ある魔法使いの言うことは

ラクリエード

ある魔法使いの言うことは

 昔々、あるところに多くの魔法使いがいました。

 魔法使い、というのは、杖から火を生み出し、火から水を生み出し、水から風を、風から杖を編み出すといった不思議なことをやってのける人たちでした。

 しかし、そんなことができるのは、世界のどこをさがしても、たったの数人しかいません。彼らは師匠と呼ばれていました。なぜなら魔法使いの多くは、どれだけ頑張ってもどれか一つを生み出すので精一杯。多くても二つ、生み出すことができれば、生涯、町の中で有名人になれるほどでした。

 だから、小さな子が魔法を使えることを知ると、親は才能があるのだと歓喜して、貧しくともお金とお酒を持参して、師匠に弟子入りを志願するのでした。

 あるいは、自分が魔法が使えるのだと知った浪人は希望にすがり、弟子にしてくださいと地に頭をつけ懇願するのでした。

 不思議なことに、いずれの師匠も、優れた魔法使いたちは、そんな人々を拒否することはありませんでした。魔法使いの片鱗さえも見せない者さえも、きっと私も使えるようになると信じて志願することまでありました。

 師匠たちは、みるみるうちに増えていく弟子たちを、勘当することもなく、はたまた指導することなく、させるがままに、なすがままにさせていました。もちろんそこには、魔法が使えるからと大手を振るう者や、搾取する者まで現れます。果てには命を失う者まで。

 師匠たちは何もしませんでした。去るために挨拶する者がいても、幸せにね、と告げるばかりで追いかけることもしませんでした。

 することといえば、魔法を見せてください、というお願いに、了承して魅せてやることだけでした。

 あるいは、どうすればできるようなるのですか、と尋ねた時に、こう答えるのみです。


 魔法を使えばいい。


 とても簡単なものでした。どの優れた魔法使いのもとにたどり着いて、弟子の海をかきわけて同じことを尋ねても、答えることは同じです。


 魔法を使いなさい。


 下手をすれば、幅を利かせている弟子に目を付けられかねない行為。それでも師匠は弟子たちに、語ります。


 魔法を使うとええ。


 やがて、多くの人々は師匠という存在を見限りました。

 なぜなら、昔から優れている存在であると云われている魔法使いを、嘘つきなのではないか、はたまた、人を騙る悪魔なのではないかという噂が広まり始めたからです。

 自らの顔が紅く汚れても魔法で洗い流し、目の前に亡骸が横たわっても眉一つ動かさず魔法で燃やすか埋める。そして命を狙われれば、相手の心の臓を止めてしまう。やることなすことが、人々の語る悪魔そのものなのです。

 そして何より、希代の魔法使いは誕生しないし、指導もしない。

 風から土、土から鉄、鉄から石。非現実的な魔法という果実をぶら下げているだけの悪魔であるに違いない、と。

 噂が広まると共に、たちまち弟子たちは姿を消しました。

 初めは親のいる子。次は片鱗もない者。その次は希望を見出したもの。そして、支配する者がいなくなった魔法使い。


 魔法を、教えてください。


 それでもなお、師匠にすがりつく魔法使いたちは、ある弟子が口にしました。

 すると師匠は片手を差し出して、風から生み出した水を、とぷとぷと足元に流しました。


 魔法を使うしかない。


 なおを変わらぬ返事に、また一人、また一人と去っていきます。

 最後の一人は、皆、こう尋ねました。


 教える気なんて、ないんですか。


 ようやく、優れた魔法使いは話しました。


 教えられるものでは、ないんだよ。

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