脱走ドーベルマンの恋慕

田村サブロウ

掌編小説

 警察犬のドーベルマンが1匹、脱走を繰り返している。


 この話を上司から聞いた管理責任者の青柳は、脱走の原因を調べることになった。


 上司いわく、これ以上くだんのドーベルマンが脱走を繰り返したら青柳は減給もありえるという事。青柳にとってはとんだ災難だ。


「で? その青柳先輩の不始末に、なんで自分もついていかなきゃいけないんですか?」


 部下の水口が言った。その声色は不満たらたらだ。


「頼むよ、俺はあのドーベルマンと仲が悪いからとても捕まえられない! 水口ならその点、犬に慣れてるだろ? 適任ってやつだ」


「ぶー、わかりましたよ。その代わり、今夜ラーメンでも奢ってくださいよ?」


「それぐらいならお安い御用だ! それじゃ、尾行をつづけるぞ」


 手で合図しながら、青柳と水口のふたりはともに歩き出した。


 青柳と水口の二人は、今日も警察犬の部屋から脱走したドーベルマンをこっそりと尾行していた。


 今日で尾行は3日目になる。そのどれもで、ドーベルマンは同じ地点にたどり着いてからUターンしているのだ。


 最近に至るまでドーベルマンの脱走は問題化していなかった。なぜならくだんの脱走ドーベルマンが、脱走したままにならず警察に帰ってくるからだ。


 だが、これ以上の脱走はさすがに看過できないと上司が重い腰を上げた以上、青柳は原因を突き止めるしかない。減給がかかっているのだから。


「そういえば青柳先輩。なんであのドーベルマン、ドッグフードの袋なんて咥えてるんですかね?」


「なに? 俺の位置からは見えないぞ? っていうか、よく見つけたな。けっこう距離があるのに」


「へへへ、自分の視力は5.0ですから」


「そりゃすごいな……む! ドーベルマンが止まったぞ!」


 ドーベルマンはドッグフードの袋を地面に落とした。


 その正面には、空いたダンボール箱が置かれていた。


「あ、あれは!」


 ダンボール箱の中身を見て、青柳は既視感を覚えた。


「青柳先輩、行きましょう!」


 水口に連れられ、青柳もダンボールのもとに走っていく。




 * * *




 ダンボールの中には、数匹の犬がいた。


 美しい毛並みをした愛らしい犬が一頭。その下には数匹の子犬がすやすやと眠っていた。


「へぇ! 珍しいですね。この子、スパニエル犬ですよ!」


「スパニエル犬?」


「アメリカ原産の明るく活発な犬種です。ディズニーのわんわん物語に出てくるヒロインの犬がこの種類ですよ!」


「いや、そんなこと言われてもしらんが……」


 水口の犬知識に青柳は戸惑う。


 いや、戸惑いの原因は水口だけではない。このスパニエル犬を見てから、既視感のような違和感が青柳から離れないのだ。


「あらま!」


 水口が嬉しそうな声を上げる。


 その視線の先、ダンボールの中のスパニエル犬がドーベルマンと顔をなめあっていた。


「なるほど。ウチの脱走ドーベルマンはこのスパニエル犬とカップルなんですね。ドッグフードを咥えてきたのは彼女へのプレゼントってやつですか」


 謎はとけたとばかりに、水口は手を叩いた。


 その表情はさわやかで、この件が落着したと確信しているようだ。


「青柳先輩! このスパニエル犬とその子どもたち、ウチの署で飼いませんか? 事情を話せばきっと上もわかってくれますよ」


「……」


「青柳先輩? どうしたんですか?」


「いや、なんか魚の小骨が喉にひっかかったような違和感がな。このスパニエル犬、な~んか見覚えがあるようなないような」


 頭を指でコンコン叩きながら青柳は記憶をあさる。


 2秒後、青柳は該当する情報にたどりついた。


「思い出した! このスパニエル犬、俺が捨てた犬だ」


 ドーベルマンは青柳に襲いかかった。




 * * *




 後日談。


 警察犬の管理責任者でありながら犬を捨てたという青柳の話は、当然ながら上層部の大ひんしゅくを買った。


 減給確定!!


「そんなぁ~~~~!!」

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脱走ドーベルマンの恋慕 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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