黙って座ればぴたりと当たる

水円 岳

「直感と直観は違うのよ」


 ママが、またぞろ変なことを言い出した。商売柄こだわるポイントが一般人とズレてるのは理解できるんだけど、その一般人ど真ん中にいるわたしを巻き込まないでほしいなあ。

 もっとも、わたしが何を言ったって聞きゃあしない。適当に相槌を打ちながら言わせておくしかない。せめてネイルを塗り終わってからにして欲しいんだけどなー。気が散るから。


「いったいなんの話?」

「だから直観の話」

「蛍光灯のこと?」

「今時蛍光灯なんてものを持ち出してる時点で、あんたの直観はサイアク」

「へー。蛍光灯と互換タイプのLED直管もあるけどなー」

「それは関係ないから置いといて」

「どこに?」


 話を逸らそうと思ってぼけてみたんだけど、ママには通用しなかった。わたしが全文聞き流しモードに入っていることなんか一ミリも考慮しないで、立て板に水でママが一方的に無駄話を垂れ流し始めた。


「直感、ちょくに感じるの方は勘よ。第六感てやつ。天啓、啓示ね。根拠なんか探すだけ無駄」

「ほーほー」

「それに対して、直観、ちょくるの方は、閃き。その閃きにはきちんと根拠があるの。理論だったり思考だったりがバックボーンにあって、鍛え上げられたそれらが閃きを支えている」

「ふうん。で、それがなに?」

「あんたの直観は最悪ね」


 要らんわ、そんなもん。勘も閃きもわたしは嫌い。嫌いになった原因をママが作ってるってことにこれっぽっちも気づいてない時点で、ママの直感だか直観だかの『ピピっと』系がどんなに胡散臭いかは推して知るべし。


「で、違うってのはわかったけど、だからなんだっていうわけ?」


 どうせろくなことに援用しないんだろうけどさ。案の定、頬を薔薇色に染めたママが両拳を握りしめて力説した。


「これまで、飛び抜けている私の占い能力は、神に愛されて授けられた天賦の才能だと思ってたわけよ。恐ろしいくらい当たるからね」


 こんなろくでもない女を愛する神がいたら、それは神とは絶対に呼ばれないと思う。悪魔以下だよ。


「で?」

「でも、それは私の勘違いだった。私の鋭い直観は第三者から与えられたものじゃなく、私が切磋琢磨して鍛え続けてきた思考、感性、理念が統合されて発露したものだったの!」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに、空いた口が塞がらない。

 思考? 思考停止の間違いでしょ。感性? 不感性だよね。恐ろしく感受性に乏しいから。自分のことしか見てないし。理念が聞いて呆れるわ。昨日言ったことすら忘れてるくせに。

 なるほどなあ。そういうがらくたが統合されると、こういうオバカを暴露するようになるわけかー。


「いいけどさ。で、その直観とやらが冴えるとどんないいことがあるっていうの?」

「ふふ」


 ママがにやりと笑った。思考のネジが飛んでいる時にはろくなことを考えない。いやあな予感がする。


「感染しているかどうかは、PCR検査っていうので調べてるんでしょ?」


 そっちかっ!


「みたいね」

「で、偽陽性とか偽陰性とかがあって、精度はひゃっぱーじゃないわけよ。時間もお金もかかる」

「まさか、ママが占いで当てようっていうわけ?」

「そう! 私の能力が直感じゃなく直観でもたらされているのなら、絶対に外れないわ」

「てか、そういうのって医療行為だから、外野が勝手にやったらダメなんちゃう?」

「あら、占いってそういうとこ便利よ。当たれば大儲け。外れたらしょせん占いだから信じるも信じないも相談者側の問題」


 やれやれ。こういうところにだけ妙にロジックが働くんだよね。それをもっとまともなところに使って欲しいけどな。


「まあ、やってみたら?」

「もちろんよ!」


 気合い爆裂の状態で、ママが仕事用の衣装に着替えに行った。わたしは、きれいに塗られたネイルを確かめながらひとりごちる。


「そろそろ離脱すっかなー」


◇ ◇ ◇


 ママの見立ては、現時点で百パーセント当たってる。つまり、ママの自慢……直観が優れているというのは『半分だけ』当たってるんだ。なぜ半分か。ママの直観による見立てが、見事に逆に出るからだ。

 ゴーの見立ての時はストップ。いい人よという見立ての時はろくでなし。儲かるという見立ての時は大損。ここまで当たらないと、直観がどうのこうの以前の問題だと思うんだけどね。


 でも、外れ方が正反対になるのは、ママの見立てのベースになっている思考、感性、理念の裏面が見事に統一されていて、しかも高精度だということを示しているの。

 わたしがなぜそれに気づいたか。ママは、わたしが絶対に嫌で受け入れられないということばかりをわたしの好みだと思っている。幼い頃は、嫌がらせじゃないのかと思ったけどね。でもママはまじめに、大まじめにそう信じているんだ。それこそ、恐ろしいくらい逆向きの直観で。


 それに気づいたわたしは、ママの誤りを訂正するんじゃなく、利用することを思いついた。占い師のマネージャーになって、ママを利用するってことを。アポイントメントは全部わたしがさばく。で、相談者には最初に言っておくんだ。


「母は必ず逆のことを言いますので、見立ては逆に解釈してください」


 あとは何も余計なことを言わなくて済む。楽ちん。

 ママにも釘を刺しておく。


「相談者がいっぱいいるから、無駄話をしないで見立てだけ話すようにしてね。黙って座ればぴたりと当たる。それでいいの」


 裏表以外の余計な情報を混ぜられると精度が下がる。占いの際に二択に徹することだけは、わたしが徹底させた。まるっきり当たったことがなかったママの占いは、これでもかと当たるようになったわけ。


 でもね。ママの歪んだ直観にいつまでも付き合ってはいられない。ママのマネージャーをしている限り経済的に困ることはないけれど、ママがわたしの不快感に気づいてくれることも生涯ないわけだから。


 スケジュールノートをソファーの上に放り投げて、最後にそれを一瞥する。裏返しの鋭い直観。それは、本当に優れていると言えるんだろうか。


「もう、わけわかんない」



【 了 】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黙って座ればぴたりと当たる 水円 岳 @mizomer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ