昔 東京の片隅で 第7話 I LOVE YOUー1

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第7話



               ■


 ぼくは二十一歳になっていた。ただし、あまり女性には縁がない。

 でも最近、そんなぼくに彼女ができたんだ。ただし、その女の子はまだ、正式には彼女ではない。何度かデートしてみて、もしかしてこれから相思相愛になるかもしれない、といった感じの予感がする、今はそんな段階だろうか。

 その女の子の名前はミズキ。年齢二十歳。

 ミズキと知り合ったのは四谷にあるライブハウス『フォーバレー』だった。そのライブハウスではその日、ぼくのイチ押しバンドが出演していて観に行ってたら、偶然そのライブにほかのバンドの応援に来ていたミズキと知り合ったんだ。

 ミズキは細身で長身で、メイクも濃かったので、どこにいても目立つ女の子だった。今思うと、どうしてそんな女の子がぼくと付き合ってくれたのか、不思議でならない。だってぼくは口下手で小心者でイケメンでもない、ただのつまらない男だったのだから。


               ■


 彼女は明るかった。話題も豊富で、表情も豊かだったので、ぼくは笑いながら彼女の話を訊いて、ときどきうなずいたり、相鎚あいづちを打つだけでよかった。

 ふたりのデートは彼女が、場所も日にちも時間も決めていたように思う。

 そしてミズキはなぜかぼくを「ユウくん」と呼ぶのだ。

 ぼくは「ユウ」という名前ではない。

 なのにどうしてミズキはぼくを「ユウくん」と呼ぶのだろう。

 ぼくは不思議に思って何回目かのデートのとき、ミズキにそれを訊いたことがある。

 するとミズキはぼくに微笑みながら、こう答えたのだ。

「ユウくんのユウは、アイラブユのユウなの」

「ただ単にユウならそれは、『あなた』という意味でしょう」

「でもユウくんのユウは、アイラブユウのユウなの。特別なの」


               ■


 ぼくはそのひと言で、すっかり舞い上がってしまったんだ。

 愛されていると思った。相思相愛だと思った。だからぼくは寝ても覚めても、ミズキのことで頭がいっぱいだったんだ。

 でも彼女は仕事が忙しそうだったので、ぼくは彼女の迷惑を考えてあまり電話をかけなかった。デートさえ月、一回で我慢していたんだ。ぼくはそれで満足していたんだ。だってほら、郷ひろみが歌う『よろしく哀愁』という歌に、こんな歌詞があるじゃないか。

 『会えない時間が、愛育てるのさ』なんてね。



               ■


  ある日曜日。ぼくはミズキと久々に映画を楽しんだあと、焼き鳥が自慢の居酒屋で一緒にビールを飲んだことがある。

 いつも満面の笑みを向けるミズキ。どんな内容の話でも、身振り手振りで話すミズキ。ぼくはそんなミズキの話に大笑いしたり、うんうん首を動かすだけでよかった。そしてときどき、自分の意見を言うだけでよかったんだ。

 幸せの時間。心満たされるひと時。そして心ときめくふたりだけの空間。

 そんなとき、突然ミズキの携帯にメールが届いたんだ。

 ぼくは彼女の隣に座っていたから、彼女が不用意に取り出した携帯から、その発信者の名前が見えた。

 その相手の名前は『ユウくんC』になっている。

 ミズキはあわてて携帯をしまい、そしてつくり笑いを浮かべながら話題をそらした。

 ぼくはわざと見えなかったふりをしていたよ。知らないふりをしていたよ。発信者の名前なんてね。それからミズキの携帯は電源が入っていないか、圏外が多くて、なかなか繋がらなくて、おまけにメールの返事がなかなかこない。その理由についてもね。


                ■


 やがて夜も更けて、ぼくたちは店を出てから渋谷の駅まで歩いた。

 彼女は山手線、ぼくは地下鉄だったから、ぼくたちは駅の改札口で手を振って別れた。

 ぼくはそのミズキの後ろ姿を見送りながら、心の中で彼女に問いかけた。

 ねえ、ミズキ。きみには何人の、ユウくんがいるの。

 そしてぼくは、何番目のユウくんなの。




                                   《了》










 

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