封印されし、異世界への扉

西東友一

第1話

 お化け。


 お化けはいない。

 根拠を出すならば、脳科学で証明されつつあるからだ。


 人の脳は人の顔を認識しやすいようにできている。

 車を正面から見た時に、顔に見えると言うのが代表的である。

 

 どうしてこうなるかというと、人の赤ん坊はしばらくの間、視力がかなり低い。

 不完全なまま生まれてくる中で、自分を保護しうる存在である人の顔を認識し、その対象に甘えかけなければ生きていけないからだ。


 それに追随して暗闇など視覚が制限されている状況や、寝起きで理性が低下している状況などで人影を感じてしまう。


 それがお化けと呼ばれる存在の原因だ。

 いる気がしても、そこには何もいない。


 お化けなんていない。


◇◇


 デジャブ


 デジャビュと読んだりデジャヴと読んだりあるがここではデジャブとする。


 この言葉も、もはや死語である。

 日本語で言うところの「既視感」。

 過去に見たことがある、来たことがあるといった感覚に陥る現象だ。

 しかし、あなたが来たこと、見たことがないのであれば、勘違いだ。


 これも脳科学で説明できる。

 

 理性的に考えれば納得するだろうが、新しいことを始める時に過去の自分の経験則を活かす。

 経験則を意識していなくても振り返ってみれば、「あの経験が活きたかもしれない」という経験がほとんどの人にあるだろう。


 たとえば、鉄球を投げることを想像してほしい。

 大きさが野球ボールぐらいであれば、野球のように投げるだろうし、もっと重ければ砲丸投げのように投げるだろう。大きさがもっと大きくボーリングぐらいの大きさであったら下手投げで、片手か両手で投げるだろう。


 それは、人の行っている姿を見たという経験や、自身の経験によって、すぐに対応して行動できる。俗にいう直観というやつだ。


 デジャブでも同じことが言える。

 脳はオートで情報処理に追われている。

 そして、進学や就職、転職などの場面を思い出してほしいが、慣れないこと、新しいことをするとワクワクする部分もあるかと思うが、かなり疲れる。


 脳もそんな負担を減らし、なるべく単純作業をしたいと、過去のデータを参照し、情報処理する量を減らす。


 そのため、デジャブは脳が負荷を抑えるために感じるだけのものである。

 デジャブを感じた時、あなたは見た記憶、来た記憶があるとすればそれは勘違いだ。


◇◇


 ―――このように全ての感覚は科学で説明できる。こうしたのが流行った90年代はインターネットが普及しておらず、情報社会の現代にとっては鼻で笑って、その息で吹き飛んでしまうような内容だ。


「・・・という話なんだけど、君はどう思う?二階堂君」


 先生は本を閉じて、俺に尋ねてくる。


「俺は信じたくありません」


「なぜだい?」


 先生は真剣な目で俺を見てくる。

 こんな中二病全開の俺の話をきちんと聞こうとしてくれる。


「先生はジャイロボールって知ってますか?」


「すまない。それは何かのスポーツで使うものかい?それともマジックアイテムかな?どちらにしても私は知らないな」


「野球のピッチャーが投げるストレートの一種です。弾丸のようにらせん回転で進む方が球が失速せずにノビるように感じるとされていたものです」


「されていたというと?」


「昔、テレビでも国立大学で研究されていたくらい野球では流行ったんですが、結論をいうと投手の失投というだけでした。失投なので打ちづらいかもしれませんが、今までの球よりノビがあるなんて嘘でした」


「へぇ、そうなんだ。それもやっぱりネットの普及で?」


「はい、デマだと知りました」


 結論を急かすことなく俺を温かい目で見続けてくれている。


「馬鹿らしい話かもしれませんが、俺は科学を信じない。科学は根拠があるように見えて、観測者が誤っていたりもするし、100パーセントじゃない。科学者がなんと言おうと、科学の向こう側、いや、この世界の向こう側には世界は広がっていると信じています」


 先生は肯定も否定もせず、俺の顔を真っすぐ見ている。


「・・・先生、俺はこんな辛くてつまらない世界嫌なんだ。毎回、トラックを見るたびに飛び出して轢かれたら異世界に転生できるんじゃないかって見ちゃうんだ」


「トラック症候群だね」


「死ぬのが怖い・・・信じているくせにそれができない」


「三途の川の賽の河原は知っているかい?」


「もちろんです。親より先に死んだ子供は石を積み上げるまで成仏できないけれど、鬼が邪魔をして永遠に石を積み上げることになるところですよね」


「うん、君は転生と賽の河原どっちを信じるんだい?」


「転生ですね」


「なぜ?」


「だって、医療の進歩で長生きする人も多いから、中年で先に死んじゃうおっさんや、おばさんも困っちゃいますよ。そんな理不尽なルールありえない」


「それは直観かい?」


「まぁ・・・そうなるんですかね」


 先生は立ち上がり、紅茶の準備をしてくれた。

 そして、紅茶の注がれたカップを俺の前に出してくれた。


「ありがとうございます」


 俺は紅茶の香りを嗅ぐと、なんの花かわからないけれど、気持ちが和らぐのを感じた。口に運ぶと程よい酸味が広がる。


「私も賽の河原は信じられないな。全く、私の心に響かない。それで・・・トラックに轢かれたら転生できる確信はあるかい?」


 俺は飛び込みたくなる時の気持ちを思い出す。

 暗いネガティブな感情。

 救済への渇望。

 

 そして、現実逃避。


「ないです・・・」


「そうですか。私もです」


 先生も紅茶を飲む。

 美味しそうに飲む姿を見て、俺ももう一度紅茶を飲む。


「でも、絶対あるんですっ。俺にはわかるんです!!脳科学だって言われたって俺の気持ちは変わらないっ!!」


 そう、感じるのだ。

 いや、感じると言うより知っているのだ。

 異世界は確かに存在する。

 そう、第六感が俺に告げている。


「ありますよ・・・異世界」


 先生は静かに俺にそう告げた。


「えっ」


 先生は俺の顔を見ることなく、もう一度紅茶を飲む。


「私もあなたと同じように異世界の存在を感じていました。いいや・・・私たちだけではない。みんな少なからず異世界の存在を直観しているんですよ」


「そんなこと言ったって、誰も信じてくれないですよ」


「でも、異世界の小説や漫画があっても、その内容がすぐに理解できるでしょ?子供だってそれはできる。経験したから?いいや、経験なんてない。それは事実だからだと私は思っていますよ。信じない人は異世界の概念も理解できないんですかね?」


「そんなことはないと、思いますが・・・」


「今となっては本当に体験したことなのか・・・夢なのか・・・あやふやな記憶で自信がありませんが、私は異世界に行ってきました。そして、帰ってきました」


 その言葉にびっくりして声も出ない。


「行き方は申し訳ないですが、覚えていません。けれど、私もあなたと同じように信じて疑いもせずに生きていました。情報は溢れている。けれど、真実とは限らない。科学で塗り固められた直観も、真実の直観を否定することはできない」


 先生の目は嘘をついている人の目ではなかった。


「あなたの直観はどっちですか?二階堂君。自分の外から与えられた情報から得た根拠のある直観なのか、それとも、自分の中から与えられた根拠のない直観なのか?」


「俺は・・・」



◇◇


 科学。

 

 金さえあれば、なんでも叶えられる世の中。

 それは、既に富を築いている裕福な者たちが勝利する世界。


 魔法。

 

 研鑽の有無は定かではないが、想いによって、なんでも叶えられる世界。

 それは、願いが強い者たちが勝利する世界。



「疲れが取れてないから、癒して。そんで遅刻しそうだから、ワープする。あと・・・楽しい世の中にして」


 俺の言葉はAIに向けたのか、それとも・・・君に向けたのか。

 真実はあなたの中に。

 

 





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