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小ネタ 八百万の神は実は三千万以上の神だった?」への応援コメント

  • 中国の古い文献では、「たくさん」の意で三百とか三千とかよく使うそうですが、三千万の神々というのも、もしかしたら大陸由来の「数えきれないほどたくさん」というくらいの意味だった可能性もあるかもしれないですね。
    日本の場合は、末広がりで「どこまでも広がるくらいたくさん=八百万」というくらいの表現が定型化したのかもと考えると、数字とオトの相関って面白いなと思います。

    全然関係ないですが、子供がよく使う「一億兆万円」みたいな表現も広義的には同類かもしれないと思うと楽しいです。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     成程、中国では三の単位が沢山という意味なのですね。だとすれば、天神千五百万、地祇千五百万の神々は三千万から半分になったという可能性も考慮できますね。勉強になりました!

     「一億兆万円」みたいな表現も広義的には同類かもしれない。そうですね確かに上古の文化ともしかして繋がっているんじゃないかってたまに思う事がありますよね。例えば、過去に取り上げた武埴安彦の妻の吾田媛が密ひそかに来て倭の香山の土を取って、倭国の物実と言って、大和の地の土を取る呪術的行為が、甲子園児が敗退した時に土を持って帰る様な行為と繋がっているんじゃないかとか。だとしたら、ちょっと怖いですけどねw

    *追記
     後で気付いて本文にも追記させて頂きましたが、岩波文庫版『日本書紀』によれば、『日本書紀』一巻神代条第四段の記事にある「千五百秋」について「千五百は極めて多い数の意。千五百秋で永久という程の意」とあります。又、『日本書紀通釈』巻之五にも『日本書紀』一巻神代条第五段の記事にある「千五百頭」について「千五百はたた多き大方を云言なり」と、実数ではなく多い数の意味であるとしています。つまり、本稿で取り上げた「天神千五百萬。地祇千五百萬。」も実数ではなく、多数を比喩した古い表現のようですね。

    編集済