おまけ 家族のはなし
うちのお母さんは、ちょっと変わってる。
何が変わってるって、ほかのお母さんたちと一番ちがうのは多分、電話をもたずに出かけちゃうところだと思う。
家には家の電話があって、お母さんに用がある人は、それに電話をかけてくる。それか、お父さんにれんらくして、お父さんからお母さんに用事がつたわるんだ。
平塚のおばあちゃんは、よくそれについて文句を言う。
札幌のおばあちゃんは、「本人が不便を感じてないんなら、それでいいんでない」って言う。
ぼくはどっちのおばあちゃんも大好きだけど、お母さんは多分、札幌のおばあちゃんとのほうが仲良しだ。
札幌に遊びに行くと、お母さんはいつもみたいにのんびり笑ってるけど、平塚では、お父さんにぴったりくっついて離れなくなる。
平塚のおじいちゃんはたぶんだけど、お父さんのことが好きで、お母さんのことはあんまりなんだと思う。
ミコトさんはよくおこづかいをくれて、シズク兄ちゃんはゲームで遊んでくれる。
それで、ミコトさんがいるときのお母さんは、拾われたばかりのノラネコみたいになる。かわいいよねって、お父さんは笑ってる。ぼくもそう思う。
カイおじちゃんは、お母さんが大好きだ。
お母さんも、カイおじちゃんが大好き。
二人はお兄ちゃんと妹なんだって。だからね、ぼくもカイおじちゃんをまねして、妹のアオイはすごくかわいいってすることにしてる。
それと、平塚に行ったらたまに会うキョーコちゃん。
キョーコちゃんとお母さんは相思相愛で、たまにお父さんがヤキモチやいてる。
それで……えーと、何の話だったっけ?
そうだ。お母さんがスマホを持たないよって話。
旭川のお家に遊びに行くときも、札幌も、平塚も、お母さんのそばにはいつもお父さんがいる。だからべつに、お母さんがスマホを持ってなくても何にもこまらない。
村では、お母さんは一人でふらふらするけど、行く場所は決まってる。
お母さんがお仕事のときは、アオイとぼくも立松さん家の牧場に行って、ぼくは雄太郎くんと遊ぶ。アオイは、雄太郎くんのお姉ちゃんたちが遊んでくれてる。
ぼくが小学校に行くようになってからは、学校帰りに村のだれかが、「千波ちゃんの車、大内さん家にとまってるの見たよ」とか言って教えてくれる。
そういうときは、ぼくは大内さん家の芽衣ちゃんと一緒に、大内さん家に帰るんだ。そうすると、お母さんとアオイが大内さん家のおばさんとおしゃべりしてて、ぼくはお母さんの車に乗って、一緒に家に帰る。
村の人らもお母さんはそういう人だってなれっこみたいで、何でか、だれかがお母さんの目撃情報を持ってて、だれかを経由してすぐにお母さんと連絡がつくから不思議。
みんながそうやって甘やかすからお母さんはスマホを買おうとしないんだろうけど、お父さんはそれについて、「持つ持たないは人それぞれの選択だから」って言ってた。
みんながそうしてるからって、同じにする必要はないんだって。
だから、お母さんの「変わってる」はカッコイイんだよって、お父さんは言う。
僕は、そう言うお父さんもカッコイイって思う。
だって、みんなと違うのは少しこわいって、ぼくは思っていたから。
これはね、お父さんのまねっこで、作文の練習なんだ。
上手に書けてると、ほめてくれるの。
うちのお父さんは、ほかのお父さんみたいに外に働きに行かない。おうちで仕事してる。
立松さん家のおじさんもおうちが仕事の場所だけど、ちょっと違う。大きくて、広くて、牛がたくさんだもん。
お父さんは、いろんなことを教えてくれる。
たぶん博士だ。
虫とか、鳥とか、植物とか、散歩しながら教えてくれる。お母さんも、お父さんの話をいつも楽しそうに聞いてる。
お父さんは、大きくて力持ち。
ぼくとアオイを両肩に乗せて、遊んでくれる。
お母さんは、ぼくとアオイと、たくさんお話ししてくれる。
こうしなきゃダメって、言わない。
ぼくはそれが好き。
うちの両親はラブラブで、見ててちょっと恥ずかしくなるけど、イヤじゃないよ。
妹は最近ナマイキになってきたけど、それでもすごくかわいい。
これがぼくの家族。
ぼくの家族のお話でした。
※
子どもたちが寝静まった後のリビングで、耕平から渡されたノートの中身を読んだ。
千波は口元をほころばせ、耕平の肩へ頭を預ける。
「子どもって、結構いろいろ見てるんだね」
「それと、いろいろ考えてるよな」
「この平塚の話、すごいね。人間観察、完璧」
「お義父さん、あれでも千波のことを気に掛けてるんだけどな」
「……うん。もし耕平くんがいなかったら、きっとあのまま距離を置いて避け続けてただろうなって、思うんだ」
「真和は、内面が千波とよく似てる。繊細だ」
「私と似てるから、真和は耕平くんのことが大好きなんだね。葵は、おおらかだよね」
「同じ環境で育ってるのに、子どもらにはそれぞれの性格があるよな。生まれ持ったものってあるんだなって、あいつら見てて思ったよ」
「本当にね。あの子たち、どんな大人になるんだろうね」
「あっという間なのかな? 楽しみだな」
「うん。すごーく、楽しみ」
指を絡めて、手を繋ぐ。
二人の左手薬指では、シルバーの指輪が柔らかな輝きを放っている。
「もう一人ぐらい、作るか?」
「えー? もう妊娠したくない。避妊してくれるなら、してもいいよ」
「出産って、命懸けだもんな」
「命って、すごいよね。妊娠と出産を経験して、親に感謝っていうか……大変だったんだろうなって、寄り添えるようになった気がする」
「今の千波なら、どう思う? 何のために生まれて、何のために生きるのか」
「懐かしい質問だね」
耕平と出会ったばかりの頃、千波が口にした問いだ。
そうだなぁと呟き、千波は答えを探す。
「やっぱり、生まれるのは親のためだよ。親の幸福のために、生まれるの。だって、あの子たちを産んで、私はこんなにも幸せだもん。それで、生きるのは自分のため。誰かのために生まれて、自分のために生きるの。自分のために生きる過程で、誰かのためにもなったりする。私は……あの子たちの親として、あの子たちが自分の生き方を決める手助けをしたいなって思うよ」
「いろいろ悩んで、人生の壁にぶち当たったりもするけど、強く前に進めるような人間になってほしいよな」
「私みたいに、折れちゃわないように?」
「たとえ折れても、誰かの助けが得られるように」
「そうだね。夫が耕平くんで、とても頼もしい」
「千波だって、自分の経験から伝えられること、たくさん持ってるだろ?」
「……うん。確かに、そうだね。でも、押し付けにならないよう、気を付けたいな」
「あいつらの母親が千波でよかったなって、俺は思うよ」
「まだまだ子育ては始まったばかりだよ、パパ」
「そうだな、ママ。愛してるよ」
「私も愛してるよ。そうだ。キムンカムイが雪の妖精を見初めたらしいじゃん」
「あぁ。子どもらから聞いたのか」
「お風呂で、葵からね。新菜ちゃんってば、同じ男に惚れただけあって、私と発想が似てるよね」
「千波も昔、似たようなこと言ってたな、そういえば」
「森のクマさんは、やっぱり良いクマだったね」
「そのクマは、これからかわいい奥さんを食うけどな」
「ふふっ。書斎で、静かにね?」
「キスで口塞ぐ」
耕平は、千波を腕に抱いて立ち上がった。
キスをしながら歩き、書斎に入って扉に鍵を掛ける。
そうして二人は最北の村で、愛し合い、互いを幸福にしながら暮らしましたとさ。
おしまい
最北の村のクマさん よろず @yorozu_462
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