 涙目で不貞腐れながら問題を睨む彼女の頭をナデナデ。

 少しはやる気が出てストレスが軽減されるといいなぁ。

 目を閉じて猫みたいになったところでナデナデ終了。宿題を頑張ってください。睨んでも無駄です。


「俺は適当に時間を潰しているから。漫画借りるぞー」

「えぇーっ! 問題を教えてくれないんですか!? 今なら問題を解かせてあげますよ! 復習だと思ってどうですかっ!?」

「あぁーそうだなぁー」

「おざなりな返答!?」

「取り敢えず、わかる問題だけドンドン解いていけ。一通り終わった後でわからない問題を教えてあげるから」

「絶対ですよ! 絶対ですからね!」

「はいはい」


 うがぁー、と唸りながら問題に取り組み始めたことを確認して、本棚から少女漫画を借り、クッションを抱えてベッドにもたれかかった。

 仄かに香る後輩ちゃんの甘い香り。なんか落ち着く。


「うぅー……これをこうして……」


 少女漫画って意外と面白いんだよな。絵がキラキラして背景に細かい花の描写がよくあるけれど、内容はとても面白い。


「教科書の確かここに……あったあった」


 やっぱり女子ってこういう危機的状況から助けてくれる王子様が好きなんだろうか?

 まあ、危機的状況に陥っているヒロインを助けたいって言う気持ちはわからなくもない。俺も男だから。


「……ここに絶賛危機的状況に陥っている彼女ヒロインがいますよー。助けてー王子様ぁー」

「残念。俺は一般市民だ。王子様じゃない」

「先輩のあほー」


 キッと一瞬睨んだ後輩ちゃんは宿題に戻った。

 その後、独り言をつぶやきながらも宿題と格闘する後輩ちゃん。

 俺はチラチラと様子を確認しつつ、何度か読み終わった漫画を新しいのと交換する。

 この部屋にやって来て二時間ほど過ぎた時だった。


「一通り終わった! あとはわからんっ! もう……無理! 一旦休憩!」


 脳の処理が限界に達し、プスプスと知恵熱を発する後輩ちゃんが倒れ込んだ。

 もぞもぞと動いて、俺の太ももを枕にする。


「ぐへぇー」


 時刻は15時過ぎ。休憩にはちょうどいい時間だ。

 頑張ったな、とサラサラの髪を撫でると、甘えてスリスリと顔を擦り付けた。猫みたいだ。


「むぅー」


 ぺしっ! ぺしっ! ぺしぺしっ!


「どしたー?」

「彼氏に苛立ちをぶつけています」


 太ももがぺしぺし叩かれる。痛くない。可愛いだけ。


「直観とは経験や記憶から意識的に処理されるヒラメキのことである。難解な問題を考え、一晩寝た後、朝起きてから解答がひらめくのは、睡眠によって記憶が整理されるからなのです」


 突然ぺらぺらと喋り出したけど、一体どうしたのだろう?

 頭の使い過ぎでおかしくなったのか?

 いや、違う。後輩ちゃんの言いたいことはこうだ。


「つまり、眠いから寝たいと」

「そうゆーことぉー」

「ほら。ブランケットだ」

「わーい」


 近くにあったブランケットをかけると、もぞもぞと丸くなって寝るのにちょうどいい体勢を探す。


「おやしゅみなしゃい……」

「おう。おやすみ」


 頭を優しく撫でていたら、後輩ちゃんはあっさりと夢の世界へと旅立っていった。

 気持ちよさそうな無防備な寝顔だ。いつもより幼く感じる。

 軽く頬を突くくらいは許されるだろう。

 むむっ! 何というモチ肌! 今度は起きている時に触ろう。

 15分ほどスヤスヤ寝ていた後輩ちゃんは、寝返りを打った。


「みゅ~……みゅっ?」


 半開きの目と視線が合った。

 にへら~と笑った後輩ちゃんは太ももに顔をゴシゴシ。

 どうやら目が覚めてしまったようだ。


「おはようごじゃいましゅ……」

「おはよう」


 後輩ちゃんの髪を指にクルクルと巻き付けて弄ぶ。これが楽しいんだ。


「で、問題の答えは閃いたのか?」

「……せっかく気持ちの良い目覚めだったのに、その一言で全て台無しになってしまいました」


 そういう割には蕩けそうな笑顔ですよ。

 スリスリがくすぐったい。太ももを指で撫でないで!


「ふっふっふ! 結果を教えてあげましょう! わからないということがわかりました!」


 でしょうね。

 わからないことがわかったのか。偉い偉い。

 夜に数時間寝ないと記憶の整理は出来ないから。たった15分寝たとしてもさほど効果はないだろう。

 眠気は取れたかもしれないが。


「よし、そろそろ頑張れ。わからないところは教えるから」

「えぇーっ!」

「いつまでたってもお外でデートができないぞー」

「うぅ……頑張ります……」


 渋々勉強に戻る彼女さん。

 うんうん唸る後輩ちゃんの隣に座って問題の解説をしながら、こういうお家デートもいいな、と俺は密かに思うのだった。

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直感の解答 ブリル・バーナード @Crohn

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