佐藤と塩 混ぜると危険

琉水 魅希

第1話 モブ少年との付き合い方

 「自分のに聞いてみなさいっ!」


 学校の校舎裏。バトル漫画では番長が戦うような場所。

 いじめられっ子が放課後ボコられる定番の場所。


 そんなイベントが起こる定番の場所で、唐突に女子生徒に怒鳴られた男子生徒。

 女子生徒は怒った顔でふーふー言いながら踵を返しどこかへ行ってしまった。


 彼の名は佐藤一郎。何の変哲もない高校生。

 どこにでもいる普通の、目立つわけでもなく目立たないわけでもない本当にごく普通の高校生。

 敢えて言うならエンディングロールで、通行人Aと名前が付くかどうかというくらい周囲に溶け込んでいるくらいの認識度。

 それはフルネームが示す通りでもあった。 


 佐藤はこれまでの事を思い出そうとするが、彼女に怒声を浴びせられるような何かをした覚えがない。

 額に指を当ててう~んと唸って思い出そうとするが一向に思い出せる様子もない。

  

 

 家に帰ってからも考えてみるけど思い当たる節がない。

 宿題も忘れて夕飯後も風呂の中でも考えてみたが、微塵も思い出せない。


 あれだけの美少女ならば思い出せないはずもないのにと。

 怒声を浴びせられる前の彼女は、黒髪ロングのストレートで清楚な少女というイメージだった。それがあの激おこぷんぷん丸である。


 諦めて寝る事にする佐藤。

 

 その夜、ブラジルやエチオピアを旅する夢を見た。


 そして目が覚めた。



 「あ、あの時の彼女だったのか。」

 一晩考えて考えて思い出せなかったのに、朝起きたら全て思い出したようだ。

 あースッキリしたと、佐藤は目覚めのコーヒーをセットする。

 某作品が好きな佐藤は、ブルーマウンテンとキリマンジャロの豆を愛用している。


 好きなだけの素人が豆についての細かい知識があるわけもないのだけれど。

 オリジナルブレンドと称してこれが豆の百合だと言い、略すると卑猥な言葉になる二つの豆を混ぜる。

 「これがブルシャロマンコーヒーだ。」

 区切る箇所を誤るととても卑猥であるのだが、それについて今指摘する必要はない。


 「この最後のブルマンを手にした時に取り合いになった彼女だったなんてね。」



☆ ☆ ☆


 何年か前、ブルーマウンテンの豆を栽培している国での採取量が減り、近いうちに日本からブルマンがなくなるのではないかと一部噂になった事がある。

 それは他のコーヒーがせいぜい700円という中、1杯千円やそれを超えるという値段からしても希少度は多少なりとも垣間見れる。

 だが実際はそれから数年経った今でも同じ値段で提供されている事からも、どこからどこまでが真実で現状はどうかなど佐藤にはわかりはしない。


 ちょうど家にあった豆が切れていたために買い出しに行った馴染のコーヒー店へと行った時の事。


 そこには最後のブルマンの豆袋が置いてあった。

 佐藤がそれを手に取ろうとした所でほぼ同時に袋に手が触れられた。

 一つの豆袋に二つの手と手。重なり合う二人の手。

 「「あ……」」


 「これは俺が先に。」

 「いいえ、私が先に。」


 という感じでやり取りが始まり、ああでもないこうでもないと発展し、もみくちゃになりそうなところで佐藤が反対の手を出した先に……

 彼女の胸を掴んでしまうというハプニング。

 彼女は豆袋を離し「今日のところはそのブルマン譲ってあげるんだからねっ」と言って走り去っていった。



 しかしそれは昨日や一昨日の事ではない。


 ひと月は前の話だった。それは覚えていなくても仕方のない事である。


 あの時の制服は夏服、今は冬服。同じ学校に通っていても接点のない相手であれば覚えていなくても仕方ないのである。


 恋慕や憎悪のような、あるいくつかの感情を抱いた者でなければ。


☆ ☆ ☆


 佐藤は学校で彼女と再び対峙していた。

 若干風が吹き、木の葉が舞い散る校舎裏で。


 番長漫画ではここで二人の殴り合いの喧嘩が始まるであろう場面風景である。


 「あの時のブルマンと胸の恨みは私は忘れてはないからねっ。後は……ごにょごにょ」

 彼女は拳を握ってふんふんと身体に力を入れている。


 「あの時はごめんなさい。美味しくいただきました。(ブルマンを)」

 佐藤は深々と90度頭を下げた。申し訳ございませんと謝罪をする時の角度である。


 「なぁっ、なっ。」

 彼女は真っ赤になっている。それは怒りからか羞恥からかは佐藤にはわからない。

 せっかく入れた力と決意は霧散していった。


 「あのブルマンのおかげで毎朝のコーヒーライフが保たれたよ。」

 佐藤はしれっと言う。

 ブルマンとキリマンの絶妙なバランスがと思っている佐藤には死活問題でもあったのだ。

 もちろん単体で飲む事の方が多いのではあるけれど。

 それこそ彼女の胸を掴んででも豆は離さないくらいには。



 「……それで?思い出した貴方は私に対しての謝罪というか誠意を見せてほしいの。」

 昨日はつい感情的になって怒鳴ってしまったけど、今日はきちんと話をしたいと彼女は言う。


 「……掴んだといってもあるかないかわからなかったけど……」

 にぎにぎと手を握っては離す佐藤。



 「ぬぁにぃ?それが女の子の胸を鷲掴みにした者の言葉なのっ!?」

 黙っていれば美少女の彼女の表情に怒りと何かが入り混じる。


 「あ、ごめんなさい。とても掴み心地も良く、高級豆にも劣らないとても素晴らしい香ばしさと感触でした。」

 早くこの場を去りたい佐藤は、テンパってしまい自分が何を口に出しているのか支離滅裂であった。


 「それは褒められてるのかどうかわからない感想ね。」


 「貴女は乙女の大事なものを奪いました。責任を取って付き合ってもらいます。」

 本当は一目惚れしたけど中々話しかけられず暴挙に出た事は彼女にしかわからないが、それは彼女のない胸にしまっておいた。

 半ば諦めた彼女は話を進めるべく先の事は流すことにした。そして軽く爆弾を投下する。

 

 「お突き合いをさせていただきます。」

 佐藤にはそう答えるしかなかった。これまでクラスではモブを徹していたけれど、胸鷲掴み事件をもし言い振られでもされたら犯罪者の烙印を押されかねない。

 いくら好きな豆のためとはいえ、女子の胸を掴んだことには変わりがない。後ろめたい気持ちは佐藤にはあった。

 それと、実のところ彼女が佐藤の見た目の好みでもあった。


 黒髪ロングのストレートで貧乳。それは佐藤の好みドストライクでもあった。

 攻め責めな性格はちょっと違うけど……

 豆を取り合うくらいだ、コーヒー好きな点も佐藤の中では好感度へと成りえた。


 「少し言葉のニュアンスがおかしいけど?」


 「お付き合いさせていただきます。」

 出会いはともかく、コーヒー好きに悪い人はいないと納得する佐藤。



 「あの時、取り合いをして態と胸を掴ませたかいがあったわぁ。」

 唐突に爆弾を投下する彼女。佐藤は苦笑いで返すしか出来ない。

 てへぺろと舌を出す姿が今では可愛く見えてくる事を実感する。


 「ぐっ、あれも計算だったのか……」

 佐藤は思い出してみると、シャイニングフィンガーのように右手を伸ばした時に、自ら身体を寄せてきたような気がしてきていた。



 「強烈なインパクトを残せば私の事が頭に残るからね。」

 「あなたは強めに押せば深く考えて真摯に対応してくれると思ったから。」

 他の生徒達から佐藤の情報を集めた結果、彼女が導き出した答えであった。


 「これは私の経験則だよ。まさに鍛えられた直観力ね。」

 真摯に対応=脅し=告白と思った佐藤だが口には出さなかった。


 「というわけで、これからよろしく。」

 差し出された右手を佐藤は掴むのを躊躇う。


 「え?何?彼氏じゃなくて舎弟の方が良かった?」


 「あ、いえ。彼氏が良いです。」

 佐藤は彼氏の方がと言わなくて正解だった。もし彼氏の方が良いと回答していたら……また言い合いに発展していただろう。

 拳と拳を握り合う事はなかったけれど、手と手は握り合った二人。


 赤面する二人はようやく一組の男女から一組のカップルへと昇華する。



 「今更だけど私の名前は……」


 「ナイペタさんでしたっけ。」


 「塩野桜子しおのようこよっ」

 握った手に力が入るのがわかる佐藤。


 (これから尻に敷かれるんだろうな。)

 姉のいいようにこき使われてきた経験と記憶が、佐藤の直観として頭を過ぎっていた。


 佐藤と塩、混ぜると危険となるのは別の話。


 このまま佐藤の家に行って先日のブルマンを飲むのは別の話。


――――――――――――――――――――

 後書きです。


 甲竜伝説ヴィルガストなんて覚えてる人いる?

 貧乳=ナイペタという言葉を確立した作品だと思ってます。

 ナイペタって電撃魔法なんだけどね。

 あれ以来自分の中でも貧乳=ナイペタの表現を使う事が増えた。

 かつては携帯のアドレスに入れるくらいには。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佐藤と塩 混ぜると危険 琉水 魅希 @mikirun14

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ