1-6

 外が暗くなってきたころ、三人の話もようやく佳境に入っていた。


「まあ、とりあえずあんたの素性とかもろもろはわかったわ。じゃ、ここから本題。最近この辺で起きてる連続失踪事件は知ってるわね?」

「まあ流石に」

「いや、全然」


 前提として振った話を全然知らないと言いのける漠を彩子は少しにらみつけ、火楽はあきれ顔を向ける。そんな二人からの無言の非難を受け、漠は真顔で待ってほしい、と声を挙げる。


「最近は特にバイトも忙しかったし、仕方ないと思うんだ。それに俺、火楽以外にあまり仲のいい友人もいないし」


 なんとまあ悲しい言い訳である。非難の目線を向けていた二人も少しばかり憐みの気持ちがわいてくるというものである。なので特に文句を言うこともなく、彩子は説明を始める。いやまあ、小さなため息はあったが。


「まだ確かにそこまで騒がれてはいないけど。それでも3~4人ほど、ここ数日で人がいなくなってるの。世間では、行方不明ってことで捜索願が出されてるけど……」


 そこまで言われて漠はあの肉塊を思い出した。明らかにこの話と関係があるものだろう。


「ま、もう生きてないだろうな」


 火楽はあっさりとそう結論付けた。彼はあの肉塊を目にしてはいないが、それでもわかる。あれ相手に、ただの一般人が生きてはいられまい。


「でしょうね。で、私はそうにもきな臭いなーって思って少し調べてみてたら見つかったのがこれ」


 コロン、と机の上に置かれたのは丸い石。漠視点ではそれは何の変哲もないただの石ころだが。


「なるほどな、召喚用の呪術石か」

「そ。相手は魔術師じゃなくて呪術師ってことね。だからこそ一般人を食い物にしてたりするわけだけど」

「呪術師? また新しい言葉が出てきた」


 今度は本当に初めて聞いた単語に、漠は今日何度目かわからない疑問を差し込む。


「魔術に比べて術式とかそういうのを簡略化した分だけ、生贄とかそういう犠牲を捧げるタイプのものを呪術って呼ぶの。まあ、魔術の仲間だから区別しない人もいるわよ、特に教会だとどっちも異端扱いだし」


 へえー、と漠の間の抜けた声を受け流し、再度説明を開始する彩子。


「で、そいつがこの町で悪さしてるってこと。私の今の目的はそいつの退治。正直、面倒そうな相手だったから放っておこうかなと思ってたんだけど……、家からこれも修行だ、なんて言われちゃって。だから仕方なく、ね」


 淡泊にそういう。彼女にとっては知らない人間の生き死になどはどうでもいいのだ。知人に害が及びそうならば、手も尽くすだろうが、今のところその可能性はない、というよりなくしてある。そういう風に彼女が手を加えている。


「お前が面倒そうとかいうなら、まあそうなんだろうな。……うちも修行だって送り出されたし、今回はお前と目的が一致してる。わざわざいがみ合う理由もないし、手を貸せ彩子」

「あら、私がアンタを手伝うんじゃなくて、アンタが私を手伝うのよ。間違えちゃ困るわ」


 あ? とにらみ合う二人。いがみ合う理由はない、といった直後にこれだ。夫婦喧嘩は犬も食わぬ、とは言うものだが、ここに犬よりもなんでも喰らう人間が一人。


「で、もしかしてこれは俺も手伝うみたいな、そういう話だったりするのか?」


 と、横から漠が声を挟む。


「あら、察しがいいじゃない。そうよ、あんたは私たちの助手ってわけ」


 そう言われた漠はわずかに嫌な顔をする。彼にしてみれば、人助けはしたほうがいいとは思っているのでそこに文句はないのだが、時間を取られてしまえばどうしてもバイトを休む羽目になるし、そうなれば金銭的にも、信用的にもよろしくない。そこが嫌なのである。


「どうせバイトでしょ? そうね……、じゃあうちからはこれくらいでどうかしら?」


 そう言って彩子は漠にスマホの画面を見せる。そこに表示されている数字はなかなかの大きさで、漠にとっては3か月分ほどの給料と同じ数字だった。


「これがどうしたんだ?」

「給料よ。今回の事件解決したら、これだけ払うわ」


 その言葉に目をぎょっと開く漠。慌てて、もう一度スマホの数字を数えだし、数え間違いではないことがわかるとさらに慌てだす。その、いつも落ち着いている男の騒がしい様子に、彩子は思わずにやり、と笑ってしまう。そんな漠に、さらなる追い打ちが。


「俺からも同じくらい出すぞ」

「なにっ」


 火楽からも一言。信じられないと言わんばかりに漠がきょろきょろと二人の顔を見る。


「ど、どこからそんなお金が……」

「いやまあ、ほら。未熟とはいえ魔術師だから、魔術組合っていうところから研究費も出てるし、今回の解決のためにって家からお金ももらってるしね。これくらいならへでもないわよ」

「なんと」


 驚きである。同じ学生の身でありながらここまで貧困の差があったとは。恐るべし、資本主義。


「俺に関しちゃ、知っての通りだしな」


 そう言えば火楽は御曹司だった、とうなだれる。


「俺が今まで必死にバイトしていたのは、いったい……?」


 金銭感覚がバグり始める漠。一般人からすると、魔術師たちの扱う金額は恐ろしいものである。しかしここで漠はある事実に気が付く。


「あれ、でも火楽は普段はそんなにお金使ってないような?」


 そう、実は火楽だけでなく、この二人これだけのお金を保有していながら、普段はあまりお金を使っていない、それどころか彩子に至っては質素なご飯が日常である。それに疑問を持った漠だったが、


「そりゃな。使わなくていいところに金を投げれるほどの娯楽家じゃねえしな俺は」

「研究費で大体飛んでいくから、日常的に使えるお金はあんまりないのよね……」


 遠い目をする彩子。思っていたより日常的な財政はカツカツらしい。


「じゃ、これでいいわね。これから働いてもらうわよ、漠」

「う、しかし信用が……」

「そこに関しても心配すんな。御曹司としてのコネをフル活用していつでも戻れるようにしてるし、何ならもっといい職場を紹介してやる」

「そうはいってもだな」

「それと」


 未だ抵抗をやめない孤独な戦士、漠。そんな彼に、とどめの一言が。


「もうお前あのバイト先辞めたことになってるから……、うん、すまん」


 いつの間にやら、外堀は埋められて。漠に逃げ道はなくなっているのだった。火楽としても、流石にそこまではしたくなかったのだが、今回の件にすでに関わってしまっている漠は、いつ敵の呪術師に襲われてもおかしくない。その時に職場の人たちが一般人だったりすると、少なくとも碌なことにはならないだろう。ということで、苦渋の決断だったりする。


「――横暴だ」

「諦めなさい。いいじゃない別に、お金は前よりもらえるんだし」

「いや、そういうことではなくて。うんまあ、もういい。絶場に理解を求めた俺が悪い」


 漠も一般感覚はだいぶ抜けているが、彩子も特定の状況ではそれ以上の抜けを見せるのだった。未だに?マークを頭に浮かべている始末である。


「それで、俺はどうすればいいんだ」


 諦めて漠は素直に今回の事件を手伝うことにした。彼も命が惜しい、このまま文句を言い続けていれば彩子の機嫌が悪くなるのは目に見えているので、ここらが潮時だと察したのだ。空気が基本読めない漠の、大きな成長だった。


「そうね、とりあえずしばらくは様子見かしら」

「意外と消極的なんだな」


 仕方ないでしょ、と彩子は嫌そうに髪をなびかせる。彼女としても、今回の事件であまり持久戦はしたくないのだが。


「相手の情報が少ない。相手は使い魔を使役してるだけだから、術者本人がどこにいるかがなかなか突き止められないんだ」

「だからどうしても後手に回るしかないのよね。とはいっても、あの人型の使い魔結構コスト高そうだったし、それを壊された今、何らかのアクションは――!」


 とそこで、彩子は口を閉じる。同時に火楽も周りの空気が変わったのを感じ、警戒心を高める。


「……思ったより、短気な相手だったみたい」

「だな、棟内に人は?」

「私たち以外に三人。放っておくとまずいわね」


 その様子に、漠もなにかよくないことが起こっていると気が付く。


「もしかして、この棟内に来てるのか?」

「ええ、使い魔もつれてね。――漠、一般人の避難お願い。一階に一人、二階に二人よ。人除けの術式は張っておくから、後から増えたりはしないはず」

「わかった」


 走っていく漠の背中を見送り、火楽と彩子は準備を始める。


「術者のマナの場所は?」

「微妙。多分屋上ね」

「使い魔は……、三階と四階に一体ずつか」

「二階とか行かれると困るし、手分けしましょ」

「わかった、三階は俺がやる」

「ん。――最悪時間稼げば助けてあげる」

「言ってろ」


 そうやって会話を終えて、火楽は両手に剣を。彩子は手袋の礼装、持参の魔術道具を持って走りだす。三者三様、各々の役割を果たすべく、状況は始まった。

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