思い出の恩人
南木
思い出の恩人
この日は特に用事がなかったので、友人の
だが、その途中の一軒で思わぬものを見つけることになった。
「ふーむ、これは…………」
梶原が家具コーナーで店員の説明を聞いている間、手持ち無沙汰になった間地がなんとなく美術・骨董品コーナーを冷やかしていると、陳列棚の上にちょこんと置いてある青色の花瓶が目に飛び込んできた。
全体がまるで南国の海のごとき透明感にあふれるコバルトブルーに覆われていて、ところどころに薄い水色の模様がオーロラのように現れている。
間地はそれがどうしても気になって、かけている丸眼鏡を何度もくいっくいっとしながら、全体を観察する。
とはいえ、このようなデザインは市販の花瓶にもよくあるもので、売値もたった3,000円と非常に安い。
それでも間地は、コーナーに置かれているほかの有象無象の陶器と比べて、この青い花瓶だけ明らかに「人の心が通っている」と感じたのである。
「おぅい、お待たせ。これでようやく冷蔵庫も揃ったぞー! っと、何見てんだ? 花瓶?」
そこに、会計が終わって品物を車に積み込む終えた梶原がやってきた。
大柄でスキンヘッドに、丸いサングラスをかけた梶原は、一見するとその手の輩にしか見えないが、実は優しい小市民的な人物である。
「ああ、ごめんね。ちょっとこの花瓶が気になったから」
「へー、間地君は骨董品の価値とかもわかるのか」
「いやー大したものじゃない。僕はただ品物が偽物か本物かわかるだけだし、これだってだれがいつ作ったものなのかさっぱりわからないよ」
実は間地、貿易商として様々なものを見た経験からなのか、一目見ただけで品物が本物か模造品、偽物かがわかるという特殊能力を持っている。
本人は大したことないと言っているが、梶原からしてみれば、羨ましすぎる能力だ。
「でも、せっかくだから僕もこの花瓶を買っていこうと思う。安いし、花は適当にうちの奥さんに飾ってもらえばいいや」
「なんだか……君がいいものって言うと、ますますよさそうなものに見えてくるから不思議だよ。ちなみに聞くけど…………ほかにも、こう、本物なのに安そうなものとかある?」
「いいや。これ以外の骨董品や美術品は全部偽物だった」
「そっかぁ……」
この後店の人から「営業妨害はやめてください」と言われたものの、結局間地は定価で花瓶を買って帰ったのだった。
それから数日間、間地は商売のために車であちらこちらを走り回っていたが、その間に取引相手の家や店に行って花瓶が目に入る度に、買ったばかりの青い花瓶がすぐに脳裏に浮かび、その場にある花瓶と見比べてしまうようになった。
「やれやれ、この所花瓶を見るとどうしてもあれが頭に浮かんじゃうなぁ。何かの呪いなのかな?」
目に入った花瓶の中には、金持ちの社長が自慢するような骨董もあったが、あの花瓶と比べるとどうしても見劣りしてしまうように思えた。
いったい何がそうさせるのか?
不思議に思いながら、間地が商売を終えて家に戻ると、彼の妻――
「ねぇねぇ! あなたあなたっ! あなたが買ってきた花瓶なんだけどね!」
「何かわかったの?」
「それがすごいのよ! ほらほらほら、これこれっ!」
普段は家で商品の受注を受け持っている詩子が、空いた時間で青い花瓶のことについて調べていると、作者が判明したのだが――――――
「『三代目 徳森 弥右ヱ門』……だって!? に、人間国宝じゃないか!?」
「ね、これとか、これとか、デザイン傾向が同じでしょっ! 花瓶買ってきたときは何事かと思ったけど、本物を3000円で買ってくるなんて、さすがだわっ♪」
「いやいやいやいや、確かに素晴らしいとは思ってたけど、これ本物なら500万円はしてもおかしくないよ!」
詩子が開いたサイトには、確かに人間国宝『三代目 徳森 弥右ヱ門』の品々の実物画像と、その来歴が書かれていた。
そして、先日買った花瓶は、まさしくサイトに載っている品々と同じ類の物だった。
「な、なんでそんなものが、その辺のリサイクルショップで3000円で売られてるの
? 手放した人も、売る側も、何考えてるの?」
「いいじゃない、儲かったってことで♪ 私もこの花瓶気に入ったわ!」
「うーん……なんか裏がありそうな気がする……」
そんな彼の心配事はすぐに的中した。
花瓶の正体を知ったその次の日、間地は、先日一緒に買い物をした梶原から「どうしても話がしたい」と喫茶店に呼び出された。
「間地君! 一生のお願いだ! 俺にあの時買った花瓶を売ってくれ! いくらでも払う!」
「まったまった。とりあえず落ち着いて。話はちゃんと聞くから」
「その、な……昨日俺がたまたまネット掲示板を見てたら、こんな書き込みがあったんだ…………」
そう言って梶原はノートパソコンの画面を間地に見せた。
『とても悲しい………… 同居している義母に 私が祖父から形見として頂いた大切な花瓶を勝手に売られてしまいました 青くて 奇麗で 優しい花瓶でした
そのことで義母と喧嘩しても 夫は義母の肩を持つばかり 嫁のくせに生意気なんて言われる始末
取り戻そうにも 花瓶はすでに他人に買われた後でした
本当に 悔しくて……悔しくて……』
その前後の書き込みも読んでみたが、その投稿者が、義母に勝手に売られたという花瓶は、先日間地が買った花瓶に間違いなかった。
「俺……あまりにも可哀想で、おもわず書き込んじまったんだ。その花瓶は俺が買ったって…………それで、すぐに返してやるって………」
「お前、人の物を…………」
人間国宝の物とわかってすぐにこうなるとは――――間地は思わず眉間をもんだが、梶原があの手この手で花瓶をかすめ取ろうとしているのではないことは、長い付き合いをしていて理解している。
梶原は単純なお人好しゆえに、何とか助けてあげたいと、後先考えずに書き込んでしまったのだろう。
「まあいい、その書き込みをした人が本物かどうか、僕が確かめる」
「本当に……本当に申し訳ないっ! 買ったときの金は俺が……」
「そんな小さいこと気にしないで。本当の持ち主に帰るのなら、それが一番だし、今回は骨董のレンタル代とでも思っておくよ」
そんなわけで、また数日後――――同じ喫茶店に、梶原は掲示板でやり取りしていた女性を連れてきた。
間地も、買ったばかりの花瓶を緩衝材と共に箱に詰めて、厳重体制で持ち出してきた。
「
お相手の女性――白瀬川は、若い間地よりさらに若かったが、全体的に雰囲気が暗く、どこかやつれているようだった。
(なるほど……ほぼ間違いなくアタリだ。けど、念のために探りを入れさせてもらおうかな)
一目見て、白瀬川が本当に困っていると見抜いた間地だったが、商売上用心深い性格の彼は、一応試すことにした。
「
「っ!! そ、そうですっ! この花瓶ですっ! あぁ……無事でよかった」
「おお、おおぉ! それは良かった!」
「はい……断捨離だなんていわれて、安値で売られたと聞いた時には、涙が止まりませんでしたが…………」
間地が箱の中の花瓶を見せると、白瀬川の表情が一気に明るくなり、目が輝きを取り戻した。だが、間地はすぐにどうぞと言って返すことはしない。
「では聞きますが、この花瓶がだれによって、いつ作られたものか、わかりますか?」
「それは…………ごめんなさい、私には作者も、いつどこで買ったものかも、分かりません。中学生の時に亡くなった祖父からもらったもので…………。証明するものは、ありませんけど……」
作者と制作年代を聞くも、白瀬川は全く知らなかった。
そんな彼女を見て、梶原は戸惑うばかりだったが…………
「た、頼む間地君っ! 何かあったら、俺が全責任を負うから、どうか花瓶を!」
「落ち着こう梶原君。僕は正確に答えてくれなんて一言も言ってないよ。試すようなことをしてごめん、これは紛れもなく君の物だ。この花瓶をお見せで見た時、誰かにとても大切にされたんだろうなって雰囲気があったけど、それが今あなたを前にして、ますます輝いているように見える。これを誰が作ったかなんて関係ない、これからも君が大切に持っていなさい」
「ありがとう……ございます!」
こうして、奇麗な花瓶は再び正当な所有者の手に戻った。
花瓶を手にした白瀬川は、まるでわが子が戻ってきたかのように目を細めたが―――
「やっぱり、この花瓶は間地さんの家で持っていてくれませんか?」
「え……? なんでまた?」
「私が持っていたら、この花瓶はまた…………
再び勝手に捨てられることを危惧した白瀬川は、花瓶を間地の方に戻した。
またなくなってしまうくらいなら、信頼できる人が持っていた方がいい……そう決意した白瀬川を、間地と梶原は見ていられなかった。
「だったら、まずは君の家の大掃除からだね♪ 実はうちの奥さん、弁護士の資格持ってるんだ」
「俺の奥さんは警官だ! DVの気配があったら呼んでくれ!」
「えぇっと…………」
こうして、二人はそれぞれの奥さんを召喚し、白瀬川さん解放作戦を発動する。
その後も二転三転したものの、最終的に花瓶は無事に彼女の手元に戻り、いびりが酷い義両親と妻を大切にしない夫は、そろって捨てられることになったのだった。
思い出の恩人 南木 @sanbousoutyou-ju88
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