エピローグ。プールサイドにて
私は櫻田先輩のことを忘れたくはなかった。でも記憶を消せること、被害恐怖を消せると知って先輩は喜んでくれたし、例え自分が忘れられると知っていてもそれを勧めた。お前はもう俺がいなかったとしても大丈夫でしょ? と言って。だから私もこの気持を記憶ごと封じ込めた。無かったことにした。迷いを振り切るように結晶も手放すことを選んだ。
でも私は結局後悔と虚しさに襲われて記憶を取り戻すことを選んだ。先輩の決断も、私の葛藤も全部彼方へとぶん投げて全部取り戻してしまった。それでも、私はもうこの記憶を手放したいとは思わない。
「‥‥‥‥櫻田先輩」
先輩の方へ手を伸ばす。先輩もまた身を乗り出して手を伸ばした。手が繋がった瞬間、私は
全体重をかけて先輩を下へ引っ張った。
「ちょっ‥‥‥何を?!」
派手に水しぶきが上がり、先輩のカッターシャツとベストもまたぐしょぐしょに濡れて。
そもそも私がいつまでもセンチメンタルに浸っていると思うのが間違いなのだ。背中を見せたら殺される、油断を見せたら叩かれるそれが世の理である。女子高生の前でスキを見せてはいけないのだ。
「ああもう俺まで‥‥そもそもどうやって帰る気なのこの状態で」
「‥‥‥だって櫻田先輩も私のこと突き落としたじゃないですか!!」
「話の中でな! そもそも今日のに関しては自分から飛び込んだんでしょうが‥」
なにやらブツブツ言っている先輩は放っておこうかな。と一瞬思ったりもするもそもそも原因を作ったのは自分である。
「忘れててごめんね‥ありがとう」
頑張ったらギリギリ聞こえるかもしれないし聞こえないかもしれない、それぐらいの声で呟いて。そして先輩に聞き返される前に。
「そういえば先輩上がるのに手貸してくれるって言ってませんでしたっけ? 上がりたいんですけど」
「お前が落としたんだろうが!!‥‥宮凪はいつもマイペースにもほどがあるよな‥」
先輩は安心したように苦笑して。私も思わず吹き出してしまう。
この気持を先輩に伝えるのは、もう少し先でいいだろう。高一の頃の私が記憶とともにあまい櫻色の結晶に隠していたこの思いは。
「ちゃんと受け取ったよ」と。
思い出してしまった以上、また被害恐怖もまた現れるだろう。それを捨てる選択肢を私は選ばなかった。捨てたとしても何らかの形で現れる可能性は十分にあると思うけど。
私はそうして全部背負って進んでいく道を選んだ。わざわざ苦しい方を選ばなくてもと自分では思うけれど、それでも。
今なら何でも出来る気がした。
15:40。プールサイドにて 偢 せう @seu_star
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます