さいごのおはなし「愛しの迷子少女と童話世界」

 今日のアリスはご機嫌だ。原稿用紙にラクガキをしながらそれらに命を吹き込んでいる。

「これはリーラ。人喰いの森にいるリスよ。森にはね、他にもウサギのライルやキツネのフォキスなんかも住んでいるのよ! フォキスにはお嫁さんのミファがいて……」

 アリスに名前をつけてもらった童話人たちはそれぞれのエリアで楽しく暮らすのだ。それはもう、自由に、伸び伸びと。

「随分頑張るねぇ、アリス」

 黄色い薔薇を花瓶に飾って、アップルパイを切り分けてお皿に盛る。アップルティーには秘密の鱗を1枚浮かべる。涙色の宝石がついたネックレスを提げたアリスは、ちょっと休憩。御茶の時間。キャロルはアリスの想像を文字に起こしていたけれど、アリスが休憩しましょ、と誘うのでペンを置いた。

「ゴミ箱をひっくり返して中身を持ち出しちゃった悪戯っ子な誰かさんのおかげでね! ほんとうに困っちゃうんだから!」

「はは、とんだ悪い子も居るもんだねぇ? アリスを困らせるなんて! 女王様や先生のお耳に入ったら、その悪い子はきっと首をちょん切られてしまうだろうさ」

「もう! ……っふ、ふふふ、あなたの遊びに巻き込まれてしまう童話人たちはきっとたまったもんじゃないわ! ふふっ」

「笑い事……なのかい、リデル? リデルが楽しいのなら構わないけれど、あまりに手を焼くのならハートの女王にも伝えておくよ?」

「これは手厳しい! ま、僕には首がないもの、死んだりしないさ」

 首から下をすっかり消して、頭部だけを浮かせてみせるチェシャ猫。これが今回の騒動を引き起こしたというのに、反省の色がない。


 ゴミ箱の中から適当な1枚を選んで空から落っことして童話の世界へ案内した。たまたまそれが16歳の童話好きな主人公がアリスのように知らない世界を冒険をするという話であった。こんなに滅茶苦茶にするとはチェシャ猫も予想外で、それは大いに喜んでいた。退屈も好きだけどたまには破滅を愉しみたいらしい。

「そうだわ、チェシャ猫! 世界を巡ったのならおはなしを聞かせてちょうだいな! 物語に変化はあったのかしら? みんなは元気だった? ああ、たくさん貰い物をしたのだし、何か贈り物がしたいわね! 先生、チェシャ猫、協力してくれる? きっと素敵なものが作れるわ!」

 にこにこ、喋って食べて紅茶を飲んで、あっちへこっちへ話題を移動するアリスは、やはり無邪気な7歳の少女だ。誰もが知っている、誰も知らない物語を、豊かな想像力で作り上げていく。

「次のエリアはね、一夜百夜物語にしようとおもうの! 魔法のランプや絨毯が出てくるの、すごいでしょう? 素敵な王子様と貧相な町娘の恋のおはなしなの! 一夜で滅んだ町を、百夜で取り戻すの、きっと楽しいわ」

千夜一夜物語アラビアン・ナイトを最近読み聞かせたからね。余程気に入ったのだろう。……リデル、じゃあそんなおはなしを書いてみよう。詳しく聞かせておくれ」

「僕も気になるな、アリス。キミの話はいつもふしぎで、面白いからね」

「チェシャ猫のおはなしも、先生のおはなしもとびっきり素敵よ! ああ、そうだわ、一夜百夜物語の舞台はね――――」

 こうして童話世界フェアリー・ファンタジアは何事もなかったかのように続いていく。新しいエリアが出現してもきっと変わらないだろう。創造主アリスが望んだ形で溶け込んでいく。

 アリスが存在し、飽きず童話を紡ぐ限り、童話世界フェアリー・ファンタジアは滅びを知らず。

 童話世界フェアリー・ファンタジアが存在し、童話を営む限り、アリスは飽きることを知らず。


 数日した後、たくさん話しをしたチェシャ猫は、また世界を巡りに図書館を離れる。新しいエリアを見てくるらしい。

「チェシャ猫、帰ってきたらまたおはなしを聞かせてね! わたし、いいこにして待っているから……他のエリアの子を好きになってしまったらだめよ? チェシャ猫は、わたしのチェシャ猫なんだから!」

「どうかな、僕は飼い野良猫だもの。……ま、アリスが望むようになるさ、此処はアリスの理想郷だからね」

「む……!」

「案内役、新しいエリアはゆっくり見てまわるといい。リデルの作った世界だ、飽きることなどないだろうから。ただ、また悪戯をするのなら事前に教えてくれないと困るが――もう居ない……。リデル、今日はなんの噺を読もうか」

 チェシャ猫は先生の言葉を最後まで聞く前に、煙のように姿を消した。今日からまたアリスは先生とふたりきり。寂しくて寂しくてたまらないけれど、たくさんの本たちが紛らわせてくれる。


 が先生に読み聞かせをしてもらっている頃、童話世界フェアリー・ファンタジアでは案内役が迷子を見つけたようだ。

「やぁ、こんにちは。お困りかな? ……僕はこの世界の案内役。キミは?」

 三日月のように口角を上げて、案内役はそれらしく務める。世界の案内は、案内役の役目なのだ、ふしぎの国にいた頃から。


 ――失敗作だわ、なんて、に捨てられてしまわないように気をつけてね。


「それじゃあ、今度は迷わないようにね。―――――また、いつか」

 ふわりと風が吹いて、案内役の長い髪を揺らしていった。

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未登録迷子と童話世界 おきゃん @okyan_hel666

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