直観ハラスメント【KAC2021作品】

ふぃふてぃ

直観ハラスメント

「女の感は良く当たる」なんて言葉を耳にしますが、女性は男性に比べて脳梁が太いようで、そのため、情報交換がスムーズできるといった、特徴があるようで御座います。


 ですから、男性よりも女性は視野が広く、相手を見抜く力に優れている。なんて、言われております。でも、直感ではなく、直観に優れていると言えましょう。


 直感と直観は、同じように思われがちではありますが、全然の別物に御座います。直感は無意識に出す答えなのに対して、直観とは過去の経験に基づいた、論理的認識や潜在意識から、即時に事象を読み解くのが、直観と解釈されております。


「直感で動いて失敗した」という経験談も多いのですが、この直観も、頼りすぎると人生を踏み外す、大きな要因となりかねないもので、御座います。


 ここに一人の男がおります。この男もまた直観によって、人生を躓いた一人なので、御座います。



 平々凡々な社内オフィスにて、男と女が話しておりました。


「今週末の代々木前係長の歓送迎会なのですが、荒木係長の昇進祝いも兼ねて行いたいので、ぜひ出席して頂けないでしょうか?」


 男と話す女、名は陽葵ひまり、夏に咲く向日葵のような満面の笑顔が印象的な、明るく元気、分け隔てなく人と接することの出来る、気立ての良い女性で御座います。


「あぁ、もちろん、良いよ」と若い女子社員の申し出に、気を悪くする事なく荒木は答えます。


「ありがとうございます。では、詳しいことはメールで送りますので」


 陽葵は荒木の七つ下ながら、持ち前の明るさと気立ての良さで、社内では人気女性の一人で御座いました。



 ある木曜日の昼下がり、荒木に一通のメールが届きます。メールには飲み会の集合場所に集合時間、そして最後に「ありがとうございます」の一言。謹厚な文面にビールの絵文字と、ハートマークが一つ。


 荒木は浮き足立ちーーまさか、俺に気があるのではと……。これが、事の転末の始まりで御座います。


 来たる週末の飲み会。上司のいない飲み会は、なかなか居心地が良いもので、荒木も上機嫌に酒を煽ります。酒の勢いに任せ、拒む女性の手に金をねじ込ませ、勘定を上乗せして渡しました。


 どうも、この男、酒が入ると気前が良すぎる性分のようで、酔いが覚め、出し過ぎたと思う頃には、引くには引けず、挙げ句の果てには「来てくれて嬉しいです」なんて、例の女に言われると、金の事など忘れてしまう始末ありました。



 時計は十時の針を回り、妻子ある代々木前係長も、お帰りの様子。家庭を重んじながらも、仕事で成果を成す。荒木の同僚ながら出来る男で御座いました。その千両役者の去る背中を追う者も多く、三十程いた群集は半数ばかりに減ります。


 荒木は流れに身を任せ、二次会に赴きます。二次会での陽葵は、荒木に気を利かせ、サラダを取ってやり、酒が無ければ代わりに注文し、酒を注いでは、荒木の話に耳を傾け、やれ凄いだ、やれ素晴らしいなど、褒めちぎる所存で御座いました。


 荒木が勘定を渡すと、別れ際、「また、誘いますね」と女は頬を朱色に染めて、満面の笑みで荒木を見るのであります。ここで荒木は確信に至ります。コイツは俺に気があるなと。一連の流れから直観が働いた訳で御座います。


 その後、ラインのアドレスも交換し、やりとりは上々。デートはタイミングが合わず、出来ては無いものの、荒木は「そろそろか」なんて直感的に思った次第で御座います。



 そんなとき、部長から荒木は呼び出されます。

「荒木君、君の気持ちは分からなくてもないが、余り年下の女性社員を連れ回すのは、よしてくれよ。今はそういうの五月蝿いから、こっちも余り庇えないからね」


 似た様な話をついぞ最近、同僚からもされたばかりで御座いましたが、この男には焼き石に水。恋は盲目なる言葉もありまして、荒木は周囲の注意も気に留めず、寧ろ曲がった思想を抱く次第で御座います。


 ーー成る程、コイツらも陽葵ちゃんに興味がある訳だ。



 そして、後輩の男からも呼び出されます。

「荒木係長、大変申し訳ないのですが、陽葵に、しつこく付き纏うのは辞めて頂けますか」

「君は陽葵君の何なんだい」

「彼女とは入社当時から、お付き合いさせて頂いております。来月には籍を入れる予定でして、最近、彼女は荒木係長の事で悩んでいまして」


「私は悪い事なんてしてないよ。それに、君は本当に彼女と付き合っているのかい」

「毎日、ラインで近況報告。それも、から始まり、まで。最近では社内でも頻繁に話しかけられると、本人は辛そうに話してくれました。」


「そ、そんなの、でっち上げだ。だいたい、君の様な甲斐性のない男に、陽葵を幸せに出来るとは思えない。それに君の様な仕事も碌に出来ない奴と、付き合ってるとも思えない。君と陽葵君とでは、全くと言っていい程、釣り合わない」


 荒木が全てを吐き出した、その時で御座いました。


 バチリと音が鳴り響き、荒木の頬が熱を持ち、赤く腫れあがったので、あります。

「陽葵……」

 目を丸くする荒木の前には、鬼の形相で涙を浮かべ、平手打ちをした彼女の姿。


「陽葵君……。君は俺の事が好きだったんじゃ……」

「良い加減にして、私は好きでも無いし、荒木係長の事は嫌いになりました」


 トドのつまりは、荒木のカン違いという訳でありまして、彼氏を馬鹿にされた彼女はカンカン。結果、彼女のカン忍袋の尾が切れた次第で御座います。


 それにしても、警察カンまで来る始末にはならなくて良かったね。という訳で今日はこの辺、お後が宜しいようで。



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