デンノウハイタ的セカイ観
よすが 爽晴
精神干渉は求めていない
電脳世界は死んでいる。
朽ちたのだ、廃れたのだ。そんな事が起こるなんて、誰が考えただろうか。
曖昧な感情と希望論だけが並ぶそこはひどく殺風景で、コンピュータールームや研究室は呼吸すらやめてしまった。そんなものなのだ、その程度だったのだ。
名前も知らない世界の中で、今日も俺は一人で歩く。手には何も持たず、ただこの身一つで。それがきっと、今の正解だから。
「あれ、こんなところでなにやってんだよ」
「ん?」
ふと、かけられたそんな声。
聞き覚えがあるそれはひどく退屈そうで、その上なんだか居心地すらもよく感じる。不思議で、なんだか変な気持ちだ。
「なんだよ、辛気臭い顔しやがって」
顔だけが判断材料になったわけがない。きっと、こいつだって俺の『中身』を覗き込んでいる。それこそ、考える事をやめて。
「そんな、辛気臭い顔なんてしていないし辛気臭い事も考えていないからな」
「嘘つけって、見えているぞ」
見えている。その言葉に、どんな思考があるのか俺は覗きたくない。
サイバーテロに怯え電脳世界を捨てた科学者は、あろう事かその代わりになる世界を探し始めた。サイバー攻撃に比較的強く、コンパクトで。そしてなにより、世界の誰もが持っているもの。そこでなにを思ったのか時の科学者達は、あるものを携帯端末にする事を思い立つ。
それがこれ――俺達の、脳みそ。
どういう原理かは国民にも詳しく説明されていないが、どうやら俺達が生まれた時に国から支給されるイヤリングがどうやら脳に信号を送る役目になっているらしい。それが普及してからは、世界は大きな進歩を遂げた。
だって、携帯を持つ、忘れるという事がなくなったのだから。強いて言いうならイヤリングを忘れる事だけど、これだってアクセサリーなのだから周りがすぐに気づいてくれる。身体が携帯端末なのだからそれなりの電波は出ているし、電子マネー決済もお手のもの。電話がきても、気づかなかったがない。そんな、あまりもの画期的な存在。それは誰もが持つ事ができ、誰にも平等に与えられる。今の世界は、そんなものなのだ。
「……あほくさ」
「え?」
小さく首を横に振りながら、俺はイヤリングを乱暴に外した。このイヤリングには、プライバシーがない。だって、これは電波だから。つまり俺の思考は電波に乗り、誰かの思考へ届いてしまう場合がある。いつからかみんなそれを無意識に覗き、無意識に顔色を窺っているのだ。だから俺は、これが嫌いだ。
「今日はなに食おうかな」
おもむろにポケットから取り出した四角い箱を眺めて、頬を緩める。少し錆びれた、携帯端末。もう持っている人すら少ないだろうそれを、俺はそっと撫でた。あぁ、そうだ。やっぱりこれの方が性に合っている。電源を入れて立ち上がった世界は、脳内に広がるものと遜色なく色鮮やかだ。色鮮やかで、俺しかいない空間だ。
けど、それでいい。それがいいから。
「本当、みんなムイッターも脳みそからやっているしよ」
絶対それ、いつか意図しない書き込みを無意識にして炎上すると思うぞ。絶対端末から一回考えてやった方がいい。
冗談半分、本気半分。けれども実際、この世界は繰り返すと思う。それこそ、次はこのイヤリングが捨てられる番だ。
「まぁ、いいんじゃないかな?」
携帯端末の地図アプリを立ち上げて、俺はGPSをオンにする。脳内でそんな事をしたらなにかあった時の自宅情報などプライバシーがないけど、独立した携帯端末だとその心配も少しだけ軽減される気がした。
きっと、近い将来世界は戻る。携帯端末が普及した、かつての世界のように。
それまでここは、電脳の世界は俺の世界だ。俺だけの、城だ。
「まぁ、しばらくは誰も戻ってこないだろうな」
頬を緩めて、携帯端末の画面を操作する。
それは、誰かの考えを見ているわけではない。
俺の直観が、そう言っているから。
デンノウハイタ的セカイ観 よすが 爽晴 @souha
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