夢亜が推理する③ラスト

 ジムの中では、片方の目を黒い眼帯で隠した。

 長身の男がボクシングの練習をしている練習生に激を飛ばしていて、ジムに入ってきた夢亜たちを見て言った。

「何かご用ですか? 今の時期は練習生やプロボクサーの志願者募集はやっていませんが……見学者なら大歓迎です」

 夢亜が言った。

「いえ、見学者ではないです……ちょっと、お聞きしたいコトがあって。その前に、あなたはアニメのタイガーマスクに登場する、悪役の『ミスターX』ですか? やたらと顔色が悪い」

「よく言われますが。わたしはミスターXではありません、このジムのトレーナーです……聞きたいコトとは?」

「このジムの中で、最近様子がおかしい人はいませんか?【お酒を飲むと記憶が飛ぶような人とかは?】」

「よく、ご存じで。それなら、ほらあそこのパイプ椅子に燃え尽きたように座っているJが、数日前から元気がなくて」

 ボクシングジムのミスターXは、ジムの裏の小屋に住まわせている。

 アマチュアのデビュー戦が間近に迫っている、Jを指差した。

「普段はいいヤツなんですが……酒飲みで酔うと気持ちが大きくなって、酔っぱらっていた時の記憶が飛ぶんです」

「Jさんの落ち込んでいる理由は?」

「それがいくら聞いても酔っぱらっていて『記憶にございません』を繰り返すばかりで……【もしかしたら誰かとケンカをしていたような気もして、殴ってしまったかも知れない】と自己嫌悪しているので……あんな様子で、デビュー戦を戦えるものかと心配しています」

 この時──夢亜の脳内が弾けた。

「剣原警部、大宇宙の謎がまた一つ解けました! GさんとJさんに真相を伝えてください」


 数日後──Jのデビュー戦を観戦してきた剣原警部が、レオの探偵事務所にやって来て言った。

「結果は、判定負けだったが。いい試合だったよ……Gさんと、GさんのおかみさんもJのデビュー戦の応援に来ていた」

 SF小説を読みながら、夢亜が答える。

「それは、良かったですね」

「しかし、まさか真相がGさんとJの互いの意地のぶつかり合いだったなんて……どこで気づいたんだ?」

「小料理屋で、アントニオ猪木のポスターを見た時──薄々」

 夢亜が解いた謎を語る。

「はじまりは、酔っぱらったGさんとJが、道でばったり遭遇してしまったコトが発端です……おそらく、酔ったJがボクサーの素振りをしながら歩いてくるのを見たGさんの闘魂に、火がついたんでしょうね」


「それで、Gさんが道に寝っ転がってJに向かって『おらっ、かかってこい!』と挑発した」

「Jさんも、しらふだったら酔っぱらったGさんの挑発は無視したんでしょうけれど……Jさんも酔っていたから、ボクサー魂に火がついた」


 ここで疑問を感じたレオが、二人の会話に口を挟む。

「ち、ちょっと待ってくれ! よくわからないんだけれど……【挑発を受けたJが、しゃがみ込んでGさんの頬を軽い猫パンチでピシャピシャ叩き続けたって】叔父さんが事務所に来る前に話していたな……あれは、どういう意味だ? ずっと叩かれていたGさんは、心地いい叩き具合に眠ってしまったと」

「Jさんも酔っぱらっていたとはいえ、無意識に素人を殴ってはいけないと自制力が働いたんでしょうね。でも、ボクサーとしての闘争心は抑えきれない……その結果、しゃがんでGさんの顔をペチャペチャと猫パンチしてしまったんですよ」


 剣原警部が肩をすくめて言った。

「やれやれ、事件の真相が酔っぱらい同士のケンカだったとはな」

 夢亜が小説本から視線を離して言った。

「剣原警部、違いますよ。酔っぱらい同士のケンカじゃありません……プロレスラーの『アントニオ猪木』と、ボクサーの『モハメド・アリ』との異種格闘技戦の再現です……GさんとJさんは、酔っぱらいながら互いのプライドをかけた試合をしていたんです」

 そう言って、夢亜は読みかけのSF小説を読み進めた。


ミステリーは探偵のところに飛び込んでくる~おわり~



※『記憶にございません』 ロッキード事件で、証人喚問を受けた政治家が発した言葉、1976年の流行語になった。

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