第3話・地獄坂夢亜は古書店の二階にいる

探偵がいるから事件が起こる①

 昭和五十三年〔1977年〕いつものように昭和の下町古書店。

【地獄坂堂】の二階にある探偵事務所では探偵の『八名垣獅子レオ』と、その助手で古書店大家の孫娘『地獄坂夢亜』の二人は今日もヒマしていた。

 レオが言った。

「ヒマだなぁ」

 椅子に座って小説の単行本を読んでいる。夢亜が適当に返答する。

「ヒマですねぇ」

「今日は何を読んでいるんだ?」

「CL・ムーアの『ノースウェスト・スミスシリーズ』……【暗黒界の妖精】」

「あ、やっぱり……またSF小説か」


 天井を見上げながらレオが呟く。

「今年からはじまった、募金番組の『二十四時間テレビ』……来年もやるかなぁ?」

「さあ、どうでしょうかね」

 その時──勢いよくドアを開けて、レオの叔父の『剣原警部』が叫びながら飛び込んできた。

「レオォォォォォ!」

 剣原警部は、叫んだ勢いを保持したまま奇妙なダンスをはじめる。

「サタデーはナイトでフィバー♪」

 夢亜が少し呆れ気味に言った。

「ジョン・トラボルタ主演の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』ですか……警部も好きですね」

「土曜日はディスコでフィーバー! そんなコトより、レオ。【竹ヤブの中で白い着物を着た、マスクの口裂け女が立っていたら】おまえなら、どうする?」

「取っ捕まえて、サーカスに売っ払って見世物にします」

「ブーブー、おまえ本当に、それでも探偵か」

 夢亜が読んでいたSF小説を閉じて、剣原警部に訊ねる。

「また、ややっこしい事件ですか?」

「さすが、夢亜くん……よくわかったな。町外れにある竹林を知っているだろう」

「あの、強欲な大地主『A爺』が所有している竹林ですね……いじわるジジィのA爺」

「そうだ、学校帰りの小学生が夕方に竹林の中に黒い長靴を履いて、先が尖ったスコップを担いで立つ髪が長い【口裂け女】を目撃したそうだ」

「長靴を履いて、スコップを持った口裂け女?」

「竹林の口裂け女を目撃した小学生たちは、怯えて学校を休んでいてな……知り合いの校長から、子供たちが怖がっているから。

なんとか真相を解明してくれないかと頼まれた……また、ポケットマネーで依頼料出すから、事の真相を探ってくれないか」


 依頼料と聞いて、夢亜の目が輝く。

「もちろんやります! 困っている人を助けるのが探偵の仕事ですから! 先生、仕事ですよ!」

『矢名垣探偵事務所』は完全に、夢亜に仕切られていた。


 後日、夢亜、レオ、剣原警部の三人はA爺が所有する竹林にやって来た。

 剣原警部は今日は、公休なので。

 いつものトレンチコート姿ではなく、私服のおじさんだった。

 ロープが張られた、竹林を見ながら夢亜が言った。

「ずいぶん広い竹林ですね……ドケチで強欲なA爺の所有地にしては、ちゃんと整備されている」

 剣原警部が言った。

「A爺が一人で管理しているらしいぞ……今がタケノコの時期でなくて良かった……A爺はタケノコ泥棒には目を光らせているからな、その割りには一度もA爺は警察にタケノコ窃盗の被害届を出していないが」

「警部の話しを聞いた限りでは、口裂け女の目的はタケノコ掘りじゃなさそうですね」


 その時──中古の軽三輪トラックに乗った、A爺が三人の前に現れ。

 夢亜たちを一瞥いちべつして言った。

「なんだ、あんたたち……ここは、オレの竹林だぞウロチョロするな」

 夢亜が、気難しそうなA爺に質問する。

「竹林の中で【口裂け女】の目撃があったんですが……何か思い当たるコトはありませんか?」

「あんたたち、警察か?」

「いいえ、探偵です」

「探偵? ふん、子供の戯言につき合うとは、ヒマな探偵だな……竹林には二度と近づくな、いいな」

 それだけ言うとA爺は、三輪トラックを運転して行ってしまった。

 SF単行本の縁で額をトントン軽く叩きながら、何やら考えていた夢亜が剣原警部に言った。


「竹林で口裂け女を目撃した子供の家って、わかりますか? 詳しい話しを聞きたいんですが」

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