直観でパンツの色を当てる男の話

成井露丸

直観でパンツの色を当てる男の話

「――空色だ」


 桐生院きりゅういん孔明こうめい。何の迷いもなくその言葉を言い放った男子生徒に、二人を取り囲んでいた野次馬達は息を呑んだ。廊下に立つ皆の視線は、やがてもう一人の人物に注がれる。

 愛想あいそう善子よしこ。高校二年生首席の女性生徒会長。美しい彼女は頬を赤らめた。


「――その通りよ」


 項垂れる少女の周囲にどよめきが広がる。一年生の男子が、二年生の生徒会長を正々堂々とした勝負で退けたのである。


『僕があなたのパンツの色を当てられたなら、僕の彼女になってください。そして今度の生徒会長選挙では副会長候補として僕を支え――僕を生徒会長に押し上げてください』


 爽やかな弁舌で約束を取り付けての――大勝利だった。

 全校生徒に慕われる天性の美少女――愛想善子の絶対安定政権は、ここに崩れたのである。


 私立しりつ快性かいせい高校こうこう。国家官僚や国際的リーダーを多く輩出する日本屈指のエリート高校。その頂点が今――パンツの色当てによって入れ替わったのだ。――ときが見える。


「――桐生院さん、マジでハンパねぇ」


 そんな桐生院孔明のことを、快性高校の一般生徒モブキャラたちは憧れの目で見ている。この一般生徒たちこそ後の国家官僚かすみがせきやくにん日系一流企業重役しょうわからのれがしーたちである。


 生徒たちが驚くのも無理はない。この桐生院孔明、既に入学後百人を超える女子生徒の千枚を超えるパンツの色を当てているのである。その正答率は百%。彼の直観は本物だった。ことパンツの色にかけては。愛想善子のパンツは露わにすべき最後の一枚だったのだ。


「――愛想先輩。貴女は美しく聡明だ。だからパンツの色以外で勝負していたなら、それがどんな勝負であっても、僕は貴女に勝てなかったでしょう。でもパンツの色当てでは――貴女は絶対に僕には勝てない」


 床にへたり込む愛想善子の前に片膝をつき、その肩に手を乗せる桐生院孔明。その紳士的な仕草に、女生徒たちは溜め息を漏らした。愛想善子は彼を見上げる。眼尻は濡れ、瞳孔は開いていた。


「桐生院くん。私は潔く負けを認めるわ。ええ、私は貴方を支えます。副会長として、――そしてプライベートでも、貴方の婚約者フィアンセとして」

「――よろしく頼むよ、善子」

「はい。――孔明さま」


 孔明が右手を差し出し、善子がそれを取る。立ち上がった二人は、取り巻きモブキャラたちからの喝采を浴びた。

 いつの間にか善子が彼女から婚約者へと格上げされていた。しかしそんなこと誰も気にしなかった。それほど二人はお似合いカップルだった。

 絶対的才色兼備の愛想生徒会長と、百%の確率でパンツの色を当てられる直観を持つ桐生院。学園が誇る二つの異能が一つの統合体へと進化した瞬間だった。


 後にフォーブス誌はこの邂逅を振り返ってこう記した。「パンツの色が日本の夜明けを作った。それが空色だったことは正に日本の未来を予見していたのだろう」と。


 愛想善子が日本政財界の重鎮である愛想家の長女であることは有名である。一方で桐生院家も負けずと豊かな資産を持ち、学問と芸術に秀でた家系であった。

 桐生院家の長男として生まれた孔明にどのような才能が期待されていたか? それは名付けを見れば明らかであろう。令和の時代を切り開く諸葛孔明のような人物になってほしいと桐生院家は願ったのだ。しかし神様は意地悪だった。神様が彼に与えたのは学問の素養でも芸術の才能でもなかった。それはパンツの色を言い当てる直観だった。


 多くの親族は彼が通常の学問や芸術に才を持たないことを嘆いた。そして誰一人彼の持つ類まれなる異能に気付かなかったのだ。

 そんな時に一人の女性が桐生院家を訪れた。誰も本名を知らないその女は〈百のパンツを穿く女ハンドレッドパンティ〉と呼ばれた。彼がまだ小学生だった頃の話だ。彼女はまだ幼い桐生院孔明にこう告げたのだ。


「あなたは美しい目をしている。その目で私のパンツの色を当ててご覧なさい」


 周囲は彼女の品性を疑い、正気を疑った。――しかし、正しいのは彼女だった。幼い孔明は立ち上がると彼女の穿くミモレ丈のスカート股間部分を指差して、はっきりと言ったのだ。


「レース生地の紫だよね」


 まるで迷いのない言葉。生命の神秘を覆い隠す見えない未来を予見する言葉。女性は自らのスカートの下に手を差し入れて穿いていたパンツをスルリと抜き取った。取り巻きたちが生唾を飲み込む。

 それは本当に紫色のショーツだった。会場がどよめいた。クロッチは濡れていた。

 その後、まだ小学生だった桐生院孔明は〈百のパンツを穿く女ハンドレッドパンティ〉の百ショーツ全てを言い当て、その天賦の才は白日の下に晒されたのだ。


 それから始まった彼の快進撃だった。彼はここぞという時に女性のパンツの色を直観で当て、数々の難局を乗り越えていった。

 今の世界の政治経済がそうであるように、この世はいつも不確実性に満ちている。だからこそ彼のように人の見えないものを見通す直観を持つ者の存在は注目を集めた。多くの人々が彼のそのパンツの色を当てる直観力に期待し、彼を支えた。


 人生の駒を順調に進める彼は難なく名門私立快性高校に合格し、入学した。

 面接入試においては女性面接官と日本政府による財政出動のあり方に関して意見が衝突し危機的状況に陥る局面もあった。しかし彼はここぞという時にその女性面接官のパンツの色を直観で言い当て――事なきを得た。

 そして入学。始まった学園生活の一年目で孔明は早くも生徒会長の座を得たのだ。――しかし彼はそこで止まるような男ではなかった。


「――なあ善子。この学校はこのままで良いのだろうか? このままでは日本は……沈んでしまうのではないか?」

「そうね。このままでは日本はOECDの劣位国に沈むわ。中国と比べての問題じゃない。日本は――日本自身に負けているのよ」

「国家は人なり。人づくりは国造り。僕たちから変えていこうよ。この学校を、未来を、そして世界を」

「――孔明さま」


 生徒会室のソファに座る愛想善子の太腿の上で、膝枕の柔らかさを堪能しながら孔明の目は未来の日本国を見ていた。日本国民一億三千万人の穿くパンツの色を見ていたのだ。


 始まりは私立快性高校の高度化だった。孔明と善子は数々の改革案を断行した。それは国際的な視点では低迷していた私立快性高校を国際水準ワールドクラスの高校に飛躍させるための改革だった。

 もちろん身を切る改革に抵抗勢力はつきものだ。しかし孔明は挫けなかった。抵抗勢力の一人ひとりと対話を重ね、理解を得ていった。どんなに苦しい局面でも最後にはその直観で相手のパンツの色を当ててしまうのだ。誰一人として最後まで抵抗できる者はいなかった。

 改革の中には学園の経営や財政に関わるものもあった。これに関しては理事長(お姉さまキャラ)の説得が必要だった。孔明は一貫した意思で継続的な努力を続けた。理事長のパンツの色を三ヶ月間当て続けたのである。最後には理事長が根負けし、彼の努力に賛辞を送った。


「三国志において劉備玄徳が諸葛孔明を迎え入れる時、三顧の礼を尽くしたと言う。でも桐生院くんは三ヶ月。劉備玄徳よりもずっと長い期間、桐生院くんは一日も間違わずに私のパンツの色を当て続けた。これは凄いこと。だから私は信じる――桐生院くんの力を。彼の指し示す未来を!」


 この時、私立快性高校の理事長は弱冠二八歳。これをきっかけにして彼女は桐生院孔明を影に日向に支えていくことになる。――快性高校OB・OGの巨大な国際ネットワークを駆使して。


 やがて桐生院孔明と愛想善子は私立快性高校を卒業し、イギリスの名門オックスフォード大学へと進学する。海を渡った先でも二人は無敵だった。一人では半人前でも、二人なら世界トップクラスの人々とも渡り合えた。


「I can infer the color of your pants」

「Oh, really? Please tell me」

「Yes. Pink!」

「Wow! Unbelievable!」


 博士号を取得し日本に帰ってきた二人を待っていたのは、低迷しきった日本経済と、制度疲労が極限に達した政治行政システムであった。二人は様々なアプローチから日本再生事業に乗り出した。まだ若い二人だったから、多くの人々の助けが必要だった。この時に活きたのが私立快性高校で培ったOB/OGネットワークと、オックスフォード大学で培った国際的な人脈、そしてパンツの色を当てる彼の直観だった。

 もちろんそれ以外の人々の協力も必要だった。しかし孔明は持ち前の直観で未来を指し示し、人々の理解を得ていった。彼はいつも答えを知っているのだ。――本当のパンツの色は何色なのかを。その意味において日本再生事業とパンツの色は――よく似ていた。


 さて、なぜ彼は直観をもって見えないパンツの色を当てられたのだろうか? 週刊ダイヤモンドのインタビューに対して桐生院孔明はこう答えている。


「パンツの色は人々の行動や態度に現れます。これまで経験してきたことや見てきたパンツの色、そういうものからその奥に存在する連続的な構造を見出すんです。膨大な経験と思考。その縮約として得られる言葉にできない直観を通して――パンツの色は見えてくるんですよ」


 二人の活躍により日本経済と政治行政は再生され二十世紀末以来低迷していた日本は上昇軌道に乗った。日本という国はまさに新しいパンツへと、その下着を穿き替えたのだ。よれよれの昭和の白いブリーフから、心地よくて可愛らしい令和の空色のショーツへと。――あの日、愛想善子が穿いていた可愛らしいパンツに。


 さて紙面が尽きた。令和時代における日本再生の旗手――桐生院孔明の物語は一旦ここで終えることにしよう。

 その後も二人は、米国と中国が東シナ海で軍事衝突起こしそうになった際に両国高官のパンツの色を当てて開戦を未然に防いだり、量子コンピュータによる暗号通貨ハッキング事件に端を発した世界経済危機を救ったりするのだが、それはまた別の話――。


 <完>









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