幼馴染な後輩から、ホワイトデーまで焦らしプレイをされていた件

久野真一

第1話 ホワイトデー前日の考え事

「もう、明日でホワイトデーか……」


 もう家族全員が寝静まった深夜。

 静かなリビングで、ソファーに背を預けながら、俺は独り考え事をしていた。

 ことの発端は一ヶ月近く前の二月十四日に遡るー


◆◆◆◆


達也たつやさん、はい、これ」


 一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街を二人で登校する途中。

 隣を歩く美希みきが立ち止まったかと思えば、何やら手提げ袋をついと押し付けて来た。


「うん?どうしたんだ、美希?」


 一瞬、その意図がわからず、思わず聞き返してしまう。


「今日、何月何日かおぼえてます?」


 わかってますよね、とばかりの視線で射すくめられる。

 今日は二月十四日だけど、うーん。って、あ。


「ひょっとして、バレンタインデーか?」

「そういうことです。優奈ゆなからはもらってないんですか?」

「優奈は大体、学校から帰った後にくれるけど。美希も大体そうじゃなかったか?」


 優奈は、俺の一歳年下の妹だ。

 昔から大層しっかりした奴で、やたらお節介な人間でもある。

 同じくお節介焼きな我が母の性格を受け継いだのではと思う。


「今年は気分を変えてみたくなったんです」


 ぷいと顔を背ける美希が可愛らしい。


「そっか。ありがとな、美希。義理でも嬉しいぞ」


 どこか暖かな気持ちになった俺は、感謝の言葉を言う。


 この、控えめで恥ずかしがり屋な一歳下の後輩の事は昔から妹みたいに思ってきた。実の妹がいるのに、妹みたいとは少し変だけど、優奈の奴とは同い歳の友達みたいな接し方をしてきたせいか、あまり妹とは思ったことがない。


 こうして、義理とはいえ、毎年律儀にチョコレートをくれるところも、恥ずかしがるところも相変わらずだ。


 きっと、いつものように「私なりの感謝の気持ちですから」そんな言葉が返ってくるのだと思っていた。


「……今年は、義理じゃ、ありません」


 しかし、予想は裏切られた。

 小さな声で、ちらちらとこちらを見ながら、でも、はっきりと告げられた言葉。

 あまりに予想外な展開に、時が止まった気がした。

 そういえば、最近は、冬真っ盛りだから、寒いなあ。


「義理じゃないってことは、つまり、本命か?」


 聞き返さずともわかっているけど、それでも聞き返してしまう。

 

「そのつもりです。というか、今まで私の気持ちに気づかなかったんですか?」


 美希の視線はどこか非難めいている気がした。


「どうだろ。昔から、懐いてきてくれて、どこか妹みたいには思っていたけど」


 そして、俺はと言えば、予想外なはずなのに、どこか冷静に対応していた。

 そういえば、昔、この事について一度考えた事があるけど、

 「ま、いっか。勘違いじゃなければ、美希も言ってくるだろう」

 と一時間と悩まないうちに、脳裏の向こうにぶん投げた記憶がある。


「妹みたいって……優奈みたいにですか?」

「あいつは、しっかり者だからなあ。同い歳か、下手したら年上くらいに思えることがよくある」


 優奈と美希は同級生で、俺を含めて小さい頃からお互いを知る仲でもある。

 最近でも、優奈を含めて三人で遊びに行くことはよくある。


「確かに、優奈を見てると同い歳とは、思えないですね」

「だろ?まだ高一だってのに、将来設計もしっかりしてるし」

「なんか、こないだも企業の説明会に潜り込んだりしてましたよね」

「そうそう。就活の本とか今から読んだり」


 リビングで、就職活動の本を読んでいる優奈を見て、ギョッとして

 「まさか、高卒で就職するつもりか?」

 と聞いたことがある。返って来た答えが

 「さすがに、今の日本だと高卒が不利なのはわかってるよ。でも、早くから知識を仕入れといて損はないでしょ」とのお答え。

 

「そうそう。優奈の大人びたところ、憧れるんですよ。って、優奈の話はどうでもよくてですね!」


 我が家は兄妹仲がとても良好だ。

 それでいて、美希も優奈と仲がいいから、こんな流れになるのもよくある。

 でも、確かに今する話じゃなかったかもしれない。


「あ、ごめんごめん。美希の気持ちだよな」

「です。なんていうか、優奈だけじゃなくて、達也さんも昔から大人びてて。よく、悩み相談、乗ってくれましたよね」

「美希は、昔から人間関係が不器用だったな」


 この真面目な後輩は、昔から人一倍理屈で人間関係を捉えてしまうところがあった。そして、自縄自縛に陥って、処理しきれなくなった時、決まって、俺か優奈のところに泣きついて来たものだ。


「そうなんですよね。でも、自分ではどうしようもないですから。昔は、優奈の事はお姉ちゃんみたいに。達也さんの事はお兄ちゃんみたいに思ってた気がします。本当、ありがとうございます」

「ちょっと、くすぐったい気持ちだな。優奈にも言ってあげたらどうだ?」

「優奈は「そういうの、おおげさだからいいってば」で終わりですよ」

「言えてる。でも、あれでも照れてたりするんだぞ?」

「……意外です」

「あいつも、見栄っ張りなところあるから、さ」


 家で「お兄ちゃん、美希がさー」なんてよく話題にしてくる妹のことだ。美希を助けられている事を誇らしく思っているのはよくわかっている。


「また、優奈の話になってます。ほんと、シスコンなんですから」

「シスコン、かなあ。人並みに仲良くしてるだけだと思うけど」

「未だに、優奈と二人で遊びにちょくちょく行くのはシスコンだと思います」

「そこを言われると痛い」


 別に、「お兄ちゃん、大好きー」なんてタイプではないのだけど、優奈の奴とは趣味があうので、よく映画に一緒に行ったり、ボウリングに行ったりする。


 その事を友達に話すと、決まって「ほんと、シスコンだよな。達也はよー」などと言われるのだ。


「ほんと、そうですよ。でも、そんな、シスコンなところも含めて、達也さんのことを好きになったのかもしれません」

「ちょ、ちょっと、いきなりは照れるぞ」


 もちろん、シスコンなところが嫌いと言われても困るんだが。

 でも、こう、真っ直ぐに気持ちをぶつけられると、照れる。


「照れてくれるってことは、少しは意識してくれてます?」


 頬を赤く染めながら、はにかんで聞いてくる美希。


「思いっきり意識してるよ」


 元々、美希に対しては好感を持っていたのだ。そんな相手から、真っ直ぐに好意をぶつけられて、意識しないわけがない。


 そして、意識し始めると、普段はあえて意識にも上っていない、艷やかな肌や、整った顔立ち。それに、肩まで伸ばした長い髪や丸みを帯びた身体つき。そんな所が途端に気になってくる。


 なんだか、今まで友人たちに「美希ちゃんと二人っきりでデートし放題とか、お前、神に感謝しろよ」と言われた理由が、唐突に納得出来た気がする。


「だったら、真っ直ぐに気持ちを言ってみて正解でしたね」


 いつも控えめな彼女らしくもなく、ガッツポーズなどしている。


「とにかく、気持ちは受け取ったよ。ありがとな、美希」

「はい……」

「俺も、きっと、なんとなくだけど、昔から美希の事が……」


 そう、素直な気持ちを返そうとしたのだけど。


「その先は、一端、ストップです。先輩」


 彼女が「先輩」とあえて言うときは、彼女なりの意味合いがある。それは、たとえば、人前で、敬意を示すためだったり、あるいは、少し距離を取るためだったり、さまざまだけど。


「どうしてだ?告白して来たってことは、返事が欲しいんじゃないのか?」

「返事は、一ヶ月後にください」

「なんでまた、そんなひねくれたことを」


 時折、彼女はそんな言動をすることがあったけど、首を撚るばかりだ。


「今まで、さんざん先輩には焦らされて来ましたからね。私も先輩を焦らしてみたくなったんです」


 とても、とても、嬉しそうな顔で言う美希。気持ちを受け止めてもらえたからといって、調子に乗ってるな。


「また大した意趣返しだな。俺がノーだったら、どうするつもりだったんだ?」

「ノーだったら言ってませんよ」

「……焦らしプレイをご所望とは大した後輩だ」

「言っておきますけど、焦らされるのは先輩の方ですからね?」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。美希が、一ヶ月間、平然としてられるとは思えないんだけどな」


 今だって、いっぱいいっぱいなのは目に見えている。


「……そうかもですが」

「否定しないんだな」

「否定しても仕方ないですから。とにかく、一ヶ月後です!」

「はいはい。じゃあ、一ヶ月後を楽しみにしてるよ」


◇◇◇◇


「もう、思いっきり焦らされっぱなしだったよコンチクショウ」


 結局、お互いに返事の見えている出来レースだ。

 今までのように、それからも二人きりで遊びに行った。

 でも、あの日の言い回しには、「それまで、恋人っぽい振る舞いはナシですからね」というニュアンスが含まれていた。


 だから、特に、ムードができやすい、夕暮れ時などは、気持ちを抑えるのが大変だった。様子を見るに、美希も似たような感じで挙動不審だったけど。とはいえ、美希も美希で今更、「一ヶ月後とか、やっぱナシ」と言いづらいのか、ここ一ヶ月は妙に甘ったるいような、それでいて、甘くなりきれない雰囲気が漂っていた。


「深夜に、何をぶつぶつ言ってるの。お兄ちゃん?」


 何やらしょぼしょぼした目つきで、イチゴをあしらったパジャマを着た優奈が起き出して来た。


「ああ、悪い。優奈はどうしたんだ?」

「ちょっと喉が乾いて」


 台所の冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターをコップに注いでいる。

 ゴク、ゴク、と、喉を鳴らしたかと思えば。


「はー。深夜のミネラルウォーターはやっぱ最高」


 と、何やら親父めいた言葉。

 

「なんか、親父の真似してたせいか、板についてるよな」

「そうそう。お父さんのせい、お父さんのせい」

「そっか」

「そうなのだ」


 と言ったかと思えば、俺の隣にぽふんと座る優奈。


「で、お兄ちゃんは深夜にどうしたの?」

「明日、てかもう今日だな。ホワイトデーだろ」

「ああ、美希ちゃんの、焦らしプレイが終わる期限の日だね」


 何やら、うっしっしと笑ってやがる。


「まあ、焦らしプレイ以外の何者でもないな」


 なんで知ったなど今更言うまい。

 きっと、美希の奴が、気持ちを持て余して、何やら優奈に言ったのだろう。


「ほんと、あの子も、わかってて自爆するような真似するんだから」


 仕方がないんだから、といいつつ、どこか優しげな目つきだ。


「おおかた、美希の奴に何か言われたか?」

「いっぱいね。今回は、さすがにお兄ちゃんには言えないし」


 言いつつ、何やら思い出して赤くなっている優奈。

 こいつが赤くなるようなことでも相談したんだろうか。


「悪いな。美希の奴が世話かけて」

「それ、妹に言う台詞じゃないと思うんだけど」

「昔っから、お前はあんまし年下って気がしないし」

「言えてるね」


 そう言葉を切ると、しばらく深夜のリビングが沈黙に支配される。

 昔から、兄妹二人揃って、こんな深夜の時間をよく過ごしたものだ。


 明日からは、きっと、美希との正式なお付き合いが始まるだろう。

 その時は、このしっかり者との妹との距離間も変わっていくのだろうか。


「明日からは、こんなことしてたら、美希ちゃんに嫉妬されちゃうかもね」


 優奈も同じようなことを感じていたのだろうか。

 ぽそっと、少し寂しそうにそんな事を言ったのだった。

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