探偵がいるから事件が起こる②ラスト

 夢亜たちは、竹林から直接、口裂け女を目撃した小学生の家に向かった。

 家の応接室に通された夢亜たちの前に、母親につき添われて、口裂け女の目撃者──F太くんが現れた。

 F太くんは、怯えた様子だった。

 夢亜がF太くんに質問する。

「君が竹林でスコップを持った長靴の口裂け女を、友だちと一緒に目撃したF太くんだね……お姉さんに、その時のコトを教えてくれないかな……竹林の敷地外から、口裂け女を見たの?」

 F太くんが、うつ向き加減で答える。

「ううん、竹林の中で……秘密基地に行く途中で」

 剣原警部が。

「他人の敷地に無断で入るのは、小学生でも……」

 そう言って、剣原警部は渋い顔をした。

 夢亜が、人差し指を自分の唇に当てて剣原警部に沈黙を要求してから。

 母親に少し席を外してもらうようにお願いして、F太くんへの質問を続ける。


「竹林の中に、秘密基地を作っていたの?」

「うんっ、友だちと一緒に段ボールで……でも、A爺に見つかって竹林の外に、第一秘密基地は捨てられちゃった」

「第一秘密基地? 竹林の中にもうひとつ秘密基地があるの?」

「あの秘密基地なら絶対にA爺には、見つけられないよ……オモチャやマンガ本を隠してあるんだ」

「そうなんだ」

 少し考えてから、夢亜がF太くんに言った。

「何かあったら、地獄坂堂の二階にある、薄汚なく狭い探偵事務所に来て……相談にのるから」


 それから数日間は、何事も起こらなかった。

 地獄坂堂の事務所を訪れていた、剣原警部が言った。

「結局、竹林の口裂け女の真相はわからずじまいか……F太くんの母親が、A爺の所有する竹林にF太くんが立ち入らないように注意して終わり……なんかスッキリしないなぁ」

 SF小説を読んでいる夢亜が、抑揚が無い口調で。

「そうですね」と、だけ返答する。

 夢亜が読んでいる単行本はCL・ムーアのヒロイックファンタジー『処女戦士ジレル』シリーズの『暗黒神のくちづけ』だった。


 夢亜が窓の外を眺める。

 夕刻の空から、雨がポツポツと降ってきていた。

「降ってきましたね」

 その時──真っ青な顔でF太くんが、事務所に飛び込んできた。

「で、出たぁ! 口裂け女が出たぁ!」

 息をきらせて怯えているF太くんに、水を一杯与えて落ち着かせてから、夢亜が訊ねる。

「どうしたの?」

「A爺の竹林に、第二秘密基地に隠してあった、超合金のオモチャを取りに行ったら【縦穴の中から逆さになった、長靴をはいた口裂け女の両足が出ていたんだ】怖くなって逃げてきて」

「穴の中から、長靴をはいた口裂け女の足が出ていた?」


 黒雲から降ってくる雨は、激しさを増して本降りの豪雨となっている。

 窓ガラスに当たる雨を眺めていた夢亜が、ハッとした顔で剣原警部に言った。

「宇宙の謎がひとつ解けました! 剣原警部、大至急A爺の竹林に向かってください! A爺の命が危ない!」

 

 次の日──探偵事務所にやってきた剣原警部が言った。

「夢亜くんが言った通り、あと少し発見が遅れていたら。水没した穴の中で逆さになったA爺は溺れ死んでいた」

「そうですか……それは良かったです」

「しかし、まさか竹林に現れた口裂け女の正体が、口裂け女に化けたA爺だったなんてな」


「子供を竹林に近づかせないために……口裂け女の噂を利用したんでしょうね。白い着物と黒髪のカツラをつけたマスク姿で」

 剣原警部は、急須から湯呑みに注いだ温い番茶を飲みながら夢亜に訊ねる。

「どの辺りで、口裂け女の正体がA爺が化けているとわかったんだ?」

「口裂け女が、スコップと長靴をはいていた……って聞いた時から、なんとなく」


「それにしても、なんでA爺は自分が掘った穴の中で、逆さになって気絶していたんだ?」

「F太くんの気配を感じて、慌てたんで正念場……うっかり転倒して、頭を打って意識を失ったんでしょうね」

 剣原警部が、疑問が残る顔をする。

「それにしても、わからないなぁ。なぜA爺は竹林の中で穴を掘っていたんだ? ゴミでも埋めるつもりだったのかな?」

「逆ですよ、穴の中に隠してあったモノを掘り出して。別の場所に隠すためですよ……口裂け女の噂が予想外に広がってしまったので」

「なにを掘り出そうとしていたんだ?」


 読んでいた小説を閉じて夢亜が言った。

「おそらく、脱税したお金」

「そうか、穴の中を掘り返して調べてみよう! ポマード、ポマード、ポマード 」

 そう言うと、剣原警部は部屋を出ていった。


 剣原警部がいなくなると、それまで黙っていたレオが、両手を幽霊のような仕種で揺らしながら言った。

「たたりじゃ~八墓村のたたりじゃ~」

 夢亜が冷めた目でレオを眺める。

「違いますよ……湖面から逆さになった足が出るのは、八墓村じゃなくて『犬神家の一族』です……探偵だったら、もう少し勉強してください」

 それだけ言うと、椅子から立ち上がった夢亜は探偵事務所から出ていった。



第3話・地獄坂夢亜は古書店の二階にいる~おわり~



※「たたりじゃ~」昭和五十三年にヒットした映画『八墓村』のテレビCMで流されていた言葉、その年の流行語にもなった。


※【口裂け女】岐阜県あたりから全国に広まった都市伝説「ポマード」と三回唱えると逃げていく(?)らしい〔1970年代には、すでに噂らしきモノがあったようなので。本来は1979年辺りが噂ブームですが。1977年設定で使わせてもらいました〕


※【超合金玩具】

1974年に発売された、ダイキャストを使用した玩具シリーズ……第一号は「マジンガーZ」

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昭和の古書店で地獄坂夢亜が推理する〔ミステリー〕 楠本恵士 @67853-_-

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