第3話 ホワイトデー当日は寝不足で

「眠れない……」


 時計を見ると、午前3時。もうホワイトデー当日だ。

 晴れて、達也たつやさんと正式にお付き合い出来る(はず)の日だ。


 だから、早めに寝ようと、昨夜の午後10時には布団に入ったのだ。

 なのに、全然眠気が訪れない。


 思い浮かぶのは、これまでの達也さんとの日々……よりも、ここ一ヶ月の日々。 バレンタインデーの日に、気持ちを受け入れてもらえたのが嬉しくて、調子に乗って、「返事は一ヶ月後」なんて事を言ったのが始まりだ。


 とはいえ、気分はすっかり恋人同士。二人きりでの登下校も、デートも楽しくて楽しくて仕方がない。でも、「返事は一ヶ月後」なんて言った手前、恋人同士じゃないと出来ない事は、しづらい。


 というわけで、


(手を繋ぎたい)


 と思っても、


(ギュって抱きしめて欲しい)


 と思っても、グっと堪えてきた。今思えば、私はなんて馬鹿なことを提案してしまったんだろう、って思う。楽しくて、楽しくて仕方がないのに、「返事は一ヶ月後」という自分の馬鹿な提案が、先に進もうとするのを邪魔する。


 そんな、他の誰にも言いづらい悩みだけど、昔からの間柄である優奈ゆなには、つい、色々打ち明けてしまった。


「そんなどーでもいい約束、さっさと撤回すればいいのに」


 と言いつつも、なんだかんだで話を聞いてくれるのが優奈のいいところだ。

 それをいいことに、ちょっと恥ずかしい事も色々打ち明けてしまった気がする。


「でも、とにかく、寝ないと……」


 そう思うのだけど、悲しいことに眠気が訪れてくれない。

 昔、旅行の前は楽しくて眠れなかったけど、それに近いかもしれない。


(うーん、煩悩、退散!)


 無心になろう、無心になろう、と思っても、煩悩が湧いて来るばかり。


 本当に、まずい。このままだと、一睡も出来ずに朝を迎える羽目になる。

 せっかくの日だ。寝不足でクマが出来た顔なんて見せたくないのに。


(寝不足状態の顔見せたら、ゲンナリされないかな)


 しまいには、そんな不安まで湧いて来てしまう。

 達也さんが、今更そんな事でどうこう言わないのはわかっているのに。

 

(恋って、本当にままならないなあ)


 実る前の恋というのは、まだ自制が効いていたと今にして思う。

 だって、気持ちが返ってくるかわからないのは不安だし。

 でも、一度実ってしまえば自制が本当に効かなくなる。


(ああ、達也さん。会いたいなあ)


 これは、深夜のテンションという奴だろうか。

 今すぐ会いたいとまで思い始めている。まずい、まずい。

 優しげな顔が焼きついて離れない。


 そんな、不安と浮かれた気持ちが半々になりながら、結局、私は眠れずの朝を迎えたのだった。


◇◇◇◇


美希みき。大丈夫?今日、休んだ方がいいんじゃない?」

「大丈夫。寝不足だっただけだよ」

「ひょっとして、達也君の事でも考えてたの?」


 親同士の交友関係が密接というのも困りものだ。

 事情を承知しているお母さんは、楽しそうな笑顔でからかってくる。


「もう。ほっといて!」

「はいはい。達也君に愛想尽かされないようにね」

「達也さんは、そんな事で見捨てたりしないし」


 普段、私は、朝からこんな妙なテンションにはなったりしない。でも、一睡もできない状態で朝を迎えた私は、どうにも妙にハイテンションになっている気がする。


 結局、寝不足の顔を鏡で見ると、クマでひどいことになっているので、お化粧で隠すことにした。でも、それでも、なんだか表情がひどくて、本当に、心配になってくる。


 ピーンポーン。あ、達也さんが来たみたいだ。 


◇◇◇◇


 朝日を浴びながらの、住宅街にて。

 本当は、楽しい、楽しい、朝のはずなのに。

 なんだか妙なテンションのまま、先輩と一緒に登校している私。


「なあ、今日で、あれから一か月、だよな」

「はい、そう、ですね!」


 やたら大きな声が出てしまう。


「美希。凄い寝不足ぽい顔だけど。大丈夫か?」


 ああ、やっぱり、そこ、心配するよね。


「え、ええと。少しは。でも、ちょっとくらい大丈夫です」

「昨夜、何時に寝た?」


 嘘は許さないとばかりに見据えられる。


「……午前7時に」

「それ、寝たって言わないだろ」

「すいません。色々、考えすぎちゃって。それに、心配までかけちゃって」


 元はといえば、私が妙な提案をしたせいだ。そのせいで、色々我慢しなければいけなかったのはいいとしても、寝不足になって、心配をかけるのは本末転倒。


「まあ、いいって。今日の事が楽しみで眠れなかったんだろ?」


 なのに、こうして優しい言葉をかけてもらえて、とても嬉しくて。

 なんだか、涙まで出てしまう。


「うう。達也さんには、やっぱり、わかりますよね……」

「お前、そういうのしょっちゅうだったからな。それこそ、小学校の頃から」

「そういえば、そうでした」


 人間関係に不器用で。その癖、可愛がってくれた、達也さんと優奈には人一倍甘えてしまっていた私だ。そのあたりはお見通しというところだろう。


「で、まずは、ほい。ホワイトデーのお返し」


 何やら持っていた手提げ袋を渡される。


「中、見てもいいですか?」

「ああ」


 寝不足の頭で、手提げ袋に入った物を取り出す。

 出て来たのは、両手に収まるくらいの、イルカのぬいぐるみ。


「あ、これ、こないだ、水族館に行ったときに……」

「昔から、お前、イルカ好きだったしな。ちょうどいいかと思って」


 ふと、先日、水族館デートをした時の記憶がよみがえる。

 このぬいぐるみは記憶が正しければ、あの水族館限定のはず。

 私の様子からそれを察してくれたのも、好きなイルカのぬいぐるみをくれたのも、なんだかうれしい。


「ありがとうございますぅ。達也さん」


 また、なんだか涙が出てきてしまう。

 寝不足のテンションがいけないんだ。きっと。


「もう、泣くなよ。ほんと、仕方がないんだから」


 そう言いつつ、優しく頭を撫でてくれるのが、とても心が安らぐ。


「それで、バレンタインデーの時の返事だけど。大丈夫か?」

「はい。寝不足の顔で、ていうのが情けないですけど」


 と、また、落ち込んでしまう。


「大好きだよ、美希。付き合おう」


 その言葉を聞いた瞬間、ぶわっと涙が出てくる。


「ちょっと、なんで泣いてるんだよ」

「す、すいません。嬉しくて、嬉しくて」


 一か月前に、この事はほぼ決まっていたと頭の中では思っていた。

 でも、本当に言われると、全然違う。

 

「ま、そういうところも、美希らしいか。これからも、よろしくな」

「はい。先輩!」


 嬉し涙になりながら、私は寝不足の顔を精一杯笑顔にしたつもりで、そう返事したのだった。


 と、ふと、何やら視線が。


「登校中に何やってるの?二人とも」


 あ、そういえば、優奈ちゃんとは登下校の道が被っているのだった。

 普段なら、時間帯がややずれているのだけど。


「それに、美希ちゃん、泣いてるし。一体、何したの、お兄ちゃん?」


 あ、そうか。この構図だけ見たら、達也さんが私を泣かしたぽいよね。


「ち、違うの。返事もらえたのが、嬉しくて、つい……」


 もう、本当に何をやってるんだろう、私は。


「ま、そんなことだと思ったよ。お幸せに、二人とも」


 私たちに微笑みかけたかと思うと、颯爽と優奈は去って行ったのだった。

 こういうのはなんだけど、今の優奈はすっごい男前だ。


「ほんと、優奈の奴は気が利くんだから……」


 嬉しそうに言う達也さん。


「やっぱり、先輩はシスコンですね」


 そういう風に、目と目で通じ合ってるところが、特に。


「いやいや、単に、あいつが気を利かせてくれただけの話だろ」

「わからないなら、やっぱりシスコンですね」


 少しだけ、嫉妬してしまうくらいに。


「なんで、不機嫌そうな顔になってるんだ?」

「なんでもありません。それより、行きましょう、先輩!」


 寝不足の、妙なテンションのまま、私は先輩を引っ張って歩き出す。

 普段ならこんな事出来ないのに。


(でも、ありがとね。優奈)


 心の中で、今まで助けてくれた親友に感謝したのだった。

 

 きっと、この日の事はずっと後まで色々な意味で忘れられないだろう。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


というわけで、ホワイトデーを意識した短編でした。

楽しんでいただけたら、応援コメントやレビューいただけると嬉しいです。

ではでは。

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幼馴染な後輩から、ホワイトデーまで焦らしプレイをされていた件 久野真一 @kuno1234

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