第2話 妹であり姉である彼女が思うこと
「明日からは、こんなことしてたら、美希ちゃんに嫉妬されちゃうかもね」
少し、感傷的な気持ちになって、気がついたら、そんな事を言っていた。
時計を見ると、もう午前2時。こんな、深夜の時間が私達は好きだった。
「どうだろ。そんなことはないと思うぞ」
お兄ちゃんから返ってきたのは、少し予想外の言葉。
「どして?」
「俺のシスコンなところも好きなんだってさ」
「美希ちゃん、そんな事言ってたんだ。私に相談する時は、そんな事、全然言わなかったけど」
あの子から、この隣に居るお兄ちゃんについての恋愛相談を受けたことは一度や二度ではない。お兄ちゃんには黙ってて、との事だったから、先日のバレンタインデーで恋を成就させたのは、あの子自身の力だと思う。こんな焦らしプレイに陥っていると美希ちゃんから聞いたときは呆れたものだけど。
「でも、シスコンかあ。お兄ちゃん、別にシスコンじゃないと思うんだけど」
「だよな。でも、お前んとこでも、ブラコン言われてるんだろ?」
「そうそう。この歳になって、仲良すぎだよーってよく言われる」
確かに、今でもお兄ちゃんとよく一緒に行動する事はある。あるいは、美希ちゃんを含めて三人でのことも。
「妹ものだっけ。そういうの見ると、「うげげ」ってなるし。私はブラコンじゃないと思うんだけどなー」
「だよな。別に、お前も、お兄ちゃん大好きーとか、そんなんじゃないし」
お兄ちゃんとの間柄をどう言えばいいのか。私は適切な言葉を持っていない。でも、それでも言葉にするなら、友達とかあるいは親友と言ったもので、ことさら兄だから、妹だから、と言う事を意識した覚えはなかった。
私もオタク趣味な方なので、その中にしばしば出てくる「妹モノ」という奴を読んだことはあるのだけど、その中で出てくるような過剰なスキンシップとかはあまり記憶にないし、ましてや、背徳的な思いを抱いた覚えはない。
「お兄ちゃんは、ああいうの見てどう思う?」
「まあ、世の中には色々な兄妹がいるもんだなーと。でも、ま、俺達の間柄とは全然違うよな」
「だよねー」
ただ、それでも。
「ちょっとだけ、寂しくなるかもね」
そう感じてしまうのは、やはり、お兄ちゃんと遊べる頻度が今までよりは減ることへの寂しさがあるんだろうか。
「まあ、俺もちょっとはな」
「お兄ちゃんは、そんな事言ってるより、明日から、美希ちゃんと、正式にお付き合いを始めるんだから。そっちの方で、頭がいっぱいなんじゃないの?」
大体、さっきも、色々変な独り言をぶつぶつ言ってたわけだし。
「……それ、考え始めると眠れなくなりそうだから」
「ぷっ」
お兄ちゃんの、恥ずかしそうな言葉を聞いて、つい噴き出してしまう。
「お前なー。笑うなよ」
「考えればいいじゃない?私もこの一ヶ月どれだけのろけられたと思ってるの?」
お兄ちゃんに言えないからか、やれ映画館に一緒に言っただの、お茶しただの、でも、手を繋いだり、キスしたりとかは、ホワイトデーまで我慢我慢、だの。あの子は、お兄ちゃんには言えないからと、私には好き放題、のろけるのだから、たまったものじゃない。
「この一ヶ月、思ったんだけどさ。美希って凄いむっつりスケベだよな」
「完全に同感。それだけ、色々溜まってるんだろうけど、ね」
「溜まってるって、お前な」
「だって、あの子の話きいてると、そうとしか思えないよ」
「そう言いつつ、なんだかんだで、お前も楽しそうだよな」
「んー。だって、美希ちゃん、すっごいピュアで可愛いもん」
友達から、たびたび大人びていると言われる私だけど、そのせいか、同い歳の美希ちゃんを昔から、どこか妹のように思っていた。
そんな妹分からあれこれ頼られたり、ノロケられたりして、お腹いっぱいと思いつつも悪い気がしないのも確か。
「でも、いつからこうだったんだろ。私達」
気がついたら、三人で一緒にいるのが当たり前になっていたけど。
その前は、お兄ちゃんと二人でいる事の方がずっと当たり前だった。
「んー……ちょっと思い出してみるな」
「私も」
記憶の海を辿っていくと、ふと、公園で遊ぶ私達。それを遠くからじっと見つめている美希ちゃんの姿。そんなものが思い浮かんだ。
「少し、思い出した。確か、私とお兄ちゃんが遊んでるのを、羨ましそうに美希ちゃんが見つめてたんだよね」
「ああ、それそれ。で、なんか、輪に入れてやらないと悪い気持ちになったんだ」
「そうそう。確か、あの時は、あの子、友達が居なかったし」
だからだろうか。
なんだか、二人して、昔からあの子の面倒を見ていた気持ちになるのは。
「昔から、美希は自己主張弱かったしな。ほんと、お前と美希とどっちが妹かというと、美希の方がそんなポジションだよな」
「でも、もう美希ちゃんは妹じゃないでしょ?」
「だな。俺もあえて考えないようにしてただけで、中学にもなれば、妹とは思えなくなってたけど」
「やっぱり。でも、なんでこれまで放置してたの?」
長年兄妹として一緒に過ごして思うけど、お兄ちゃんは決して女心に疎い方ではない。そもそも、顔立ちも整っている方な上に面倒見が基本的にいいものだから、これまでに何人かの女の子にも告白されて来ているし。
「一度、考えたことはあったんだけどな。ま、時期が来ればその内告白してくれるだろう、くらいに思って、後はぶん投げた」
「他の女の子に告白された時に、美希ちゃんの事が思い浮かばなかったの?」
長年、スルーされて来た美希ちゃんが少し可哀想になって、少し非難めいたニュアンスを込めて、問いかけてみる。
「ま、少しは。もし、あいつが告白して来たら、席が空いてるように、くらいは」
「なら、さっさと、お兄ちゃんから告白してあげれば良かったのに。あの子が、そういうの、なかなか言えない方だってのはわかってたでしょ?」
「んー。そこを言われると痛い。別に現状維持でもいいや、くらいだった」
「ま、言っても仕方がないか。明日からは、ちゃんと、美希ちゃんのこと、大事にしてやってよ?」
「ずっと大事にして来たつもりだけど。俺なりには」
「わかってて、スルーしてるのは大事にしてるなんて言わない!」
お兄ちゃんも、面倒見がいいのは良いところだけど、どこかズレてるから、ここはキッパリ言っておかないと。
「そうだな。これからは、大事にするよ」
「よろしい」
「ほんと、お前には頭が上がらないよ」
「世話焼きおばさんですから。私は」
そんな友達からのあだ名を私はどこか気に入っている。私は、恋愛相談でも、人間関係の相談でも、誰かの悩みを解決してあげられるのが好きな人間なのだ。
「じゃ、これからも美希の方から色々相談行くかもだけど、よろしくな」
「別にいいけど。単なるノロケは勘弁してよ?お兄ちゃん」
と、いいつつ、きっと、美希ちゃんからは引き続きノロケが届くのだろう。お兄ちゃんが、どう変わっていくのかは、正直、妹の私から見ても未知数だけど。
「どうだろうな。なんだかんだ俺も待ち遠しいから、お前にノロケまくるかも」
と思ったら、既に思ったよりお兄ちゃんも美希ちゃんにゾッコンらしい。顔が凄いニマニマしている。
「なら、仕方ない。思う存分、ノロケ話は聞いてあげる!」
世話焼きおばさんとしては、そこまで面倒を見てもいいだろう。
「変わらないな、お前は。でも、お前自身にいい相手が見つかるか心配だよ」
「私は今の所、恋愛は割とどうでもいいんだよねえ」
「さんざん、友達の恋愛相談に乗ってる癖に」
「私は今が楽しいからそれで十分かな」
「好きな奴が出来たら、相談しろよ」
「えー?それはちょっと……」
このお兄ちゃんに恋愛相談している絵図が浮かばない。
「よし。いい加減寝る。美希への返事するのに、目にクマ出来てたら、アレだし」
「はいはい。お幸せにー」
「ああ。じゃあ、おやすみ」
そう言って、お兄ちゃんは部屋に戻っていった。
なんとなく、そこに残った温もりを感じながら、
「好きな人、か……」
きっと、友達として、という話なら今の一番はお兄ちゃんなんだろう。
男の人は、いい相手がいないというのが正直な気持ち。
でも、こうやって、心の奥底にあるものを語り合える人が他に出来たら。
その時はきっと。
「ま、いっか。寝よ寝よ」
世話焼きおばさんとしては、まだまだやることは山ほどあるし。
(お兄ちゃんも、美希ちゃんも、幸せにやってね。あ、でも、美希ちゃんはきっと、今頃、眠れてないだろうな……)
きっと、目にクマが出来ているのは、お兄ちゃんじゃなくて、美希ちゃんの方だろうな、なんて楽しい想像をしながら部屋に戻ったのだった。
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