赤の他人よりずっといい

湖上比恋乃

直観

 ノースショアで母さんとサーフィンを楽しんだあと、車に戻るとアルバイトの依頼が入っていた。

「母さん」

「んー?」

 サーフボードを片づける母さんに、ショートメッセージの画面を見せる。

「ああ、ヒイロね。帰りに寄ってあげる」

 アルバイト先は母さんの弟の家だ。しかもなかなかにご近所。

「ありがと」

 助手席に乗りこんで、すぐ向かうと返信した。とはいえ家主は不在だ。たまに帰ってくるそこを、直前に掃除するのが私に与えられた仕事だった。

「あとで料理を持っていくから、そのとき一緒に帰りましょ」

 エンジンをかけながら「終わるでしょう?」と言ってくる彼女に「もちろん!」と拳を突き出した。軽くぶつけあって、二人でちょっとワクワクしながら車を発進させる。

「ヒイロに最後の日以外も顔出しなさいって入れといて」

「任せて!」

 母さんは全然怒ってないけれど、怒っているように見せかけた文面にしておいた。これくらい見破られるとも思うけれど、ちょっと焦ってるおじさんが見られるかもしれない。なにせ自分の姉がいるからという理由で島に家を買ったのだ。


 それから数日後、学校へ行こうとバッグを持ちあげたとき、ポケットの中で通知音が鳴った。

「母さん、今日おじさん家で晩ごはん食べるね」

「イロちゃんだけ?」

 そう、メッセージが来たのは私に。一人でいても寂しいから夕飯食べにおいでよ、って。

帰ってしばらく経つといつもそうだ。

「ねー。おじさんが来ればいいのに。母さんも行く?」

「ざんねん。そうと決まれば母さんは父さんとデートです」

「なにそれ!」

 笑う私の額にキスを落として、「遅刻するから、ほら、いってらっしゃい」と言う。

 いつもより少しだけ騒々しい朝だった。


 母さんが持たせてくれた夕食を食べおわると、おじさんはワインをあける。私はソーダ水。でも器にころがるオリーブを口にするのはもっぱら私だ。間接照明だけのキッチンで、食事をする。ダイニングも、なんなら使ったことのないプールだってあるのに、おじさんと食事をするのはいつだってキッチンだ。

「イロくんがオオカミだったら、私はおばあさんかな。それとも赤ずきん?」

「……赤ずきんかなあ」

 傾けていたグラスを置いて答えてくれる。我ながら脈絡のない問いだと思う。

「じゃあ私が人魚姫だったら、イロくんは魔女かな。王子様かな」

 ポリポリ、からん。オリーブの種が増える。

「魔女だね」

「ぜったい?」

「姪をあんな王子に渡したりなんかしないさ」

 あぶない。ソーダを吹きだすところだった。

「人魚姫と魔女は親戚じゃないよ!」

 イロくんは真面目な顔をして、そうだった、そうだったと呟く。二回、ワインを飲み下したのを真似するように私もグラスを空にした。ぷちぷちと口の中で泡がはじける。

「じゃあ」とつづけようとしたところで、目の前が暗くなった。イロくんの手だ。

「ちょっと待って。俺が言う」

 ごくり。飲み干したものをもう一度飲みこんで、「いいよ」と。

「おれとイロちゃんがおじさんと姪じゃなかったら?」

 思わず立ち上がる。

「えー! なんでわかったの! すごいすごい!」

 得意げになっているイロくんの周りでひととおりはしゃいでから、ソーダ瓶の追加を冷蔵庫から取り出した。

「イロちゃんが言いそうなことは大体わかってるつもりだよ」

「うれしいような。つまんないような」

 はしゃぎおわって冷静になる私と、新しくなって激しさを増したソーダ水。

「何度生まれ変わっても、おじさんと姪だと思うな」

「それって結構むずかしくない? まず母さんとイロくんが兄弟にならなきゃいけないし、生まれてくる私は女の子じゃなきゃいけないってことでしょ?」

 真剣に考える私に、やってみないとわからないよ、って笑うイロくんはけっこう酔っている気がする。

「ねえ。明日はうちにおいでよ」

「そうだねえ」

 これは来ないやつだ。私にだってイロくんの考えていることはわかる。

 それからは、母さんが迎えにくる時間になるまで、とりとめのない話をして過ごした。

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