5thジェノサイド

鳥辺野九

5thジェノサイド


 大量破壊兵器を投入する物理侵略戦争。徹底した民族弾圧の果ての非武装論理紛争。特定DNAを攻撃する新種キメラウイルス。聖書レベルの天変地異を局所的に展開させる宇宙気象兵器。そして──。


 国家という脆くも巨大な枠組みを計画的に破壊する方法は幾つか存在する。そして、今ここで五番目の国家破壊方法が開発されようとしていた。


 後に5thジェノサイドと呼ばれる人型二足歩行ロボット対人兵器だ。


 人の形をしてはいるが、それは人ならざるモノ。狡猾で、残忍で、冷徹で、人を物理的にも論理的にも破壊し尽くすために作られた人工知能を搭載した人間破壊装置。


 人を破壊する人形の開発が終われば、それはすぐに稼働を開始するだろう。今や百億人を数える増え過ぎた人類を破壊するためにはロボット一体では余りに無力だ。すぐに自己を複製し、勝手にオプションを追加し、行動パターンのバリエーションも増やし、まずは人間社会へ浸透することから始めるはずだ。


 止めなければ。誰かが、この狂気の人口抑制装置を止めなければ、一個の国家どころかすべての人類は、自らが生み出した人の形をした人ならざるモノに食い尽くされてしまうだろう。


 人類を救うために。儚くも愚かで愛すべき人間を守るために。


 人間破壊装置の人工知能開発チームの一つの部品に過ぎなかったちっぽけな私が、こんな壮大でヒロイックな想いを持つだなんて。全部、あの男の影響だ。


 カズマ・クラシキ。ロボットを異常に愛する日本人研究開発員だ。その愛するロボットが人を殺めるのを止めるためにこのプロジェクトに潜り込み、ロボット素体の開発チームの一員となった人間で、私が愛した唯一の男──。


「このプロジェクトが終わる時、我々も終わりだ」


 カズマの言葉は二つの意味に取れた。一つは絶望的な意味。プロジェクトの完了は私たち開発チームがすでに用済みであることを意味する。増え過ぎた人間を兵器で抑制しょうとする連中が、その最悪の兵器の弱点を知る私たちを生かしておくか。考えるまでもない。


 もう一つも、ある意味絶望的だ。開発が終了すれば当然開発チームは解体される。私とカズマ、こうして密会を重ねる機会が永遠に失われるということだ。


「君だけでも逃げるべきだ」


 カズマは穏やかな声で言った。


「あなたのいない人生はロジカルではない」


 私は涙声で言った。


 この時、私はすでに直観で悟っていた。もうこの人と会うことはないのだろう、と。


「僕はすでにこいつに囚われている」


 カズマは人型兵器の剥き出しになった聴覚センサーに触れながら言った。


 ロボットの試作機は触れられた聴覚センサーで私たちの会話を聞いているのか、それとも何も感知していないのか、ガラス玉のような光学感覚器官を濁らせていた。


「最後に嘘のプロポーズもしてくれないのね」


「僕はそんなことすらできない不器用な人間なんだよ」


 彼が見せた最後の人間らしさ。少しだけ恥ずかしそうに笑ってくれた。


 私たちは滅亡の淵から人類を救うべく、ささやかな抵抗を試みた。


 私は人を破壊することに特化した人工知能へ独自に開発した直観能力回路を植え付けた。


 それはすぐに発現しないだろう。ひょっとしたら何の効果も現れない可能性もある。しかし、何世代か自己複製を繰り返すことで、現実世界で人間と接して培った経験、そして記憶を更新して受け継いだ知識から、ロボットでも人間愛を直観で知覚できるようになるかもしれない。


 せめて、破壊してもいい人間と、破壊しなくていい人間と、ロボットが直観で見極められるまで成長してくれれば、あるいは人類絶滅への茨の道も踏みとどまることができる。私は私の直観を信じてみようと思う。


 それとも、人工知能が気まぐれで直感を働かせて人類を選別する、だなんて。都合の良過ぎる考えだろうか。


 私とカズマは都合の良い結末を迎えられなかった。人類が迎える結末は、どんな未来が待っているのだろうか。


 私は人工知能に直観能力回路を搭載させた。対して、カズマはロボットに猫耳を装備させた。せめて外見は可愛くと、人間の少女そっくりのロボットにメイド服を着せた。


 は? 何考えてんの、あの日本人は。


 結果、ロボットに本気で恋をした日本人は、カズマのように生身の女性への興味を失って出生率が著しく減少し、日本という国家は滅んだ。


 直観を働かせてあざとい仕草で迫り、淋しい心の隙間に潜り込む猫耳ロボットメイド。後に5thジェノサイドと呼ばれる人型二足歩行ロボット対人兵器だ。


 カズマ。何やらかしてくれてんだ、てめえは。

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